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2011年3月13日日曜日

ヘレス・フェスティバル16 エバ・ジェルバブエナ「クアンド・ジョ・エラ」

ヘレス・フェスティバル最終日は
エバ・ジェルバブエナ「クアンド・ジョ・エラ」

「ビエナルからこの公演で7公演め。
内容は初演のときとほぼ同じ。
でもあちこち少し手直しもしています」
 と記者会見で話していたエバ。
たしかにビエナルのときよりは
スムースに舞台がすすんでいくような気がする。

最初の暗殺の場面でも
後ろに女性がたたずみ
暗殺の場面のあと
ほんの少しソレアを踊るのは
初演時にはなかったような気がする。
写真; Javier Fergo

暗く悲しい雰囲気はビエナルのときと同じ。
でもそれこそが
戦争で家族とひきさかれた者の重い思いこそが
彼女がこの作品を通して伝えたかったものなのだろう

フラメンコな瞬間はあまり多くない。
写真; Javier Fergo
写真の闘鶏の踊りは戦争の象徴なのだろう。
フラメンコではないが強い印象を残す。

写真; Javier Fergo

エバが踊る
マラゲーニャ、タンゴ、セラーナ
ほかのダンサーたちによる
ルンバやブレリアもある
エバの技術、表現力は素晴らしい。
だがオレ!と声がでる一歩手前でとまるのはなぜ。


しっかり作り上げられた作品
だけど
後味があまりよくないのは
彼女の心にある悲しみが本物だからかもしれない


2011年3月11日金曜日

ヘレス・フェスティバル14 メルセデス・ルイス

たいへんな地震の被害にあわれた方々に
お見舞い申し上げます。
スペインでも地震の報道は続いています。


気持ちを改めて昨日のヘレス・フェス公演。

メルセデス・ルイスは新作「ペルセクスティーバス」で
全く新しい顔をみせてくれた。

写真; Javier Fergo

スペインに帰ってきたときのカルメン・アマジャのビデオ
古い録音が流れる
カルメン・アマジャが踊った
エンブルホ・デル・ファンダンゴ だ。
そういえば彼女はカルメンに似ている?

曲にあわせてカスタネットを操るメルセデス・ルイス。
そのファンダンゴがウエルバのものへと変わると
今度はチンチンをならして踊るかと思うと
マントンをひるがえす。
アバンドラオ/ロンデーニャ風のリズムとなり
ダビのカンテソロ
そこからカーニャへとうつっていく。
赤いバタ・デ・コーラに赤いマントン。
写真; Javier Fergo

足技に定評のある彼女だが
今回はそのブラソの美しさに惹かれた。
女性らしいゆっくりとした動き。
なんという繊細さだろう。


ダビの歌うコロンビアーナ
アバニコをもったメルセデスが登場
グアヒーラかと思いきや
タンゴ!
そしてメルチョーラの歌うルンバではグラシア満開!
これまでにみたことのないメルセデスだ!

その後
男装で登場した彼女はサラサーテのサパテアードを踊り
タンギージョのリズムで語りメンバー紹介。

写真; Javier Fergo

最後は名曲「人生に感謝」をブレリアで
日本語の訳詞も映写された。


2011年3月10日木曜日

ヘレス・フェスティバル13 ベレン・マジャ「トレス」

ベレン・マジャの公演「トレス」
小劇場サラ・ラ・コンパニアで。

トレス、3というタイトルは
バイレのベレン
カンテのヘスース・メンデス
ギターのラファエル・ロドリゲス
という出演者が3人だけというところから。
実際はこれにパルマとバイレのフェリペ・マトが加わり4人だが。

3人だけの舞台というとまっさきに思い浮かぶのは
イスラエル・ガルバン「エダ・デ・オロ」
故フェルナンド・テレモート、アルフレド・ラゴスとの三人舞台の
初演もこのコンパニアでだった。
パルマの関係もあってか
複数の歌い手をつかうのが普通
パーカッションなども含めた多数のミュージシャンを
バックにすることも多いので
この3人だけの舞台は新鮮だった。
絶妙なからみ具合で
カンテもギターもそれぞれに主役をつとめる。
フアン・デ・フアンやカルメン・コルテスも三人舞台をつくったことがある。


ベレンの舞台は
ヘスースの歌うサンブラではじまった。
父方の祖母がパケーラの母と姉妹というこの若手カンタオールは
パケーラゆずりのボリュームのある声で朗々と歌い上げる。
そこに白のバタ・デ・コーラを手にもったワンピース姿のベレンが登場
ラファエルのどこか哀愁にみちたギターの調べを
アルゼンチン・タンゴ風のパソで踊る。
写真; Javier Fergo

フェリペ・マトによるパルマとサパテアードのイントロのあと
アレグリアス。

写真;Javier Fergo

カンテソロなのにラファエルのギターはシレンシオを奏でる。
そこにベレンが入りエスコビージャ
父マリオ譲りのパソを少しみせる。

カンテソロのソレア
机をたたいてのファンダンゴ
ギターソロでタンゴがはじまるとやがてそこにカンテやバイレも加わる。
タンゴは速度を落としティエントへ
そしてタラントへと姿を変える
ギターなしで歌のみのタラントを踊る

写真;Javier Fergo

カルタへネーラのカンテソロ

ブレリア
シギリージャのギターソロに足をいれたかと思うと
カンテでロマンセ
再びシギリージャ
踊りのリズミックなシギリージャだ

白いバタ・デ・コーラに着替えたベレンのソレア。
緑色のマントンさばきにちょっとひやひや
重さがたりない? 大きさの問題?

写真: Javier Fergo

まったくスタイルの違う三人
その絡みの面白さよりも
違和感の方が印象に残ったのは残念。
なんかばらばらな印象なのだ。
ベレンもいつもの輝きがないという感じ。
疲れていたのかな
それとも期待しすぎた私が悪いのかも。
 ベレンの名誉のために付け加えると
当日の新聞評はよく
舞台の印象というのは本当に人それぞれだ。


2011年3月9日水曜日

ヘレス・フェスティバル12 マヌエラ・カラスコ

幕が開くと舞台中央の台の上で
椅子に座っているマヌエラ
みじろぎもしない彼女をみただけで観客は拍手をはじめた。
こんなバイラオーラはほかにいない。

フラメンコの女神

その圧倒的な存在感。
何もしなくても絵になる。
黒字に白の水玉の衣装でロマンセ風ブレリア。

すっと手をあげるだけで彼女がいる空間自体がフラメンコに染まる。
コンパスを、フラメンコを絶対的に支配する彼女の力。
有名な、
両手を宙に高くつきあげるポーズも
ほかの人がやったらお笑いものだろう。
マヌエラだけに許されたかたちだ。

続いて短い丈の上着に腰高ズボンという
伝統的衣装の4人のバイラオールたちによるカーニャ
最近はあまりみることがない伝統的な衣装は目の保養。
が踊り手たちの群舞は揃ってるとは言い難い。

机について歌い手たちのカンテソロ、
ファンダンゴ・デ・ウエルバが終わると
再びマヌエラ。
マノロ・サンルーカルが闘牛の世界を描いた名作「タウロマヒア」の
「プエルタ・デ・プリンシペ」のコーラスからはじまるアレグリアス。
闘牛士の行進用の刺繍の入ったマントをはずすと
闘牛の、ピンクと黄色のはなやかな衣装。
スター性がきわだつ。
前日、記者会見で
「私の舞台では私自身が舞台美術」
と言い切ったマヌエラだが、実際、彼女がいれば何もいらない。
夫ホアキン・アマドールのギターと
彼女の迫力に一歩もひけをとらないエンリケ・エストレメーニョの歌の中を
ほかの誰でもない、マヌエラならではのバイレをみせる。
ちょっとした仕草のムイ・フラメンカなこと!

バイラオールたちによるタンゴに引き続き
マヌエラの義妹スーシのカンテソロはなんとビダリータ。
繊細で叙情的なこの曲を情熱的に
マヌエル・デ・ルスの伴奏で歌い上げた。

そして最後は定番。
ソレア。
ソレアといえばマヌエラ。マヌエラといえばソレア。
下手にすっと立った彼女の美しさ。
立っているだけなのに鳥肌がたつようなすごみのある美しさ。
もう何十回もみているソレアなのに
観るたびに心がふるえる。
赤と黒の、ちょっと西部の酒場の女のような衣装についていた
昔風のコーラをとりさり踊るマヌエラの素晴らしさ。
そしてここでもエンリケが
津波のような、マヌエラのエネルギーをしっかり受け止め
堂々と渡り合う。
オレ・ロス・ドス!

あとできいたらエンリケはここ数日間の風邪をおしての出演
ファンダンゴが思うように歌えなかった、
と言っていたが、それでいてあのエネルギー。
脱帽である。


2011年3月8日火曜日

ヘレス・フェスティバル11.5 アデラ・カンパージョ「オリソンテ」

深夜12時からのサラ・コンパニアでの舞台。
市役所関係の問題で、劇場近辺の街灯が消えた
暗い道を急ぎ劇場へ。

アデラ・カンパージョ、ヘレス・フェスティバルでは初の独り舞台だ。


弟フアン・カンパージョと夫ダビ・バルガスがギター
歌にはヘロモ・セグーラ、ロンドロ、ホセ・バレンシア
と充実の伴奏陣をバックに1時間
シンプルなフラメンコを踊りまくった

写真; Javier Fergo

幕開きはガレーラ
レブリハーノが名作「ペルセクシオン(迫害)」
で歌った曲だ。
これをソレア・ポル・ブレリアのアイレで(とみえた)
重みとしゃきしゃきした感じとで踊るアデラに
何度オレ!を叫んだことか。
写真; Javier Fergo

シギリージャは新調の衣装で。
この古曲がもつ重みと風格をみごとに体現。
ところどころに彼女らしいひねりもあり大満足。

マントンをつかったカンティーニャス

写真; Javier Fergo

バストンでのサパテアード
と作品は続き最後はとっておきのソレア

いやいや。
演出家も現代舞踊も何もなくても
いい歌といいギターがあれば
いい踊りは映える。

フラメンカなアデラを堪能した幸福な夜でした。

ヘレス・フェスティバル11 オルガ・ペリセ「ロサ、メタル、セニサ」

昨年のヘレス・フェスティバルでベレン・マジャと共演、
新人賞を受賞したオルガ・ペリセが今年はソロで登場。

フェスティバル開幕翌日にマドリードで亡くなった
エスクエラ・ボレーラの名手アンヘル・ペリセと
直接の関係はないそうだが彼女もまたスペイン舞踊をも得意とする。

作品は3部構成
最初のテーマはロサ、薔薇。
オルガの生まれ故郷コルドバをたたえる
ペペ・マルチェーナの詩につづく
オープニングはアルベニスの「コルドバ」
写真; Javier Fergo

スペイン舞踊、エスクエラ・ボレーラを
ロマンチックバレエ風の独特な衣装とカスタネットで踊るのだが
コンテンポラリーのダンサーとからみ
宙を舞ったり 宙にういたり
そのダンサーも現れては消えて行く
バックのマントンのフレコ風の幕と照明の妙だ。

ペペ・マルチェーナのミロンガ「ラ・ロサ」に引き続き
赤い衣装に白いマントンでのカンティーニャ。
マントン技は同じコルドバの大先輩、ブランカ・デル・レイ風。
片手でまわしたりスカート風にしたり
派手な技をみごとにきめる

写真; Javier Fergo

2部のテーマはメタル
カンテソロのタランタ
そしてマルコ・フローレス振り付けのシギリージャ
膝丈の衣装でモダンな感じ
写真; Javier Fergo

スーツを着た3人のカンタオールとパルメーロ
4人の男に囲まれているのは
マヌエラ・バルガスの時代のようなノスタルジー
昨年のラ・ウニオンのコンクールの優勝者
カディス出身、ヘスース・フェルナンデスのブレリアには
ピパやグリロなどいろんなアルティスタの顔が見え隠れする
今年のフェスティバルではソロ公演も行っただけに
実力十分といったところか

3部は灰
照明も暗く
バタ・デ・コーラも暗い色
ここでもまたコンテンポラリーとのからみがあり
バタごとぐるぐる回ったり。。。

写真; Javier Fergo

終わってみれば昨日のロサリオ・トレドの舞台と共通するものも多い
コンテンポラリーダンス的要素
モダンな衣装
コンセプト
暗めの照明

オルガの舞台には洗練された美しさと調和があった。
演出家ダビ・モンテーロと
照明家グロリア・モンテシーノの功績もあるだろう。
コンテンポラリーダンサーのヘスース・カラメスの使い方も含め
専門家の力をうまくつかってつくった舞台といえる。





2011年3月7日月曜日

ヘレス・フェスティバル10 ロサリオ・トレド「君の瞳に炎」

写真;Javier Fergo

カディス出身のバイラオーラ、ロサリオ・トレドが
初のビジャマルタ劇場で主役をつとめた公演
「アイ・フエゴ・エン・トゥス・オホス」
君の瞳に炎がある

舞台の上の台で
「牧神の午後」の牧神か、「真夏の夜の夢」のパックのようなイメージの
身体にぴったりした衣装で踊るロサリオ。
ラジオの雑音のような音と
時計のような音だけで踊る。
オープニングから?
いったいこれは何?

プログラムによると
ギリシャ哲学の伝統により
火、風(空気)、土、水の4要素が
それを結合させる愛と別れさせる不和で
くっついたり離れたりしながら宇宙をつくっているという考えに端を発し、
これまでの彼女のキャリアを振り返り
それぞれのときに強い影響を与えたギタリスト4人それぞれに
4要素をあてはめ4曲をふりわけたのだという。

ミゲル・イグレシアスによるシギリージャは火
ダニエル・メンデスによるソレアは風
カディスのケコ・バルドメロのアレグリアスは水
アルフレド・ラゴスのタラントは土


というわけで照明も舞台もそのイメージでつくっているのだろう
シギリージャは黒いずきんをかぶったようなパンツスーツ

写真;Javier Fergo

バタ・デ・コーラのアレグリアスは青く薄暗い照明でさびしげ
ゲストの白いジャケットのホアキン・グリロが登場すると
死んだごきぶりのように手足を上にひっくり返ったのはなぜ?
イスラエル・ガルバン「メタモルフォシス」では
朝おきたら虫になっていたという物語があったからだけど。

ソレアでも
アルフレド・ラゴスのすばらしい演奏でのタラントでも
シギリージャやアレグリアス同様に
フラメンコの殻を破ろうとしているのか
衣装も踊りも伝統的なフラメンコの枠をこえ
違和感をおぼえる.

ロサリオはいったい何がいいたいのだろうか。
奇妙な動きは
演出と振り付けをロサリオとともに担当した
マルコ・デ・アナ(イスラエルのアシスタントだったそうだ)の影響だろうか。
拍手はゲストのホアキンにもっていかれる。

写真;Javier Fergo

彼女の魅力をじゅうぶんに発揮できないまま終わってしまった、
そんな気がする。

ヘレス・フェスティバル9.5 「カシダ」

トリアーナ出身の若手カンタオーラ、ロサリオ“ラ・トレメンディータ”と
イランのミュージシャンたちの共演する「カシダ」
写真;Javier Fergo

ロサリオのナナやシギリージャが
イランの古典音楽と交互に歌われる構成

フラメンコとほかの音楽のフュージョンではなく
音楽家たちの交流があるのだ
と言ったのはパコ・デ・ルシアだったか。
同じ言葉をロサリオも舞台で口にした。

イランのモハマッド・モタメディの歌声や歌うときの仕草は
フラメンコにも共通するところがあり
おそらくフラメンコもイラン音楽も知らない人には
同じようにきこえるにちがいない。
フラメンコを、ジプシーが歌うアラブ音楽といったの誰だったろう。
そんな言葉を思い出すほど、共通点がみえてくる。

ファンダンゴでともに歌った声の美しさ
サンブラ風の音楽でのパーカッションのやりとりなど興味深い。



2011年3月6日日曜日

ヘレス・フェスティバル9 ミゲル・ポベーダ

写真;Javier Fergo

昨年、セビージャのマエストランサ闘牛場で
ビエナルの開幕をかざった公演が
劇場仕様となって登場
ヘレス・フェスティバルの中日を飾った。
入場券は売り出し当日の午前中に売り切れたという
圧倒的な人気
それを受けて4月に追加公演の予定だがこれもすでに売り切れ
さすが現在スペイン一の人気を誇るカンタオールだけのことはある。


リビアーナ
ナナ
ソレアのバリエーションと歌い継ぐ。
順番は違ってもビエナル公演のときのレパートリーが
次々に登場する。

エスペランサ・ガルシア、カルメン・グリロ、ミゲル・ラビによる
プレゴン
写真;Javier Fergo

ラウラ・ロサレンが昔風に踊るアレグリアスに歌うミゲル

ポロからソレア・アポラー
ペテネラのバリエーション
マラゲーニャからハベーラ
コーラスでのベルディアーレス
レビの歌うタラント

ミゲルが情熱的に歌い上げるパケーラ節ではじまったブレリアは
レブリーハのロマンセ風なものになったり
カンシオン・ポル・ブレリアになったり。

ソレアやペテネラでもそうだが
フラメンコは多数の曲種があるだけではなく
それぞれの曲種の中に多様なスタイルがあり
それがまたそれぞれに魅力的だ。
それを再認識させてくれる。

バンビーノの軽快なルンバ
ピアノ伴奏の「アウロラ」

ビエナルでも好評だった
帽子やステッキなどの小道具で
アントニオ・マイレーナ、ペペ・マルチェーナ、
ミゲル・モリーナ、アントニオ・チャコン、
ポリーナ・デ・バダホスなどを歌い分けるシーンをへて
アルゼンチンタンゴ「クエスタ・バホ」
そしてトリアーナのタンゴを歌い踊るミゲル。
その足取りのよさ 腰の動き
トリアーナのタンゴの特徴をしっかりとらえていて秀逸。

チクエロのギターソロでのブレリアは
怒濤のパルマに支えられ迫力満点
エンリケ・モレンテに捧げ、
彼のレパートリーを歌い継ぐ。
そして
最後はカマロンの「レジェンダ・デル・ティエンポ」

写真;Javier Fergo

2時間の舞台があっという間
フラメンコの歴史と多様性を
こんなに魅力的にみせる舞台がこれまでにあっただろうか

そのほとんどを歌いついでいく
ミゲルのフラメンコへの愛と情熱
ミゲル・ポベーダはアルティスタの中のアルティスタ
そのスター性もフラメンコ性に相反するものではない。

この作品の中のレパートリーをCDに録音するプロジェクトも進行中だという
フラメンコ好きなら必聴にちがいない

2011年3月5日土曜日

ヘレス・フェスティバル8 イサベル・バジョン「その靴の型に」

8日目のビジャマルタ劇場公演はイサベル・バジョンが

写真;Javier Fergo

リンク先のビエナルでの公演とまったく同じ内容で
ふたたびイサベルはムイ・フラメンカに
わたしたちを魅了した。

この小柄で華奢なセビジャーナのどこに
そんなエネルギーが秘められているのだろうと思うほどに
彼女は出ずっぱりで踊り続ける

フロレンシオ・カンポ、
フェルナンド・ロメロ、
ルベン・オルモの振り付けによる前半よりも
彼女自身の振り付けによるムイ・フラメンカな後半が
より魅力的というのもビエナルと一緒。

最後のバタ・デ・コーラでのカンティーニャスでの
マントンさばきの美しさ!
バタの動きのみごとなこと。
ひたすら美しく
あうんの呼吸で
フラメンコを体現するイサベル。

粋で洒落ていて
華やかで
ほんのりとユーモアもあって
ぴりっと辛みもきいている
そんなフラメンコ

イサベルのフラメンコは
セビージャ派といわれる舞踊の
ひとつの歓声された形なのかもしれない。

そしてその裏には
この舞台に声が流れる
恩師マティルデ・コラル
こどものときから彼女に歌ってきたチャノ・ロバート
マリオ・マジャらの伝統が息づく

歌のダビ・ラゴス、ロンドロ、
ギターのヘスス・トーレス、カニート、
パーカッションのホセ・カラスコも
しっかり音楽で彼女をサポート

6人だけの舞台だが
センスの良さで光っている
もう一度観たい!
そんな気持ちにさせる、
観る人を幸せにするフラメンコだった

2011年3月4日金曜日

ヘレス・フェスティバル7 ハビエル・ラトーレ「ドゥエンデと時計」

写真;Javier Fergo 


今年のヘレス・フェスティバルはハビエル・ラトーレの年、
といってもいいほど彼が関わっている公演が多い。

先だっての小島章司舞踊団公演の振り付け、
レオノール・レアルへの振り付け、
とすでに2作品。
そしてこの、自身の舞踊団による公演、
あとクルシージョの生徒たちによる公演が前期後期で2回、
またアナベル・ベローソの公演にも出演する。
もちろんクラスも行い、
記者会見にも出て、
先日はビセンテ・エスクデーロについて話すなど
うーん、身体がいくつあっても足りない状態。
いったこの人はいつ休むのだろう。。。

今回の作品「ドゥエンデと時計」
もともとは理工系というフランス人ギタリスト
フィリップ・ドニエの同名の本からはじまった。
ドニエの脚本をもとに
ハビエルが振り付け、
セビージャの演出家ペペ・ケロが演出
衣装デザインはコルドバのデザイナー、フアナ・マルティン
アニメーションをもつかって
フラメンコのリズムを説明していくという作品。

ドゥエンデ役(写真)のカレン・ルゴが
2拍子にはじまり、3拍子、4拍子とフラメンコのリズムをさがしていくという構成。

写真;Javier Fergo 

ハビエル自身もサルバドール・ダリ役で登場するほか、
 小島舞踊団公演でカリストを踊ったクリスティアン・ロサーノがデカルト役、
俳優のリカルド・ルナがレオナルド・ダ・ビンチ役で登場。
アートを理数系で解き明かすという試みのようだ。

当然、説明的な台詞が多くなる。
が舞踊ももちろん!
なかでもクリスティアンのファルーカ!

 写真;Javier Fergo 

この人の回転の美しさは特筆もの。
かたちがきれいなのに
衣装がそれを殺しているのは残念だったが。 

写真;Javier Fergo 

一時舞台からは引退していたハビエルも復活。
昔どおりの美しい動きをみせてくれた。
ソロで踊ったファンダンゴにオレ!

問題は曲の説明。
セビジャーナスは6拍子?
ブレリアを説明するのに
グアヒーラとシギリージャとソレア?
うーん、それはちょっとちがうのでは?
と思うところが多々。
シギリージャとソレアを踊り分けるところでは
どちらもソレア・ポル・ブレリアにしかきこえなかったし。

また対象とする観客がみえてこない。
3分ほどの休止(休憩ではない)をはさんで2時間近くの舞台は
小学生はあきるだろうし
中学生向けなのかな。

と問題はあるものの
これだけおおがかりな作品を
つくりあげたハビエルには脱帽である。

2011年3月3日木曜日

ヘレス・フェスティバル6 ルベン・オルモ

振り付け賞を受賞したルベン・オルモの「トランキーロ・アルボロト」

写真; Javier Fergo

今回も彼の、ダンサーとしての資質、力量を
存分に示した舞台をみせてくれた。
セビージャの舞踊学校に学び、
国立バレエ団で鍛えられた才能。

さまざまな足技をみせるオープニング、
ダンサーの献身を聖週間になぞらえたナンバー、
故マヌエラ・バルガスに捧げる女装でのミラブラス。
そして最後のフェニックスのような、
マントンをつかっての一曲。

彼の登場するシーンは全て最高の質をもっている。


また群舞もソリストとして活躍している、
アナ・モラーレス、パトリシア・ゲレロ、ロサナ・ロメロらが
つとめているだけに素晴らしい。
マヌエラ・バルガスに捧げるシーンでは

写真;Javier Fergo

マヌエラの代表作の衣装をそれぞれが着ている。
右からルベンのミラブラスの衣装、
 「メデア」
ヒターナ風の衣装
アルモドバル監督の映画「私の秘密の花」での深紅の衣装
レコードのジャケットにもなった白のバタ・デ・コーラ

そう、この作品では凝った衣装もみどころのひとつ。
フラメンコ曲集での
赤いバタ・デ・コーラや
白い衣装に群舞の色とりどりのマントンなど
女性のものは全てセビージャのマエストロ、サラオの衣装
目の保養でございます

衣装も照明や音楽ともども
舞台をつくる重要な要素
美しい舞台は踊り手だけによるものではない

ヘレス・フェスティバル5.5 レオノール・レアル「エレ・エレ」

5日目の深夜0時からと6日目の19時からの2回公演だった
レオノール・レアルの「エレ・エレ」

写真;Javier Fergo

ショートカットの彼女が
ヘレス・フェスティバルでソロ公演を行うバイラオーラだとは
誰も思うまい。
ヘレス生まれだが、
こどものときからクラシックバレエを学んでいた彼女とフラメンコの出会いは
ヘレス・フェスティバルだというのは不思議な気がする。
めきめき頭角をあらわし
アントニオ・エル・ピパやアンドレス・マリン、
アンヘレス・ガバルドン、ハビエル・バロンらの公演に出演。
ソロ作品をヘレス・フェスティバルで公演したのは
2008年「レオノレ」だった。

それに続く第2作目は自分自身のこども時代を回想する作品
美声の歌い手ロシオ・マルケスと
フラメンコなフアナ・ラ・デル・ピパ。
全く対称的な二人を結ぶギターはパコ・イグレシアス。

サパティージャで踊るオープニングから
タラント、バタ・デ・コーラでのファルーカ
などしっかり踊る。

が、私の心により届いたのは
彼女の最初の師である、
ヘレスの舞踊教授フアン・パッラの
昔ながらのアレグリアスだった


写真;Javier Fergo


フラメンコ的なことをわざとさけているような
レオノール。
彼女のフラメンコは
ほかの誰ともちがうものなのかもしれない

2011年3月2日水曜日

ヘレス・フェスティバル5 アンヘル・ムニョス「アンヘル」


写真;Javier Fergo

ここ数年、ヘレス・フェスティバルでのクルシージョ講師の常連となった、
アンヘル・ムニョス。
1973年コルドバ生まれでハビエル・ラトーレ門下。
1994年コロドバでプレミオ・ナショナル受賞し
ホセ・アントニオやマリア・パヘスのカンパニーで活躍。
またパコ・ペーニャ、カニサーレス、セラニートら、
ギタリストとの競演も数多い。
かつてカルメリージャと新宿「エル・フラメンコ」にも出演していた、
というと思い出す人も多い事だろう。

その彼が2006年のカニサーレスとの競演についで
ヘレス・フェスティバルに出演。
前回に引き続き会場はサラ・ラ・コンパニア。
アンダルシア・フラメンコ・センターにほど近い小劇場だ。

舞台奥に黒幕。
歌い手(ミゲル・オルテガ、ホセ・アンヘル・カルモナ)も
ギタリスト(昨日のバロンに引き続きハビエル・パティノ)も
踊り手、アンヘルも皆黒い衣装。
照明がかろうじて彼の動きをみせる。

心臓の鼓動のような音に
古いフラメンコの録音が遠くきこえる
そんなオープニングからエンディングまで
黒と白の舞台
おしゃれなのかもしれないが
暗く観づらく眠気を誘う

長身に甘いマスク、長い腕。
一通りの技術をしっかり身につけているし
決して悪い踊り手ではない。
なんでもきちんとこなしても
アクセントが不足している、とでもいおうか、
ためやアクセントがないので
平板な印象が残念。

独り舞台をつとめるにはプラスαがほしい、
とは贅沢だろうか。

エネルギーをぐっとためて我慢してばっと解放する、
といったような静と動で
踊りはどんどん栄えてくるのではないだろうか

パティーノのギターは美しく
ホセ・アンヘルのファンダンゴは熱唱だが、
フルート、サックス、ハーモニカはうるさいばかり。
こういう楽器類はうまくつかわないと今や時代遅れにみえてしまう。
フルートやバイオリンが入ると今風、という時代は過ぎ
今やシンプルなギターとカンテの方がかえって新しいのかも。

2011年3月1日火曜日

ヘレス・フェスティバル4 ハビエル・バロン

4日目はハビエル・バロン。
昨年のビエナルで初演した「バイベネス」を上演。

ハビエルの踊りをみると幸せになるのはなぜだろう。
美しいかたち。
コンパスを呼吸するあの感覚。
昔ながらのフラメンコと今が
彼の中に共存する。
フラメンコへの愛が
思いがひしひしと伝わってくる。
写真;Javier Fergo

ビエナルのときよりも
皆リラックスしてより完璧な作品となったようだ



2011年2月28日月曜日

ヘレス・フェスティバル3 小島章司「セレスティーナ」

正直な話、しょせん、日本人のフラメンコじゃないか、
などと思ってた人もいただろう。
世界になだたるフラメンコ好きである日本人のフラメンコ?
それも70歳のバイラオールだって?
と、興味はあっても期待はされていなかったにちがいない

が、緞帳が上がり
金色の町の広場での華やかな群舞を目にして
姿勢を正したのではあるまいか。

写真;Javier Fergo

ヘレス・フェスティバル、第3日目は小島章司舞踊団の「セレスティーナ」

2009年11月東京で初演されたこの作品が
ヘレスのフェスティバルでこれほどまでの評判をとるとは
誰が予想しただろう。

写真;Javier Fergo


最後は観客総立ち
スタンディングオーベーションで
アンダルシア風に三拍子の拍手がなりやまない。

大喝采をおくったのは観客だけではない。
口うるさい批評家たちもそろってこの作品を高く評価した。

ヘレス・フェスティバル15年の歴史の中で、初めての、
スペイン以外の国からの舞踊団によるビジャマルタ劇場公演。
日本人公演としては2004年の鍵田真由美/佐藤浩希フラメンコ舞踊団による
「曾根崎心中」以来のもの。

写真;Javier Fergo

チクエロの音楽、
ハビエル・ラトーレの振り付け
堀越千秋の美術
一流のスタッフが、
超一流のフラメンコ舞踊家コジマと
踊り手たち、ミュージシャンたちをバックアップし
すばらしい作品をつくりあげた。


スペインの古典「ラ・セレスティーナ」は
これまでにも多くのスペイン舞踊家が取り上げている。
私もスペイン国立バレエ団版と
2004年同じくヘレスで上演されたカルメン・コルテス版をみている。
が、コジマの「ラ・セレスティーナ」
メリベアに恋したカリストが
売春など悪行の総元締で魔女的存在の老女セレスティーナの手引きで
恋を実らすが悲劇に終わる、という物語を
シンプルに舞踊だけで語る、
ハビエル・ラトーレの振り付けの素晴らしさ。
とくにメリベアとカリストの愛のパ・ド・ドゥ、
ファルーカの美しさは鳥肌のたつほどだ。
初演に引き続きカリストを踊るクリスティアン・ロサーノは
スペイン国立バレエ団出身でしっかりしたテクニックと
豊かな表現でカリストをみごとに演じきったし、
相手役メリベアを踊ったエスメラルダ・マンサーナスは
マドリード王立舞踊学校出身で現在ハビエル・ラトーレ門下。
国立バレエ団ソリストのタマラ・ロペスのあとをうけ
これまたみごとに魅惑的な乙女を踊りあげた。
小島舞踊団の踊り手たちも練習の成果を
見事に舞台に昇華した。

写真;Javier Fergo


そしてその音楽のすばらしさ。
最初から最後までいっときもたえることなく続く
チクエロ監督のもとに演奏されるのは
タラントやタンゴ、ブレリアといったフラメンコ曲だけでなく
バッハのサラバンダだったりパウ・カサルスの「鳥の歌」だったり
リト・イグレシアスのチェロとオルビド・ランサのバイオリンの美しさ。
そしてカンテのヘスース・メンデスとロンドロ、モニカ・ナバロの
フラメンコな声。

老女セレスティーナを踊るコジマのタラントのすごみ
ドラマティックさ。
演技の要素もあるゆえか
能の狂女や舞踏のようにみえる瞬間もあるが
そのブラソのフラメンコなことといったらない
誰の真似をしているというのではなく
今までの人生で彼がみてきた全ての名バイラオーラたちの記憶が
そのままにじみでてきたようで
どこかなつかしくムイ・フラメンコなのである。
若手とのからみでみせる
その風格も
フラメンコのために、そしてフラメンコを生きてきたコジマならではのものだろう。



終演後
「最高だった!」
とヘレスのテレビ局オンダ・ヘレスのフラメンコウエブ、カナル・フラメンコのクルー、
「彼の事はまったく知らなかったけど感動したよ。
振り付け、衣装、照明、美術なにをとっても最高だ」
と、地元ディアリオ・デ・ヘレスのカメラマン、フラメンコの写真集もだした
ミゲル・アンヘル・ゴンサレス。朝刊を彼の美しい写真が飾った。
「日本のマエストロがビジャマルタを驚嘆させた」との記事


小島のフラメンコがヘレスを驚嘆させたのだ


2011年2月27日日曜日

ヘレス・フェスティバル2 ファルーカ

写真;Javier Fergo


いやあ、久々に正真正銘、血統書付き
由緒正しい本物の、正統なフラメンコを堪能した、
っていう気分でめちゃくちゃ幸せ。

ヘレス・フェスティバル2日目はファルーカ。
「オメナへ・ア・ロス・グランデス」、
巨匠たちへのオマージュと題した新作で、
ティンティンをつかったフェルナンダ・ロメーロへのオマージュであるタラントに始まり
末息子カルペータによる、叔父ファルキート(今のファルキートではなく、ファルーコの夭折した息子)に捧げるアレグリアス、
ファルーカのマティルデ・コラルへのカンティーニャ、
カルペータとファルーカによるカルメン・アマジャを忍ぶシギリージャ、
チョコラーテに歌うペドロ・エル・グラナイーノのファンダンゴス、
ペドロの歌にファルーカがからむサンブラ
そしてファルーカの父ファルーコへのソレア

どれをとってもフラメンコ以外のなにものでもない
純粋で深く、粋で、力強く…
カルペータのアレグリアス。
ただ歩くだけでもさまになる
ちょっとした顔の動きひとつがアルテそのもの。
オレ!を叫ばずにはいられない。
兄ファルキートやファルーに負けないアルテをもっている。
単なるこどもの踊りじゃないよ。
大人の男の踊りだよ。

写真;Javier Fergo

ファルーカはマティルデとはまったくちがうタイプだと思うのだが
それが見事にマティルデの、伝統的な足をゆったりとみせるその優雅さ
かと思うと男装の白い衣装ではカルメン・アマジャへと変化し
バタ・デ・コーラでローラ・フローレスへと変わる.
全く違う個性のアルティスタだが、それぞれの偉大さが、
それぞれへの敬意が彼女の中にあるのだ。
シギリージャで机をたたく、ファルーカに、カルペータに、
カルメンの熱い思いは受け継がれているのだ。

最後に写真がうつしだされなくとも
フラメンコ好きなら誰へのオマージュかということがすぐさまにわかるはず。

そしてその踊りを支えた歌い手たち、そしてギターのフアン・レケーナ。

シンプルで、熱いフラメンコ。
これこそがわたしたちの求めているものなのかもしれない。

2011年2月26日土曜日

ヘレス・フェスティバル1アントニオ・エル・ピパ


今年で15周年のヘレス・フェスティバルの初日は
ご当地出身、アントニオ・エル・ピパ。
一時は毎年のように出演していたが最近は2年に1度くらいか。
それでもこのフェスティバルの最多出場者の一人にちがいない。

今回はフアナ・アマジャをゲストに迎えて
新作「ダンサカリ。ダンサール・デ・ロス・ヒターノス」を上演。

アントニオ・ガデス「血の婚礼」での、乗馬のパソで
馬に乗ってやってくる流浪の民をイメージしたオープニングから
森での野営、
若い二人(アントニオとフアナではなく舞踊団の若手)の結婚式という
ロマン主義的ジプシーのイメージでの舞台を
自らもジプシーであるアントニオがつくったというのは興味深い。
社会学的検証ができそうだ。

森や青空、また抽象的な模様がバックにうつしだされる。
ギターやバイオリンなどのミュージシャンたちを奥にかくし
踊るスペースを大きくとった舞台構成。
ロマン主義的な衣装にアラブ風味を加えた衣装。
あるときはマノロ・サンルーカル風、
あるときはセラットのサエタ風、
またあるときはトルタの「コロール・モレーノ」風といった音楽はフアン・ホセ・アルバ。

フアナとのパレハで踊るロンデーニャ「出会い」、
若い二人のアレグリアスやファルーカ、
フアナの娘ナサレ・レジェスのタラント(母そっくり)、
フアナのシギリージャ、
アントニオのバンベーラ/ソレア/ブレリア、
アントニオと舞踊団でのカスタネットをつかったビジャンシーコ
と盛りだくさんな内容なのだが肝心の舞踊がものたりない。

アントニオは立ち姿とマルカへに定評があったと思うのだが
今回はなぜかすこし猫背気味で長身をいかしきれていない。
ブレリアでみせるマルカへはさすが、というところだが
あれはフィエスタの踊りであって舞台での舞踊とはべつものだ。
お決まりの、叔母フアナ・デ・ラ・ピパの肩をだいてのひっこみとか
彼のファンにはいいのだろうが、正直、また同じか、という感想を否めない。
フアナはなぜか照明があたらず(踊る場所の問題?)
また伴唱のキニが白いシャツで前にでてくることもあって主役がどちらかわからない。

というわけで、うーん、私的にはなんだかなあ、な公演であったのでありました。