2026年3月2日月曜日

ヘレスのフェスティバル10日目夜ベレン・ロペス『ラティード』

例によってプログラムも読まずに席につき、今頃資料を読んでいるのだけど、不安や恐怖から抜け出していく心の動きを描いたものなのだそうだが、昨夜の舞台を見てて全然わからなかった。とにかく暴力的なまでに激しい怒涛のサパテアードとセンティードのない山のような回転、大音響と暗めの照明でどっと疲れた夜でありました。全体的に汚い、というか、美しさを感じない。たぶん、彼らの思うフラメンコと私の思うフラメンコが違うものなのでしょう。

ベレン・ロペスも共演の3人の踊り手ダニ・カバジェロ、ネレア・カラスコ、ラピコも技術はあるのだろうけど、激しさばかりで、ずーっと叫んでばかりいるような踊りなのは、彼らが主にタブラオで活躍する踊り手だということと無関係ではないのかもしれない。短時間で客席のフラメンコを初めてみる観光客の拍手喝采のためには、ある意味、サーカスの見せ物のような技術を見せつけることが必要なのかもしれない。そしてこういう激しさこそがフラメンコの魅力だと思う人もいるのかもしれない。確かに激しさもフラメンコの魅力の一つだろう。でもそれだけでずーっと押し切られると見ているこちらは疲弊する。シギリージャも
© Festival de Jerez/Rina Srabonian


カーニャもタラントも

© Festival de Jerez/Rina Srabonian

ファルーカも全部同じ色。色彩の濃淡がない。フラメンコにはいろんな曲種があってその性格を演じ分けられるはずなのだけどなあ、と爆音での頭痛に耐えつつ思ったことでした。スピードとバイオレンスではないものは彼らにとってのフラメンコじゃないのでしょうか。

あ、ファルーカはマントンでだったのだけどマントンを使った体操、ブランカ・デル・レイのマントンのソレアの技術を各種並べました、っていう感じで、いやあのマントンはかなり重いし、技術的にはすごいのだろうけど、音楽との関係とかも何も見えず、ただただ技術の羅列でしかなく。勿体無い。
© Festival de Jerez/Rina Srabonian


こういうフラメンコ観を持つ人たちもいるのか、と勉強になりました。マドリーにはアルフォンソ・ロサのように足も強いけど、センティードのある美しい回転を得意とする人も、コンチャ・ハレーニョのような美しい女性的な動きも得意とする踊り手たちもいるのでぜひ勉強してもらいたいけど、方向性が違うからしょうがないのかな。


ビデオ貼っときます

ヘレスのフェスティバル10日目午後サンドラ・カラスコほか『ロス・マグニフィコス』

 サラ・コンパニアは去年マドリードのビエナルで初演したという『ロス・マグニフィコス』素晴らしい人たち、ってな意味で一流のアーティストを集めた、っていう感じでつけたのだろう思う。

歌、ギター、ピアノ、踊り、4人のジャンルの違うアーティストの名前が並ぶプログラムからも、これは誰か一人が主役という作品じゃないことはわかる。

アンドレス・バリオスのピアノで、サンドラが客席を歩きながらマラゲーニャを歌って舞台に上がるオープニングからしてちょっと違和感。サンドラは音程完璧で素晴らしい歌い手であることには変わりないのだけど、ピアノがフラメンコぽくないのであります。歌伴奏をするというより自己主張が激しい、というか。よく指が動く人だとは思うけれど、音楽性、フラメンコ性はうーん、今ひとつというか、その後のソロ演奏でも思ったけど、タララを観客に歌わせてから演奏、観客は置き去りにして色々バリエーションを見せつつ自身も歌うというのも含め、生理的に合わない。昔、ビエナルで見に行った時もフラメンコじゃないじゃん、って思ったのは、数字的にはリズムが合ってても、フラメンコのアクセントとか曲ごとのキャラクターに繋がるような表現とかがない感じがするからかも。

© Festival de Jerez/Esteban Abión


踊りはエル・ジジョというバルセロナ出身で各地のタブラオなどで踊っている人だったんだけど、うーん、体幹が弱い? 開店の時に軸がブレる。首や肩の位置も気になる。ホアキン・コルテスのうわべだけを真似してるような感じ。ホアキンのような体幹もないし訓練もされてないから踊りになっていない気が。

© Festival de Jerez/Esteban Abión

コンセルバトリオでバリバリ鍛えられた踊り手たちを見る機会が多いせいか、頼りなく見えてしまう。でもファルーやオルーコなど小さい時からフラメンコだけやっているようなアーティストでも姿勢や重心、体幹がきちんとしている人はしているしね。

サンドラの歌とダビ・デ・アラアルのギターはフラメンコだし、良いのだけど、この舞台では生きてこない。ダビのソロはマノロ・サンルーカルやリケーニの抒情性を受け継いでいる感じもあって良かった。でも二人だけの公演の時のようにはいかないのはやはり流れが途切れるからかも。


© Festival de Jerez/Esteban Abión

ビデオはこちら、最初のところだけですが

ヘレスのフェスティバル10日目昼ホセ・マルドナードのパフォーマンス

フェスティバル公式で現在2つの展覧会が行われているのですが、その会場、 コワーキング・クルトゥラ・イ・エンプレサ・カマラ・デ・コメルシオで、その展覧会の一つの作品を制作した、バイラオール、ホセ・マルドナード『モンストゥルオス・デル・フラメンコ』会場で、3月1日12時からホセによるパフォーマンスが行われました。

©︎ Kyoko Shikaze 展覧会開会日に取材を受けるホセ

複数のアーティストのパーツを組み合わせてコラージュした作品が中心ですが、その肖像は写真を見て描いたもので写真そのものを加工したものではありません。会場奥には 、これは他のアーティストと組み合わせることなく描かれたパケーラ・デ・ヘレスの大作も。          

©︎ Kyoko Shikaze

パフォーマンスはその肖像の前で行われました。

フラメンコ曲の録音を流しながら、肖像の前に白いボードを吊り、パケーラのブレリアで怒涛のサパテアードを聴かせ、その後、別の曲をかけ即興で描いていく。強い目力を持った目が徐々に現れてくる。その合間にも踊り…

最後はサパテアードをしていた板を立てかけるとそこに口が現れ、パケーラも他のアーティストとのコラージュとして完成されるという粋さ。




ビデオ貼っときますね。 こちらは展覧会のビデオ

2026年3月1日日曜日

ヘレスのフェスティバル9日目メルセデス・ルイス、レオノール・レアル、サロメ・ラミレス『ヘレス、コン・ノンブレ・デ・ムヘール』

ヘレスのフェスティバルの30周年を祝う、ヘレスのアーティストたちによる、ヘレスの女性アーティストたちにスポットライトを当てた作品。

3人の少女たちがヘレスの歌い手たちのブレリアの録音で達者に踊るオープニング。

© Festival de Jerez/Esteban Abión


その少女たちと同じポーズで始まったメルセデス、レオノール、サロメ。

© Festival de Jerez/Esteban Abión

こちらもブレリアで、以前開演前に流されていたテーマ曲のブレリアで3人が踊る。
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アイデアと演出はメルセデス。目の付け所もいいと思うし、音楽は夫でギタリストのサンティアゴ・ララだけど曲選びなどにダビ・ラゴスの手を借りたというが、作品としてよくまとまっていたと思う。メルセデスが長年、元フェスティバル監督だった、現在オペラ演出家でもあるパコ・ロペスのもとで多くの作品を上演してきた経験が生きているのだろう。

ローラ・フローレスのスペイン歌謡の録音で白いバタ・デ・コーラで少女(メルセデスとサンティアゴの娘パストーラ)が踊り

© Festival de Jerez/Esteban Abión

レオノールのファルーカ。確か彼女はバレエを習っていてフェスティバルがきっかけでフラメンコ始めたんじゃなかったかな。

© Festival de Jerez/Esteban Abión
 

メルセデスのガロティンは、ガロティンという曲の持つアイレがあまり感じられなかったのが残念。彼女は第1回のマスタークラスにアンダルシア舞踊団の面々と一緒に出席していた。

© Festival de Jerez/Esteban Abión

サロメのマントンでのマラゲーニャ。去年のラ・ウニオンの覇者。丁寧に踊っている。

© Festival de Jerez/Esteban Abión

3人でのアバニコ使ってのコロンビアーナ
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その後もサロメのソレア、レオノールのシギリージャ
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メルセデスの白いバタ・デ・コーラのペテネーラ。前半のブラソ、綺麗だった。後半はカスタネットも叩きつつと進むんでいく。

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曲や小物もバラエティに富んでいるのもさすが。

次のメルチョーラが歌うルンバで
チキ、アナ・マリア・ロペス、アンヘリータ・ゴメスとヘレスの女性舞踊教授たちが登場。
© Festival de Jerez/Esteban Abión

そしてブレリア。
チキ

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アナ・マリア・ロペス。一体何人の日本人がこの人にお世話になったことだろう。
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そしてフェスティバルのTシャツを着た、クルシージョ生みたいな格好のアンヘリータが優雅で愛嬌もあって最高。

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最後は最初の女の子たちと同じポーズで。

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寄り添い、支え合う、ということなのだろう。良き。

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ヘレスのフェスティバル8日目深夜レラ・ソト『エル・フエゴ・ケ・ジェボ・デントロ』

 2019年のヘレスのフェスティバルでのコンサートが素晴らしかったことが印象的なレラ。先日のセビージャでのペーニャ公演はイマイチだったものの、その前のマエストランサ劇場でのシギリージャは絶品だったし、と観に行ってみたレラ・ソト。お父さんの歌い手ビセンテ・ソト、踊り手のお母さんルイサ・エレディア(一緒にエル・フラメンコに来ていたこともある)をはじめ、クーロ・カラスコ、ディエゴ・デル・モラオ、アントニオ・マレーナ・イホと多数のゲストを迎えてのリサイタル。電子楽器による伴奏でのマルティネテに始まり、マラゲーニャ、クーロの伴奏でソレア・ポル・ブレリア、ティエント、タンゴ、

ディエゴ伴奏のソレア(繊細なディエゴの伴奏が素晴らしかった!)

© Festival de Jerez/Rina Srabonian

通常、伴奏をしているというルベン・マルティネスのギターソロでブレリア(繰り返しばかりでアクセントもなく、なぜ彼がソロを弾くのかがわからない)

アントニオ伴奏のブレリア、

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ミロンガ

ビセンテと一緒に歌うタンゴ、

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そして最後はブレリアで母が踊るという盛り沢山のプログラム。

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このお土産の着物にコルセットをつけて加工したような衣装はどうもいただけませんが、

最後はまた全員登場してブレリア。


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舞台の上で靴脱いで踊ったお母さんがいい味わいで全部さらっていった感あり。

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なんか盛りだくさんすぎて、前回のような感動はなかったけど、若手のホープの一人であることは間違いないし、パルマに若い世代の女性を起用しているのも好感が持てるし、今後に期待したいところです。

2026年2月28日土曜日

ヘレスのフェスティバル8日目セルヒオ・ベルナル『ロダン』

 何度も言っていることだけど、ヘレスのフェスティバルは、フラメンコのフェスティバルではなく、フラメンコ舞踊とスペイン舞踊に特化したフェスティバルで、カンテやギターの公演も行なわれるけれど、メインはあくまでも舞踊のフェスティバルなのだ。それでも、現在、フラメンコの人気が高く、作品も圧倒的に多いということもあって、特にビジャマルタ劇場ではエスクエラ・ボレーラやエスティリサーダ(クラシコ・エスパニョール)など、純粋なスペイン舞踊作品の上演は少ない。最近だとスペイン国立バレエ団くらいだろうか。とはいえ、最近の作品には先日のエステベス/パーニョス舞踊団やオルガ・ペリセの作品のようにボレーラやコンテンポラリーなどいろんな舞踊の要素を盛り込んだ作品も少なくない。舞踊のジャンル分けは意味がないくらいにクロスオーバーなのだ。

エステベス/パーニョス、フランシスコ・ベラスコの作品、そしてスペイン国立バレエ団では出演していたものの、個人の作品としてヘレスのフェスティバルに初登場のセルヒオ・ベルナル。それもデビューがビジャマルタというのは異例中の異例なのだが、それも納得。この上もなく美しく、非常にクオリティの高い、素晴らしい作品だった。

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ロダンと弟子で愛人だったクローデルの物語をゲストのスペイン国立ダンスカンパニーのバレエダンサー、アナ・バディアとのパドドゥを盛り込んでラマニノフの交響曲2番にのせて語るオープニング。セルヒオの動きもバレエダンサーのそれと遜色なく、最初にすっと手を伸ばしただけでわっとなる。いやもう、これはバレエじゃないのか?

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バレエとスペイン舞踊の垣根はどこにあるんだ?などと考える。その後はロダンの衣装を文字通り脱ぎ捨てて、彼自身が作品になって踊る。手足の長い恵まれた体を鍛え上げた美しい肉体を持つ彼にしかできないだろう作品。

『落ちる人』では、太陽王ルイ14世をイメージして、

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ジョルディ・サヴァルのバロック音楽をバイオリンやビオラ、チェロなど弦楽とクラリネットの生演奏で、

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『接吻』ではラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』で再びアナ・バディアと。


© Festival de Jerez/Rina Srabonian
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美しい音楽と美しい肢体、美しい動き。


今回が初演という『三つの影』ではギターを中心に、ハバネラなどの要素も取り入れたオリジナル曲のサンブラで、サパテアードも使って、最もフラメンコ寄りな振付。サパテアードをするときの筋肉の動きが見えるというのもなかなかない。

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そして最後は『考える人』。セルヒオ自身を踊っているというが、

最後、有名なポーズをとり、

© Festival de Jerez/Rina Srabonian
それがかけらになって崩れ落ちていくという効果も圧巻。
© Festival de Jerez/Rina Srabonian

スペイン舞踊の幅広さを、懐の深さを改めて感じさせてくれた。

バレエダンサーで映画にもなったポルーニンを思い出したのは私だけではあるまいと思うのだけどどうですか? バレエファンが見たらどう思うのかなあ。




ヘレスのフェスティバル7日目アンドレス・マリン、アナ・モラーレス『マタリフェ/パライソ』

 スペイン、セビージャの最大のイベント、聖週間。街を練り歩く聖像の行進に涙する人々。エキセントリックなまでの宗教との関係。日本でイメージするカトリックや宗教というものとセビージャのそれは根本的に違っているように思う。宗教というより(宗教なのだが)もっと深く根付いた文化、習慣という方がイメージに近いのではないだろうか。そんな土地で生まれ育ったアンドレス、若くしてその街にやってきたアナが、宗教について考えて、自分たちの言葉、フラメンコ、舞踊を使って表現したのがこの作品なのだろう。

2年前のビエナルで初演した作品で、内容は変わっていない(ビエナル上演時のブログを見ていただけたら幸い)のだが、よりスムーズに進み、作品にリズムが出てきたという感じ。

聖週間のコルネットで幕前でソロでアンドレスが踊って始まり、幕が開くと聖母像のように見えるのは青い布にくるまったアナ。

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布の中から出た肌色の全身タイツのような衣装に長い付け毛をつけたアナ。このアナが身体能力の高さで美しいかたちと動きを次々にみせてくれるので、素直にオレ!

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歌い手でこの作品ではギターやエレキベースも弾くアントニオ・カンポス(元お肉屋さん)が切り分ける生肉(初演より小さい)をくわえてのデュオや聖像に扮してのシーンを経て

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キーボードやコルネットの演奏で踊るこのシーンが個人的には一番好きかも。

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金色の幕の中から、聖週間の行列のとんがり帽子が現れ抱き合ったかと思うと

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ロックのリズムになり、スタンドバイミーのメロディで歌ったセビージャのロック歌手故シルビオの『レサレ』となる。黒いサングラスをかけての二人。上手ではコルネット奏者がコーラとサンドイッチで休憩。いやーもうセビージャらしくてニヤニヤする。

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最後は胸をあらわにし、舞台奥に現れた教会の中へと帰っていく。

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肉は 肉欲の象徴だろうか。人が夢み、欲している天国。愛。官能。愛欲。エクスタシー。欲望と信仰。日常と 隣り合う聖と性。セビージャ。
セビージャを知っているとより楽しめるとは思うけど、知らなくてもアナの美しいかたちと動きだけでも価値あると思うのだけど留学生のみなさんはどうでした?

ビデオはこちら

2026年2月26日木曜日

ヘレスのフェスティバル6日目サラ・カレーロ『エル・レナセル』

 舞台一杯に広がった赤い布に包まれたサラ。やがてその布が幕のように上がっていくオープニング。

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舞台の半分を占めるスクリーンに映写されるビデオ。そのビデオと踊ったり、

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カルナバルのイメージなのかな、仮装で踊ったり。

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スクリーンの後ろの影で踊ったり、
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カスタネットでのシギリージャ。バタ・デ・コーラでのカンティーニャ、

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カスタネットでのサパテアード、そしてタンギージョ


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最後はカルミナ・ブラーナを歌う歌い手に引きずられていく

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色々工夫して、一人でビジャマルタ劇場の大舞台を踊ったサラ。

でも、シギリージャにはシギリージャの重み、アレグリアス系のグラシアは感じられず、なんかすべてが上っ面を撫でているだけのような、隔靴掻痒感。作品だから?いやでも物語が見えてくるような作品じゃないし、その曲を選んでその曲として踊るならやっぱ元々の曲の性格に敬意を払うべきじゃ?技術はあるし、形はきれい。でもバタの下からのぞく足がなぜか黒いスパッツに包まれていたり、そういう感覚がよくわからない。また彼女が伝えたいものも何かわからない。レナセル、再び生まれる、だから死のイメージがでてくるのかなあ?わからん。わからなくてもとにかくいい、ってこともあるけど今回はそうじゃなかった。

ゲストのパブロ・マルティンのウッドベースも、フアンフェのエレキベースも効果的に使われているとは思えないし、ハビエル・コンデのギターソロも原曲のような呼吸がないし。うーん、もやります。

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