2016年9月29日木曜日

パストーラ・ガルバン

パストーラ・ガルバンはロペ・デ・ベガ劇場で、これまでのフラメンコ人生を振り返る作品「ミラメ」。
30分遅れで開幕、というのは開演が遅れることが多いスペインでも珍しい。23時からの公演もあるのに、そこらへんなーんにも考えてないのか、よっぽどのアクシデントがあったのか。どうなんでしょ。

幕があくとフリンジいっぱいのドレスでベリーダンスのように身体をゆらすパストーラ。音楽もダルブッカ?のビートがきいたアラブ風。昨年初演した「モラタナ」の感じか。
 と、そのフリンジの衣装が宙に飛び、花柄の丈の短いワンピースとなる。
 お、っと思わせるオープニングで期待も高まったのだが。。。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero
フアン・レケーナのギターソロでのロンデーニャがタラントになり、昔ながらのステップをふむパストーラ。かかとのない、バレエシューズのような靴だ。

赤いドレスのアンヘリータ・モントージャとラ・タナをしたがえ、ブレリア、ブレリア。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero
コントラバスとアコーデオン奏者が登場し、金色のスーツを着たヘロモ・セグーラの登場をフランス語で案内。登場したヘロモはファンダンゴ・デ・ウエルバを歌う。
シャンソン風インターミッションのあとは、2006年の作品「フランセサ」でみせた、バタ・デ・コーラでのラベルのボレロにピアフの「水に流して」が 入り込んだ曲。赤いバタ・デ・コーラ、頭には大きなお団子をつくり、バタとたわむれ、けんかしつつ踊る。
いやあ、やっぱり、「フランセサ」は名作。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero

アンヘリータのアラブ風ボーカルのあとは、カスタネットでのシギリージャ。2014年のビエナルで初演した作品「イデンティターデス」でローリ・フローレスをモチーフにしたもの。

パーカッション・ソロ、ヘロモの歌うホセ“エル・フランセス” ヒット曲「フエラ・デ・ミ(ジャ・ノ・キエロ・トゥ・ケレル)」を歌い去って行き(謎)、タナがルンバを歌い踊ると、ぴっちぴちのジーパンにしろいTシャツ、ぼさぼさのかつらをかぶったパストーラ登場。そういえば「フランセサ」でもこんなかっこで踊っていたけど。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero
ローレが歌ったアラブ風のテーマで踊るのは去年、初演した「モラタナ」か。
最後は子守唄で眠りにつく。。。

でも、これが最後だったとわかったのは、ミュージシャンがあいさつにでてきたから。
うーん、プログラムにはやってきたこと、やっていること、そのうちやるかも、的なことがめやすのようにかかれているのだが、最後が眠っておしまい、って、未来は寝て
くらす? 夢見てる?

中途半端。演出家もついているんだけどねえ。
こんなんなら名作「フランセサ」を再演した方がよかったんじゃないだろうか。。。

 あの、セビージャらしい、鉄火肌姉御的フラメンコ、みんな期待してきてたんだと思うんだけどね。残念。


2016年9月28日水曜日

アントニオ・モレーノ

サン・ルイス・デ・ロス・フランセセス教会でのアントニオ・モレーノの公演は19時から。

アントニオは一昨年のラ・ウニオンのコンクール、楽器部門の優勝者で、イスラエル・ガルバンの公演「ロ・レアル」「フラ。コ。メン」などにも出演しているパーカッション奏者。
バダホスの音楽学校の先生でもあり、博士号ももっている。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
 枝のようなものを振り回し、ひゅっひゅっという音をだしたかと思うと、腰にさげた砂袋のようなものをならし、ふところから取り出した石をぶつけて音を出す。それらを組み合わせて世界をつくっていく。

ゲストのフアン・ホセ・アマドールが朗々とサエタを歌い、マリンバでのタランタへ。
ソレアはテーブルにむかいあってつき、アントニオが卓上の、お皿やフォーク、コップで音をだしていき、それを伴奏にフアン・ホセが歌う。面白い。けど、リズムはあっても音程がとれないから 歌う方はたいへんだろう。また回したお皿のように、リズムが乱れることもあったしね。

元はアントニオの生徒だったというアグスティン・ヒメネスがビブラフォンでパコ・デ・ルシアのミネーラを。思い入れの伸ばし方が強くてコンパス感がなかったのは残念。音質のせいか、ディズニーランドみたいな感じ。
再びアントニオでラモン・モントージャのロンデーニャ。

アントニオとアグスティンがパルマをうって、客席をまわる。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
なるほどたしかにパルマもパーカッションだ。

ポリゴノ・サン・パブロという、フラメンコの曲名が通りの名に使われている地区でおきた事件(その内容はプログラムとともに配られた) みっつをモチーフにしたパートでは、
ポータブルレコードプレーヤーでならされるフアン・ホセがこどものころに録音したレコードの音にあわせて、ティンパニや箱を叩いたり、

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
 フアン・ホセの歌声に小太鼓であわせたり。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
最後は身体を叩いてのパーカッション。イスラエル風というか、実際、イスラエルの靴音の録音も使われるというもの。叩くことで身体が真っ赤にそまっていく。

音がでるものはなんでもフラメンコになりうる、その気があれば。ってことかな。
興味深いコンサートでありました。


2016年9月27日火曜日

イサベル・バジョン「ジュ・ジュ」

マエストランサ劇場でイサベル・バジョン「ジュ-ジュ」。イスラエル・ガルバン作品ということでその意味でも大注目されていた。実際、会場にはイサベルの師マティルデ・コラルをはじめ、マノロ・マリン、エスペランサ・フェルナンデス、パストーラ・ガルバン、ルベン・オルモなどなど、多くのアルティスタたちの顔がみえた。

ジュジュとはこわいこと。me da dju-dju、でこわい、という意味になる。
というわけで、魔女や迷信など、怖い、に関係するものを集めて綴ったのがこの作品。

オルガンで演奏される聖歌ではじまり、白いぼさっとした足首までの貫頭衣ワンピースを着たギタリスト、ヘスース・トーレスと歌い手ダビ・ラゴスが登場。舞台のきわにこしかけてビジャンシーコを歌い綴る。
舞台の上では白いクリスマスツリーがいったりきたり。

と思うと電気がきえて魔女が登場。びっくりさせられる。

高下駄をはいた3人の魔女たち、イサベル、アリシア・マルケス、ニエベス・カサブランカ、がほうきにのってやってきて、下駄をぬいで裸足で踊りだす。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero
お化けのマスクをかぶったダビによるシギリージャの後は迷信集。

左足から踏む、はしごの下を通る、塩を手渡す、塩をこぼす、黄色のものを身につけて踊り、鏡が割れる、靴を机の上に置く、など、げんが悪いといわれることをあえてやってみる、というコミカルな場面。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero

マントンの角を頭にかぶっての、イサベルのペテネーラ。途中で電気がつき音響が切れるというハプニングを演出して笑わせる。それでもマントンづかい等でみせるのはさすが。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero



 アリシアはシギリージャ、ニエベスはアレグリアスのソロでみせ、イサベルも深紅のドレスでソロ。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero
ダビはヘスースのギターの弦を一本一本切っていく。
最後はロックミュージシャン風のいでたちで登場し、山羊の歌を歌い踊る。自由への讃歌。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero

とこう書いてみても、なにがなんだかわからない、という感じだが、実際、そんな感じの作品。コミカルな、笑えるシーンが多く、楽しかったので、読後感ならぬ観後観はまる。

でもこれを上演するのにいちばんジュジュだったのはイサベルかもしれない。
イスラエルの作品よりもイスラエル的。 マエストランサ劇場に“フラメンコ・フラメンコ”作品を期待してきていた人は「フラメンコ踊って」などと、例によって?叫んでいたりしたが、「フラメンコは?」という声に「フラメンコは死んだ」とこたえていたのはちょっと面白かった。まるで演出のようで。

そう、あなたが好きなフラメンコがいつもそこにあるとは限らない。フラメンコのアルティスタだって、フラメンコ・フラメンコじゃないものをやってもいいんじゃない?

ペペ・アビチュエラ

満場の拍手にこたえるカナーレスを横目でみつつダッシュでアラメーダへ。

エスパシオ・サンタ・クラーラでは23時からペペ・アビチュエラの公演。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

まずはタランタ。そしてソレア、と2曲ソロで。
1944年生まれというから72歳の大ベテランなのだが、年齢をまったく感じさせない若々しいトーケをきかせる。

「今年亡くなった、フアン・アビチュエラ、レブリハーノ、ホセ・メネセ、パコ・タラントに捧げます」
と、語ったが、亡くなったのはどれも同世代で長年共演してきた仲間たち。

ラフィータ・デ・マドリードという歌い手が、ペペの甥でギタリストのピリピをパルメーロに、パーカッションのバンドレーロとともに登場。
ファンダンゴ・デ・ウエルバ、ブレリア、タンゴときかせた。
ラフィータはうーん、アフィシオナードなのかな、あまり上手ではなく、なんかもったいない。それでも、締めなど随所に彼らしいフラメンコを聴かせてくれた。

それに引きずられたのか、ゲストのアルバ・エレディアもいつもの調子が出なかったのは残念。それでもグラナダならではのバイレは堪能することができた。


Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero







2016年9月26日月曜日

アントニオ・カナーレス「トリアネーロ」

ロペ・デ・ベガ劇場でのアントニオ・カナーレス公演「トリアネーロ」。
タイトル通り、トリアーナ生まれのカナーレスが、典型的なだけではない、自らのビベンシア、人生経験や、思いを形にしようとしたのがこの作品。
カナーレスのアイデアをアンヘル・ロハスが監督になって形にした。

場内が暗くなっただけで拍手がおきたのは昨日のファルキートと彼くらいだ。
幕があくと奥に足場がくまれ、上手には土。足場から工事用のライトのような照明が舞台をてらす。工事現場のようなセット。土の上にカナーレスが座っている。下手に並んだアルティスタたちが本名をよび、ここにいます、と名乗って行く。そこでよばれるマヌエル・モレーナの名前、そのあとの静寂。亡くなったトリアネーロたちへの思い。あの日のトリアーナへの思い。

男らは仕事に汗を流し、女たちは家で縫い物をし、たまのフィエスタで歌い踊って発散する。
お金持ちにいいように扱われながらも、その宴はお金持ちの羨望の的でもある。
フェリアがくればセビジャーナス、クリスマスにはビジャンシーコ。

ティエントやシギリージャを踊ったカルメン・レデスマの、昔ながらの伝統を感じさせる、少ない動きに思いをこめて踊る、その深み。

スーツに身を固めた、お金持ちを踊るポル・バケーロとポリート。かつてカナーレス舞踊団で活躍していたポルの成長ぶりに目をみはらせられる。

エルミニア・ボルハの深い歌声。ダビ・エル・ガジの巧みなカンテ。マリ・ペーニャの土臭い歌。マエラのビジャンシーコの軽妙なたのしさ。

パコ・イグレシアスがつまびく、カナーレスの昔ながらのソレアのメロディ。が、その振りは昔のままじゃない。

rchivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
 踊り終わるとお金持ちにもらったパンをみんなでわけ食いつく。

最も心を動かされたのはカナーレスの母パストーラが歌い踊ったセビジャーナスとカンシオン・ポル・ブレリア「ニーニャ・デ・ベンタ」だ。
自然なやわらかなブラソ。愛嬌いっぱいの笑顔。ちょっとした仕草がトリアーナそのものだ。
アルティスタではない、彼女のような普通の人に、歌い踊ることも含めた、アルテがあるのがトリアーナなのだ。

rchivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.


へたすると足場の方が踊り手より明るかったりした照明など、細かいところをいえばきりがないが、1時間少々の短い舞台、観客はおおむね、満足していたようだ。




2016年9月25日日曜日

ファルキート「バイレ・モレーノ」

マエストランサ劇場でファルキート。

「バイレ・モレーノ」
モレーノは褐色の、という意味で、褐色の肌をもつ人のことをさすが、ファルキートの父である歌い手、故フアン・フェルナンデスの芸名でもある。その父への思いをかたちにしたのがこの作品。

幕が開いただけで拍手がおこる、というのもファルキートの人気のほどを示している。
上手手前の安楽椅子に腰掛け赤ちゃんを抱くファルキート。その子をゆりかごにねかしつける。

舞台全体が明るくなり、中央奥の坂から馬の足取りで、バイラオール二人、バルージョとポリートがやってくる。舞台一杯にカンポ、田舎に生きる人たち。男女二人ずつの踊り手たちだけでなく、同じく男女二人ずつの歌い手たち、そしてトロンボもバストン売りで、舞台を構成する。衣装も昔の普段着風だ。

バストンを使ったシギリージャ。バルージョとの争いの場面からポリートも加わって三人でバストンの持ち手をひっかけて三人で回ったり。バストン技がこれでもかと繰り出され、最後は両手に持ってのパーカッション使い。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

下手手前の小さなバルカウンターでのブレリア。ペペ・デ・プーラとアントニオ・ビジャールの歌で、ポリート、バルージョ、ファルキートと踊り継いで行く。それぞれにみせるのだが、やっぱりファルキート! レトラの最中におかまいなしに強く足を入れる二人とは違い、歌をレスペト、敬意をはらって、歌っている時は基本マルカールのみ。ここで締めだぞ、というポイントにきてから足をいれる。歌を知り尽くしている彼だからこそのこの、歌と踊りの関係がファルキート一番の特徴だろう。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.


上手で女たちがたき火をかこんで、火を強くしようと手に持った紙やスカートで風をおくっている。そこではじまるタンゴの宴。踊り手二人、マリナ・バリエンテとヘマ・モネオのファルキートをめぐる恋のさやあて。ヘマはヘレスでみたときより、また成長しているように思う。身体、とくに胴体の使い方など勉強すれば、もっとよくなる部分はまだあるのだが、もっている雰囲気がすごくいい。フラメンコ感覚がどんどんとぎすまされていっているというかんじ。これからも楽しみな才能だ。マリナは長い巻き毛を連獅子のように振り乱す。あまり上品ではない、はすっぱな感じがこれもまたセビージャだよね、と思わせる。

ファルキートはヘマを選び、愛のよろこびをアレグリアスで踊る。 満面の笑み。マエストランサ劇場の大きな舞台をすーっと瞬間移動のようにすべりいく。

下手より花嫁衣装のヘマが現れ、ファルキートは上手で着替えて結婚式。アルボレアが歌われ、結婚式の宴。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

新郎新婦が上手から下手へ、赤ちゃんを抱いてやってきたとかと思うと、下手から上手へと進むとこどもーファルキートの息子フアン・エル・モレーノをーつれてやってくる。

息子を含む、帽子で顔を隠した3人がポーズ。上手の安楽椅子のファルキートも帽子。そこにながれてくるソレア。父モレーノの熱唱だ。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

下手奥からの葬列。泣き崩れる女。
失意から救うのは子供。未来への希望。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
父や祖父の死を乗り越えて、未来へと進む力。
最後はフィエスタ。 ここでもこども、フアン・エル・モレーノがすごかった。

4、5歳だと思われるのだが、かつての父ファルキートと同様、コンパス感がはんぱない。回転も完璧。アンコールでよばれたときも、父のところではなく、直接舞台前面中央に進む武体人ぶり。こうして血が続いていく、亡き祖父の名前をついで。


Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
作品としては、よく整理されていてわかりやすい。父の故郷(ウエルバ県アルモンテ)であるカンポ、バルでのブレリア、たき火を禍根での宴、結婚…彼らのビダ、人生、生活にある一風景を切り取り、父を思う。それは父の人生でもあり、祖父の人生でもあり、彼の人生でもある。公演先のブエノスアイレスの舞台で公演中に亡くなった父を思い出し、この作品をつくることはある意味、彼にとってのセラピーだったのかもしれない。
 1時間ちょっとの短い作品だが、それだけに内容十分。みごたえはある。
舞踊、そしてファルキートの魅力を満喫するなら夏、ラ・ウニオンでみた「インプロビサオ」の方が絶対いい。純粋にフラメンコを楽しみたい人には今回の公演はちょっと残念だったと思うところもあるかもしれない。でも、これはこれでいい、と思う。
ファルキートが語りたかった父のこと。父への思いが伝わってきたせいか、録音のソレアでは涙がでた。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.





キンテーロ劇場公演の変更

ビエナルのオフィシャルではないフラメンコ公演シリーズ。
のっけから公演中止があいついでおりまする、と書きましたが、
その後も中止となる公演が増えています。
ご注意ください。


◆エル・ソル、ラ・サル、イ・エル・ソン
9/24(土)22時「フラグア・デ・ティオ・フアネ」
[出]〈c〉ナノ・デ・ヘレス
9/25(日)20時
[出]〈c〉ホセ・メンデス中止
9/25(日)22時
[出]〈c〉アルフォンソ・ミヒータ・イーホ中止
9/28(水)20時
[出]〈c〉パコ・カサレス“エル・ガソリナ”
9/28(水)22時「ヘレス・ポル・ブレリアス」
[出]〈c,b〉ロス・ビエホス・デ・ペーニャ
9/29(木)20時「プラスエラ・ビバ」
[出]〈c〉フアニジョロ
9/29(木)22時「カバレ・メスティソ」
[出]フェルナンデス・イ・バルガス中止
9/30(金)20時
[出]〈b〉マリア・ホセ・フランコ
9/30(金)22時
[出]〈b〉フェルナンド・ヒメネス
10/1(土)
[出]フレスキート、ホアキン・ロペス・ブスタマンテ
10/1(土)
[出]〈b〉ミゲル・アンヘル・エレディアマリア・デル・マル・モレーノ
[場]セビージャ キンテーロ劇場
[問]前売 https://www.giglon.com/

2016年9月24日土曜日

ドランテス&タクシム・トリオ

アルカサル公演三日目はドランテス。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

まずはシギリージャ、変化をつけてきかせるのはさすが、ドランテス。パーカッションのハビエル・ルイバル(同名歌手の息子)のパーカッションが、単なるリズムではなく、音楽的なのがすばらしい。

こどもの頃、伯父レブリハーノの家などで、他のジャンルのミュージシャンと一緒に楽しんだフィエスタが忘れられない、というドランテスが今回の共演者に選んだのはタクシム・トリオ。トルコのジプシー・ミュージシャンだ。
カーヌーンという、台形の、お琴のようなアラブ諸国でよくつかわれる楽器をひざにおいてかきならす人、バーラマという、琵琶を細長くしたようなトルコの弦楽器を弾き、歌う人、クラリネットと、中央アジアの木管楽器ドゥドゥクを演奏する人のトリオ。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

アラブ的な音階も登場するのだが、アラブというよりも、フラメンコロックのパイオニア、グループ、トリアーナを思い出させるようなメロディ。カーヌーンも、バーラマもロックギターのような感じで、演奏される。伝統を新しいかたちにしていくのはなにもフラメンコだけではないのだ。
続く曲はパコ・デ・ルシアの「シルヤブ」を思わせる。いや、そのものとも思えるメロディのやりとりなどもあって、え、これって「シルヤブ」の原作、と思わされるが、そうではないだろう。スペインで、フラメンコのフェスティバルで演奏するゆえの彼らのオマージュなのかもしれない。


ドランテスとのティエント/タンゴ。二拍子系のものは、ほかのジャンルの音楽とのコラボがやはりやりやすいようだ。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

ドランテの祖母ペラータがフィエスタで歌っていたという「カラバナス」というヒターノたちを歌った曲のアレンジは、マノロ・サンルーカルの「メデア」を思い出させる。ピアノに遠慮がちにトリオもからむ。

そう、おたがいちょっと遠慮がちなコラボレーションだったけど、遠くて近い地中海の音楽。おたがいに刺激をうけて、また新しい挑戦が始まるのかもしれない。


Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.



2016年9月22日木曜日

ダニ・デ・モロン「21」

世界遺産アルカサル、入り口にあるパティオにつくられた特設舞台での公演初日はダニ・デ・モロン。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

35歳の、ソロ・アルバムをこれまでに2枚リリースしているこのギタリストが、新作に協力したアルティスタたちらを迎えて行った公演。豪華なゲストはビエナルならでは、か。
半年前に前売り券が売り切れるという人気の公演。会場には、トマティートやミゲル・アンヘル・コルテス、ロサリオ・トレド、パトリシア・ゲレーロなど、アルティスタたちの顔も。

シギリージャからブレリアへと進むオープニングのギターソロ。ドライブ感抜群だ。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
ゲスト一人目はロシオ・マルケス。6年前くらいかな、ウニオンでランパラ・ミネーラを獲得。細く高いきれいな声で歌うカンタオーラだ。グラナイーナにペペ・マルチェーナのミロンガをあわせ、その後はカラコーレス。ミロンガはボサノバのようにもきこえ、カラコーレスはカラコーレスとは思えないような寂しい感じになるのは声のせい? というか、彼女が歌うと、フラメンコにきこえないのであります。カンシオン、ふつうの歌にきこえる。
メロディは正しいし、リズムを大きく外しているわけでもないのだが、うーん、なんでだろう。声のせい? いや歌い方?
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.


二人目のゲストはヘスース・メンデス。ブレリア・ポル・ソレアとブレリア。先日のリサイタルでみごとにきかせたシギリージャがないのは残念だけど、どちらも得意曲だけに、とてもいい。熱唱。マイクを外してもしっかり一番後ろに座っていた私のところまで、声が届く。歌詞がわかる。ああ、フラメンコだなあ、と思う。

三人目は特別なゲスト、イスラエル・ガルバン。
舞台から一番遠い、通路で暗闇の中サパテアードをふみはじめる。大きな音が会場にこだまする。
歌の無いシギリージャ。ギターがはじまると、素早く前方に移動。今度は舞台のすぐ下、一番前の席の前で踊り始める。リズムと遊ぶように、動いているのが頭越しにみえる。観客の手を取って、叩いたり、ユーモアもある。
やがて舞台に上がり、ギターの音と遊ぶように踊り続ける。自分の身体を楽器のように叩き、跳ね、静止し、カホンを叩いたと思ったら、その上でサパテアードを踏み始める。
もうこの人の天才ぶりには脱帽しかない。一般的なフラメンコ舞踊とはまったく違うスタイルで、ときにコンテンポラリーダンスともいわれるのだが、実はフラメンコ以外のなにものでもない。その呼吸、その間合い。一見奇妙な形の中にも昔からの形がみえる。
公演が終わったわけでもないけど、スタンディングオーベーションがおこった。さもありなん。

「彼こそ僕の憧れ。夢が叶ってうれしい」というダニのソロはグラナイーナ。繊細さと大胆さが同居する、オリジナリティのある一曲。

四人目のゲストはドゥケンデ。タランタとカルタへネーラ、そしてシギリージャを。この声、この声の速度、かすれ具合。いやあ、すばらしい。ひさしぶりで聴いたけどやっぱりいい。

5人目はアルカンヘル。ティエントスとソレア。この人ののびのよい声は、ドゥケンデやヘスースとは全く違うテイストなのですが、やはりフラメンコ。工夫をして、新しい感覚を与えていく。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

最後は全員でタンゴ。現代フラメンコのスターたちによる夢の競演は、ダニという絆によって結ばれて、幸福な夜はふけていったのでした。


なお、イスラエル・ガルバンは来月、来日公演があります。
あいちトリンナーレで「ソロ」「ふら。こ。めん」の公演があります。東京大阪から日帰りもできるので、スペインに来れなかった人はぜひ!
http://aichitriennale.jp/artist/israelgalvan.html





ラファエル・エステベスがアンダルシア舞踊団新監督に

月曜日のマエストランサ劇場での公演で、アンダルシア舞踊団に別れを告げた、ラファエラ・カラスコに代わって、ラファエル・エステベスが監督に就任することが決定した。

これは来年夏のアルハンブラ、ヘネラリフェ劇場でのロルカ・イ・グラナダという公演シリーズで、ロルカゆかりの作品を上演するため、その作品を公募し、その中から選ばれたということで、彼がバレリアーノ・パーニョと練った企画「…アキ・シルベリオ」がその作品。

これからオーディションが行われることとなる。どんなカンパニーにうまれかわるのだろうか。

2016年9月21日水曜日

ヘラルド・ヌーニェス&フラメンコ・ビッグ・バンド

23時からのセントラル劇場はヘラルド・ヌーニェス。
奥方のバイラオーラ、カルメン・コルテスをはじめ、パーカッションのセピージョという、おなじみのメンバーに加え、カンテにアントニオ・カルボネル、ドラムにマーク・ミラルタ、コントラバスのトニョ・デ・ミゲル、ピアノのモイセス・サンチェスというメンバーに加え、フルート、サックス4人、トランペット4人、トロンボーン4人+サックスをふくディレクターというビッグバンドが参加。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

ヘラルドのファンにはおなじみの曲の、ギターのメロディーが金管楽器用にアレンジされての共演。見事の一言でありました。
フラメンコの新たな可能性をまたひとつみせてもらったような気がします。


Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

ソレアをはじめ、カルメンもパルマだけでなく踊りもみせてくれて、満足満足。
でもギターソロが一曲 あってもよかったかなあ。
この劇場で彼がやったギター一本のリサイタルがまだ忘れられない。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

ハビエル・バロン「インメマネンシア」

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
ハビエル・バロンが後輩、ラファエル・カンパージョ、アルベルト・セジェスとともに踊る「インマネンシア」内在、はロペ・デ・ベガ劇場で。
パコ・デ・ルシアのロンデーニャで三人が踊るオープニングでおっと思う。
3人のダンサーが共演という公演は数あれど、これだけ凝った振り付けで全員で踊るなどをもってくる作品は数少ないからだ。同じ振りをしていても、靴音は同じでも、腕の位置や上げ方や、微妙なタイミングがそれぞれ違って、個性がみえる。

アルベルトのソロはペテネーラ。男性のペテネーラは珍しい。昨日のアンダルシア舞踊団公演のときよりものびのびと踊っている感じだ。ブレリア・ポル・ソレア的な感じ。

ハビエルとラファエルのタンゴは、そっちがこう踊ればこっちはこう踊る、というパソの会話ですすんでいく。どちらもコンパス感覚がすごいから、みているこっちもわくわくしてくる。ラファがトリアーナぽく、腰をおとせば、ハビはセビージャばりばりな足で対抗。いやあ、楽しい。

やはり3人でのカーニャ。実力がある踊り手だから誰をみても楽しい。

ラファのシギリージャはいつもながらの男伊達。姿勢や腕の動き、形の美しさ。コンパスをつかんでは放す、その感じ。さんざん気をひいといてちょっと肩すかしするような、不良というかジゴロというか、そんな感じがまたフラメンコ。とにかく男っぽい。

フィエスタのブレリアも楽しい。

ハビエル・リベラのカンテソロはティエントス。

三人でのファルーカがまたいい。
今年は、初日のクリスティアン・ロサーノらのファルーカ、昨日のダビ・コリアのファルーカと、ファルーカの当たり年だ。男性舞踊の粋を堪能させてくれた。

ヘロモ・セグーラのカンテソロはミロンガ。
そしてハビエルのソレア・ポル・ブレリアス。新作といっても振り付けまでまったく新しくしてくる人はそれほどいないのだが、彼は常に新しくしてくるのがすごい。

最後のカンティーニャは再び三人で。

ずっとバックが黒なのは男性舞踊のソブリオ、派手ではないところのアピール?
個人的にはもう少し変化があってもよかったように思うが、とにかく、バイレを満喫出来る内容でございました。
ビバ、 バイレ・フラメンコ・デ・オンブレス!
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.

2016年9月20日火曜日

アンダルシア舞踊団「ティエラ・ロルカ。カンシオネロ・ポプラル」

毎年夏、アルハンブラのヘラリフェ庭園にある野外劇場で行われている公演「ロルカとグラナダ」として、今年の夏、グラナダで上演されていた公演「ティエラ・ロルカ」。ロルカが採集したポピュラーソングをテーマにした作品。

上下2段、10のパネルに次々と映し出されるのは、ロルカ風のイラストレーションとガルシア・ロルカゆかりの写真。
その後ろでシルエットで浮かび上がった踊り手たちが前にでて見事な群舞をみせるオープニング。

「ソロンゴ」を、ヘマ・カバジェーロが美しいソプラノで歌い、それをパブロ・スアレスのピアノがサポートする。水玉がまばらについた白い衣装のラファエラが、アルヘンティニータの写真とともに踊る。その細やかな女性らしい動きの美しさ。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
「アンダ・ハレオ」はペテネーラのリズムでアントニオ・カンポスが歌う。黒いバタ・デ・コーラのアナ・モラーレスが踊る。バタさばきの美しさ。身体遣いのみごとさ。

「トリノ・イ・プア」は男装の女性と男性たちの群舞でみせる。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
 ヘマが歌う「ロス・クアトロ・ムレーロス」4人のラバ飼い、美しいマントンさばきをみせるのはラファエラ。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
基本の技術はマティルデ・コラル的なもので、ブランカ・デル・レイのような、頭にかぶったりスカート的につかったりはせずシンプルにみせる。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
そこにでてきたダビ・コリアが加わり、マントンを絆のようにつかったパレハとなる。

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ダビがマントンを動かす時は女性風ではなく、男性的な動きでするのがいい。
ダビがそのまま残りファルーカ。ヘスース・トーレスのオリジナル曲で、さまざまなファルーカの要素を取り込んでつくりあげたファルーカ。ダビは立っているだけでオレ!といいたくなるほど姿勢がいい。スペイン舞踊的な美しさとフラメンコ的な味わいが同居する。

グラナダのタンゴは残ばらが身の群舞が一人ずつソロを取り、「カフェ・デ・チニータス」ではウーゴ・ロペス、アルベルト・セジェス、エドゥアルド・レアルがブレリアでみせる。

「ラス・モリージャス・デ・ハエン」、ハエンのモーロ娘たちは、ラファエラがアバニコで踊る。

ロルカとアルヘンティニータのオリジナル録音で「ソネス・デ・アストゥリアス」。アストゥリアス地方の歌はカスタネットを使って。穴とダビがパレハでちょっと踊るところの美しさ!きちんと勉強して経験をつんできた人だけがもつ風格。

 最後は「グラナダのファンダンゴ」を全員ではなやかに。

パレハの「ロス・クアトロ・ムレーロス」など、ラファエラの旧作「バモス・ア・ティロテオ」でのモチーフもあったが、それもブラッシュアップ、パワーアップされており、満足満足。なんとも美しいフラメンコだ。


こうしてラファエラ・カラスコ監督のアンダルシア舞踊団の最終公演はおわった。
次の監督も公募で決定されるとのことだ。




2016年9月19日月曜日

マノロ・サンルーカル公演中止

スペイン国立バレエ団の公演中止に伴い新たにプログラムに加わっマノロ・サンルーカルの「メデア」公演中止です。入場券代金は払い戻しとなります。ネットで買った人には自動的に返金されますが、窓口で買った人は、現金カード払いを問わず、直接払い戻しに行くことになります。

数年前に引退。今年バルセロナで再び舞台に上がったものの、3曲で舞台を降り病院にむかったという。今回も健康上の理由かと思われる。

ホセ・バレンシア「デ・セビージャ・ア・カディス1969-2016」

7月に亡くなったレブリハーノの本格的デビュー盤「デ・セビージャ・ア・カディス」1969年に発表されたこのアルバムは、ニーニョ・リカルドとパコ・デ・ルシアの伴奏で熱唱するこのアルバム。てっきりこのアルバムの収録曲を、同じレブリーハの歌い手ホセ・バレンシアが歌い、今によみがえらせるものかと思っていたのですが。。。

はじまりはロマンセ。パルマだけの伴奏で歌うロマンセ。パストーラ・ガルバンが踊る。最初の踊り始め、歌い手の合図にぱっとこたえる彼女のかっこよさ。フラメンコ筋肉が発達している、という感じ。パストーラは、カルメン・レデスマやコンチャ・バルガスのような振りで踊る。最後はホセと下手袖にはいっていくのだが、その最後までくるんと回っていくのも楽しい。期待高まるオープニング。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.


レブリハーノと長らく共演したゲストのバイオリン奏者、ファイサルのソロ。
フアン・レケーナの伴奏でソレア。でもオリジナルのアルバムで歌った歌詞ではない。あれ?
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マヌエル・パリージャの伴奏でティエント、タンゴにはレケーナも加わる。
音響ボリュームが大きすぎるからか、口の中でうわんうわんしているからか、歌詞がききとりにくい。

Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.


パストーラの白いバタ・デ・コーラでのアレグリアスは、前回のビエナルで上演した作品のもので、マティルデ・コラルの真似。それがバイオリンの音でバタを脱ぎ、黒いドレスになる。??? 喪に服しているの? わけがわからない。

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また、伴唱はコーラス隊(セルヒオ・アギレラ、インマ・ラ・カルボネラ、アンパロ・ラガレス)がするのだが、うーん、せっかくだからホセの歌でみてみたかった。
パリージャ伴奏のシギリージャ。

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ブレリア・ポル・ソレア。そして最後はブレリア。

たしかに椅子のこしかけかたや、ギタリストの肩をつかんだり、の形態模写?や、レブリハーノの歌い方のマネなどもあった。他のアルバムで彼が歌っていた歌詞もあった。いや、でも私が見たかったのはそういうのじゃない。
熱唱はいい。でもフラメンコのオレ!って雄叫びにではなく、たとえば、微妙な音程の下がり方をかすれるような感じでコンパスにみごとにはいっていくような、繊細な表現をするようなとき、名人技の節回しなどにでるのではなかろうか。人それぞれだとは思うけど、私は大音量とパワーでぐいぐいおしていく体育会系みたいなカンテは苦手だ。
前回のビエナルのときは、もっとよかったと思うんだけど、今回はレブリハーノのプレッシャーがおおきすぎた?






2016年9月18日日曜日

ヘレス、パロ・コルタード

オテル・トリアーナはヘレス。
フアナ・デル・ピパ、カプージョ、アントニオ・アグヘータ、トマス・ルビチという4人の歌い手、ペリキンとドミンゴ・ルビチのギターにパルマというシンプルさ。
最初にロンダ・デ・トナ、トナをうたいついでいくものと最後のフィン・デ・フィエスタのブレリアだけは全員だが、ほかはそれぞれ3曲ずつ歌うという、昔のフェスティバルのような構成。

アントニオ・アグヘータの独特な歌いっぷり。
Archivo Fotográfico La Bienal de Flamenco. Fotógrafo Óscar Romero.
初めてきいたトマス・ルビチ。
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フアナは歌い踊り、
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カプージョがペリキンのギターで締めた。
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フィン・デ・フィエスタではアントニオの歌でフアナとカプージョが踊る一幕も。

でもなんだろう。ちょっとどこか物足りない。