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2026年8月5日水曜日

ラ・ウニオン2026/イスラエル・フェルナンデス『レシタル・イ・カンテ』

 現在、ミゲル・ポベーダを追い越す人気のカンタオール、イスラエル・フェルナンデス。この公演も早くから満員札止め。

開演の前に昨年のこの日にその名が風間れたプレートのお披露目もしたぺぺ・アビチュエラの訃報が伝えられ、1分間の黙祷。

公演はタランタとカルタヘーナを続けて歌うカンテ・デ・レバンテに始まり、ソレア、ティエント/タンゴと、ディエゴ・デル・モラオのずっと聴いていたくなる最高にフラメンコなギターとアネ・カラスコのカホンが支える。


©︎ Festival Internacional de Cante de Las Minas

ソロでトナを歌った後はディエゴのソロでタランタ/ブレリア。これが本当に素晴らしかった。先日のセビージャでのリサイタルも凄かったけど、ここでもしっかりした構成で、タランタからのブレリアを抜群のリズム感で聴かせてくれたのでした。パコ・デ・ルシアのフレーズ弾いても彼の個性でただのコピーになっていないのがいいな。


©︎ Festival Internacional de Cante de Las Minas

イスラエル自身のピアノで弾き語りでしっとりとグラナイーナ。ギターでの弾き語りを聞かせる歌い手は多いけど、ピアノはそう多くない。グラナイーナという抒情的な曲種はピアノにもあっているような気がする。

©︎ Festival Internacional de Cante de Las Minas
ぺぺに捧げてシギリージャ、そしてブレリア。アンコールはファンダンゴを熱唱。

絹に引き続き、彼の名前も会場前の通りに刻まれました。
©︎ Festival Internacional de Cante de Las Minas 

その後は会場前のテラスでジジョが踊りました。

さて今日からいよいよコンクールです。


2026年8月3日月曜日

ラ・ウニオン2026/マドリード州立スペイン舞踊団『ビアへ・アル・アモール・ブルホ』

 マドリード州立スペイン舞踊団は、2024年ヘスス・カルモナを監督に創立され、現在はモニカ・フェルナンデス、ガラ・ビバンコス、アントニオ・カスティージョの3人が共同監督というまだ若いカンパニー。マヌエル・デ・ファリャの『7つのスペイン民謡』をオルガ・ペリセが、『恋は魔術師』をエステベス&パーニョスが振り付け、音楽はファリャとダニ・デ・モロンという第一線で活躍するメンバー。舞踊団員も有名な人こそいないけれど、ちゃんとテクニックはある、一定のレベルはクリアしていると思います。だがしかし、なのであります。


©︎ Festival Internacional de Cante de Las Minas

全体としてとっ散らかってて統一感はなく、どんな観客を想定しているのか、何が言いたいのだかまーったくわからない。
プログラムがないから出演者の名前もわからないし、場面の説明もなにもないので、これを書くのにネットで見つけた他の場所での公演のプログラムを見つつこれ書いてます。ギタリストがセレドゥエラでパーカッションがルキ・ロサーダというのも最後の挨拶のとこで判明。ネットだけでプログラムあったほうが絶対いいと思います。

途中、エスクエラ・ボレーラやホタが登場する時と、後半、『恋は魔術師』の中の役を踊っているのであろう時にかな、赤や緑の衣装も登場するものの、基本が稽古着のような黒い衣装で、体操みたいに繰り広げられる群舞に始まり、オーケストラの録音で(カラオケ)でソプラノの歌う7つのスペイン民謡が踊られ、『ドビュッシーの墓のために』では寸劇ぽくもあり、続いて「場面1何なに、」みたいなセリフの後に情景を見せるようなフラメンコ曲の場面があって最後が『恋は魔術師』。
チェロ・パントーハの熱唱はフラメンコで良き!のでありますが、物語が見えない。オリジナルのあらすじ、知っていても、え、誰がカルメロ?亡霊は?って感じ。なんかやたらセクシュアルな振りがあったり、うーん、なんだかなあ。エスクエラ・ボレーラもホタも、形はなぞっているけれどプロの踊りには見えない。スペイン国立バレエ団やナハーロ舞踊団のレベルの高さがこういうのを見るとよくわかるという感じ。

10月には新作を披露するそうですが、なんかこれを見る限り期待はしないほうがいいかも、とまで思ってしまいました。船頭多くして船山に登る、ってやつなのかなあ。ガラはスペイン国立に居た人だし、モニカはカナーレスに鍛えられているんだけど、やっぱ複数で舵を取るのは難しいのかもしれません。

©︎ Festival Internacional de Cante de Las Minas

©︎ Festival Internacional de Cante de Las Minas




2026年6月26日金曜日

ディエゴ・デル・モラオ『ア・クエルダ・ペラー』

 カハソルのフエベス・フラメンコス、夏休み前の最終回はギターソロ。ヘレスのディエゴ・デル・モラオが登場。

なんとカンテもパルマもない、全くの独り舞台。というだけでなく、ピックアップのついたギターとペダルが舞台に!ええ?

舞台に登場したディエゴはまず、持ってきた、いつもの?ギターでロンデーニャ。2010年の曲だという。



©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol

続いてエアレコでタランタ/ブレリア。ブレリアはパコ・デ・ルシアの曲をだいぶなぞるのだけど、彼には自分の音があるからパコっぽく聴こえないのが面白い。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol
 

再びいつものギターでソレア・ポル・ブレリアのようなスピードのソレア。ヘレスのソレアは他のところのソレアより早いよね。

シギリージャは、先日、早逝したミゲル・サラドに捧げて。「いつも謙虚で、歌の邪魔をしないギターだった」と。

パコ・デ・ルシアとの思い出のブレリア『エル・レガロ』はもちろん、に。昔、まだパコと知り合う前にコンサートに来てたディエゴをパコに紹介するよ、って言ったのだけど、いや、まだとか言って遠慮してるうちに箱が帰ってしまい紹介失敗して、その数週間後にパコから電話があって、一緒に録音することになったのは、2003年7月、カディス県ヒメナ・デ・ラ・フロンテーラでのこと。なんて話を思い出しつつ。

もう一曲、エレアコで弾いて、最後はブレリア。これが良かった。ヘレスらしく、リズムが生き生きとしていて、こっちの鼓動も高まるようなそんなブレリア。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol



ディエゴのことは彼がまだ子供の頃から知っているので、ずっと若手という認識だったんだけど、78年生まれだから47歳だということで、もう立派なベテランなんですね。

演奏も、いぜんとはイメージがちょっと変わって、ビセンテよりもパコ寄り、またブラジルというか、ちょっとラテンギターの影響も感jられるような気がしました。ソロでの公演は多くないから、たまに聞くとびっくりしたりしますね。





2026年6月19日金曜日

セルヒオ・アランダen ペーニャ・トーレス・マカレーナ

 日本ではお馴染みのセルヒオ・アランダだけど、なんと私は初見であります。彼も以前ここでの公演が予定されていたものの天候か何かで延期になってこの日のリベンジ。

ニョニョのギターソロに始まり

タニェのカンテソロ

ホセ・アニージョも加わって、セルヒオのアレグリアス。

軽快。もともと地元マラガの舞踊学院、コンセルバトリオで学んだと言うのだけど、コンセルバトリオ系というかアカデミック感じはなく、フェステーロな感じに見えるのは上体、腕の動きが限定的だからかもしれません。身体づかいとか、きっとフィエスタ系のフラメンコの方が、舞踊団系、劇場系のものより好きなんでしょうね。


休憩を挟んでナタリア・カロのタラント。ニョニョのギターで前座? 10代にしてはちゃんとしている。この時気づかなかったんだけどm、ヘーレン財団のコンクールで時間オーバーした子だ。

先日のキラキラ衣装よりはタラントぽい。17歳。来週末のラ・ウニオンの若者舞踊コンクール準決勝出場のためのデモンストレーションだったみたい。

ホセ・アニージョのマラゲーニャ+ベルディアーレス。

 そしてソレア。

歌聞いていないわけじゃないけど、レトラの時もどんどこ足突っ込んでくるタイプなんですね。ふむ。


この日は普段、公演がない木曜日ということで観客は少なかったのですが、最後、フィン・デ・フィエスタではカルメン・レデスマやぺぺ・トーレ、エル・ルビオ・デ・プルーナが舞台に上がり、思いがけなく得した気分。彼らがわざわざやってくるというのはやはり愛されてるのでしょうね。小さい子はナタリアの妹、踊らなかった子はカルメンの孫らしい。









2026年6月13日土曜日

ペドロ・コルドバen ペーニャ・トーレス・マカレーナ

かつて新宿『エル・フラメンコ』にも出演していたペドロ・コルドバがペーニャで公演。
これ、本当は1月にプログラムされていたのが、マドリードとセビージャを結ぶ新幹線事故で電車が運休になり延期になっていたもののリベンジであります。

最初は一人舞台に上がりソロ・デ・ピエでマルティネーテ。

後半はキニ・デ・ヘレスとセバスティアン・デル・プエルトの歌も加わる。セバスティアン、初めて聴いたけど、ムイ・フラメンコな声。
日本でもお馴染みニョニョのギターソロでブレリア。

二曲目はアレグリアス。

強い足だけでなく、パソもそうだけど、ふとした上体の動き、顔や首の角度、ミラーダなんかに、全盛期、90年代のアントニオ・カナーレスを思い起こさせる。ペドロは1978年バルセロナ近郊サバデル生まれでバルセロナで舞踊人生をスタート、その後マドリードに移り、ラトーレやカナーレスのカンパニーでも踊ったというけど、うん、10代の時、カナーレスに憧れた世代なのかも。カナーレスのいいとこが凝縮されて受け継がれているという感じ。

第2部はカンテソロのタンゴに始まり



ソレア。男らしくまっすぐなソレア。
歌にマヌエル・デ・ラ・ニナが加わってより厚みが出たかも。マヌエル、子供の時はほんと、愛嬌たっぷりな感じだったけど、いつの間にか、舞踊伴唱のエキスパートに。楽しんで歌っている感じ、一生懸命な感じが良き。キニも少年だったよね、最初に会った時は、としばし遠い親戚のおばさん的な感慨に浸るのでありました。

 やっぱ、カナーレスぽい。好き。なんか昔日本で観たときより、重みが風格が出てきて、いい感じ。

フィン・デ・フィエスタではムシコたちもみんな踊っていたのが最近では珍しいかも。




2026年6月12日金曜日

ルシア・アルバレス“ラ・ピニョーナ”『セントラル』


なんというか、ほんと、何が何だかわからないんだけど、気がつくと泣いていた。終演後、友達に、また泣いちゃったよーって言ってるうちにもっと込み上げてきてしまい喋れない。涙止まらない。恥ずかしい。なんで泣いたか自分でもわからない。私が泣いたからすごい、とかそう言いたいわけじゃない。でも、ルシアの踊りには私の中のなにかを突き動かすなにかがあったということはたしかなのであります。

はじまり。客席から登場して舞台に上がり踊り始めるソレア。 すっくと立ち場を完璧に支配するその姿の美しさ。気高さすら感じられる。女王感。

歌を聴いて丁寧に踊る。


©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol

ギターソロはパコ・デ・ルシアのモチーフを借りて展開するロンデーニャ

続くファルーカはキンキラキンの衣装で。コンクールでこれきてたら、衣装警察としては、おい、って言いそうだけど、リサイタル/自分の作品であれば問題なし。なんか意味あるのかなとおもったけど、特になさそう。ただ形としては女性の乗馬衣装アマソナ的デザインなので、伝統を新しく捉える、ってことなのかもしれない。わかんないけど。


そういえば彼女の踊りも伝統的な形やパソも出てくるんだけど、その組み合わせかたにオリジナリティがあるので新しい形に見える。

ギターがなんかちょっと違和感あったので終演後、観にきていたギタリスト、フアン・カンパージョに聞いたところ通常の調でなく、サンブラ的な調で演奏されていたとのこと。なるほど〜。

そう、ファルーカはサンブラを経て、タンゴへ。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol
 
 トナからの

最後はシギリージャ。伸びやかで品格のあるシギリージャ。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol

彼女の踊りは、動きの一つ一つにセンティードがあると感じる。体操と舞踊の違いはそこだと思うのだけど、体操的になっちゃう踊り手も特に若い人には多い気がする。心をこめる、というか、意味を持たせるというか、動きに必然性があるというか。漫然とではなく、意識して動くというか。

止まって上を見る、何かを探しているような、遠くを見つめているような。その眼差しにノックアウトされた。

最初と同じように客席中央の通路を歩いて去って行き、おしまい。ぎゅっと凝縮された感じ。

フラメンコは、別にドラマやコンセプトやあらすじやそんなものを付け足す必要はなくて、踊り一曲だけで、全てを表現できちゃうんだなあ、と。物語は踊り手自身の中に、もしくは観客ひとりひとりの中にあって、フラメンコはそれを目覚めさせる、という気がする。


いつもいつもカハソル劇場公演の後は一人で大好きなバルに寄ってから帰るんだけど、昨日はつい遅くまでみんなと飲んじゃったよ。






2026年6月6日土曜日

クリスティーナ・ヘーレン財団『フラメンコ・エス・ビダ』

 クリスティーナ・ヘーレン財団フラメンコ芸術学校が今年で創立30周年を迎えるということで、クリスティーナがが学校創立前に企画構成し上演された作品『フラメンコ・エス・ビダ』を再演。といっても当時の出演者たちではなく、この30年間に学校で学びプロとなった歌い手、踊り手、ギタリストたちが出演し、構成はなぞるものの振り付けも新しくして、という趣向。


幕が開けるとフラグア、鍛冶屋のセットで、金床をハンマーで叩いてとるリズムで歌うマルティネーテを二人の歌い手が歌い、ダビ・バルガスも入って踊る。

次の場面は居酒屋。カウンターの向こうにラウル・カンティサノ。ウエイトレスがいて、テーブルが二つ。ギターソロ、ランプのついたヘルメットを持ってやってきた男が歌うタランタ、タラントをウエイトレスがちょっと踊り、ソレア・ポル・ブレリアやセラーナなど。

舞台前面上手にでたラウルが立ってソロを弾き(その間に舞台転換)、下手に置かれた街灯の下のベンチで歌われたマラゲーニャがこの日一番良かったかも。ラウルの伴奏はもう少し音少ない方が好みだけど。マヌエル・デ・ヒネスだったそう。その後、ソレアの踊りがあって、最後は箱が詰まれた埠頭、港で、アレグリアスが始まる。そこで踊ったチョロが良かった。そこへ、南米からの船が着き、白づくめの衣装で葉巻を手にしたヘスス・コルバチョを見て思い出した。これ初演ではカリスト・サンチェスじゃなかったっけ?1994年のビエナルで、にやけた感じで登場したのを思い出す。ヘススの歌でルイサ・パリシオがバタ・デ・コーラにアバニコでグアヒーラ。バタ捌きの見事さ。体づかい。細部もいい。

チョロとルイサ。この二人と後の4人(カルメン・ヤング、ルシア・ラ・ブロンセ、アラセリ・ムニョス、ダビ・バルガス)の差は大きい。キャリアの差だけじゃない気がする。格の違い。この4人も、歌い手たちもみんななんでも歌えて踊り伴唱できるし、ギタリストもそう。プロである。でもプロの中でも、看板背負える人というか、名前が出る人というのは違うのでございます。財団からは多くのプロが巣立っていった。たくさんのアルティスタたちがスペインのタブラオなどで活躍している。その中には自分の名前で勝負できるアルティスタたちもいるけれど、そこまで上がっていくのはほんの一握りなのだな、と改めて感じたことでした。

作品の構成、小芝居あったり、とかはやっぱり30年前の作品だなあ、という感じ。みんな真面目に芝居してたのは偉い。歌は、初演のホセ・デ・ラ・トマサやカリスト・サンチェスだったら、違ったかな、もっと聴ける感じだったかな、とか思ってしまったのは、カンテソロ、マラゲーニャ以外はなんというか、ちゃんと歌っているんだけど、味がないというか、カンテソロで聴きたいほどの歌い手ではなかったというか。厳しい言い方だけど。リズム音程かたちが合っているからいい、ってもんじゃないでしょ、歌は。踊りもそう。オレな瞬間があるのはルイサとチョロだけ。フラメンコは難しいね。

アンコールで舞台に上がったクリスティーナが幸せそうだったのは本当に良かった。




2026年5月28日木曜日

ウーゴ・アギラールen トーレス・マカレーナ

いやあ、良かった。うん、とても良かった。

今年の2月、ヘレスのフェスティバルでスペイン国立バレエ団の兄ディエゴと素晴らしい公演を見せてくれたウーゴがソロで踊るというので、セントラル劇場ではコルドバのコンクール優勝者公演、カハソル劇場ではホセ・バレンシアが公演しているけれど、あえてやってきたペーニャ。客席にいつもの顔ぶれが少ないのは公演が重なっているせいかも。

最初はヘスス・ロドリゲスのギターソロ。グアヒーラというのは珍しい。


カンテ・ソロはリカルド・アンギータ。若いがすでにタブラオなどで活躍しているよう。マラゲーニャ一つ歌って後はアバンドラオ。流行りなのだろうけど、個人的にはマラゲーニャはマラゲーニャで聴きたい。



舞踊はソレア・ポル・ブレリア。


緩急の間合いがいい。開店の後の頭の処理とか、パトリシア・ゲレーロぽいかも。細かい足とかもあるのだけど足だけ追い込んでいくとかではなく、巧みな回転やマルカへなどとうまく組み合わせてる。エレガントで男性的。かっこいい。


休憩を挟んで二部のオープニングはヘスス・フローレスのアレグリアス/カンティーニャス。


そして踊りはタラント。楽屋から舞台へと歩いていく姿がすでにタラント。ドラマチックでさえある。インテルプレタール、演じる、という言葉があるが、すでに彼はタラントの中に入り込みドラマは、踊りは始まっている。芝居じみたことをする必要はないのだけど、曲の中に入り込み、曲の持つキャラクターを踊るというのは重要だと思うのですよ。それができてる。先週のノエリア・ルイスもそうだけど、こういうフラメンコを私は観たいのであります。



歌に足入れるの好きじゃないんだけどなあ、と思いつつ、でもこれならいい、って思うのはなぜでしょうね。それすら気にならないくらい、いいってことなんだろうな。細かいことが気になるってことはその踊りに魅了されてないってことでもあるわけで。



昔ながらの衣装も文句のつけようがなく、とにかく満喫させていただきました。


2003年バジャドリード生まれの23歳。アンダルシア舞踊団在籍。今後、どんな展開を見せていってくれるのか楽しみな若手であります。

フィン・デ・フィエスタにも若手たちが多数舞台に上がってます。フアン・トマス・デ・ラ・モリアもいるよ。うん、フラメンコ舞踊の未来は安泰。






2026年5月25日月曜日

ラファエラ・カラスコ『ウモ』

ウモとは煙のこと。タバコ工場で働く女工たちを描いたラファエラの新作は今年、マドリードで初演されたばかり。

オペラやバレエで世界に知られる『カルメン』はセビージャのタバコ工場の女工だったという。男を破滅させる奔放な女賭して描かれたカルメン。実際の女工たちは、男尊女卑の時代に、治安警察に見張られながらも、待遇改善を求めてストをしたり、職場に託児所を作ったり、という女性労働者の草分け、先駆者。想像上の人物であるカルメンと、実際に工場で働いていた女たち。ビゼーの音楽を換骨奪胎し、元の音楽がわかるけれど微妙に違うメロディになっていたり、後半で闘牛のイメージを踊ったりなど『カルメン』的なものもあるのだけれど、胸が熱くなるのは、女たち、ラファエラと6人のダンサーたち、カンタオーラ、ヘマ・カバジェーロとクラシック歌手たちが一緒に手を動かしながら歌う場面。これはスペイン、カスティージャ地方に伝わる、手や机を叩いてリズムを取りながら歌われるパネデーラス、女パン職人たち、と呼ばれるものをアレンジしたもの(だと思う)や、


©︎ Guillermo Mendo/Teatro de la Maestranza

最後の最後、ヘレスのクリスマスソング『ロマンセ・デ・レレン、レレン』のメロディで全員で歌うところ。シスターフッドというか、女性たちの連帯が伝わってくる場面だと思う。

ラファエラの高い美意識と、長年彼女の作品の照明を担当するグロリア・モンテシノの腕前で、とにかく全ての場面が美しく、雰囲気がある。床の模様、天井の高い建物というのがわかる大きな格子窓、

©︎ Guillermo Mendo/Teatro de la Maestranza

女工たちが愛用したというマントン、

©︎ Guillermo Mendo/Teatro de la Maestranza



葉巻…

©︎ Guillermo Mendo/Teatro de la Maestranza

といったタバコ工場ゆかりのイメージはそこかしこにあるし、音楽でもビゼーの曲だけでなく、タバコの産地キューバゆかりのグアヒーラが歌われるなども。フラメンコ、クラシック、民謡、機会音のようなものなど音楽も入り組んでいれば、踊りもコンテンポラリー的な要素もあれば、純フラメンコ的なものもあるという複雑な構造で、いろんな要素があるので全部をちゃんと理解していたかというと自信がない。『カルメン』のような明確な物語があるわけではないというのもあるだろう。ラファエラが椅子の上に立って、女工たちに関する当時の新聞記事をメガフォンで読み上げるシーンとか、カルメンのイメージでの闘牛のところとか、わかりやすい部分もあるのだけれど。彼女の他の作品に比べてもそれぞれの場面の意味など考え出すとわからなくなる。いや考えずに踊りを楽しめばいいだけなのかもしれないけれど。


©︎ Guillermo Mendo/Teatro de la Maestranza


6月10日からarte.tvで観ることができるようなので観て確認するつもり。

あとタバコ女工を語る上では避けて通れなかったのかもしれないけれど、カルメンは音楽もその要素も全て無視でも良かったようにも思ったりしたことでした。

とにかく美しい作品なのでWEB公開されたらまたお知らせしますね。



2026年5月24日日曜日

アンダルシア・フラメンコ『バイランド・アル・カンテ』

 アンダルシア州のフラメンコ公演シリーズ。金曜にエバ・ジェルバブエナで開幕。そして土曜はピニョーナ、ペペ・トーレス、アデラ・カンパージョ、ラファエル・カンパージョと4人の踊り手が出演する、ガラ的な作品。ピニョーナ以外の3人は作品作りが得意とは言えないけ実力派。90年代以降、自分で作品を作らないとフェスティバルなどへの出演の機会がない、という傾向が顕著になっていて、踊りはすごいんだけど作品作りに意欲的ではない踊り手達が影に隠れがちになるという状況が続いている今、そんな踊り手たちを集めて一つの作品にまとめる、というのは意義があることだと思います。

幕が上がると後ろ姿の4人の踊り手と3人の歌い手がそれぞれに上からの照明があたり、歌に合わせて、踊り手が順番に前を向き向き、一人づつ踊り継いで行く、という、かっこいいオープニングと、最後、全員が半円に座ってフィエスタのように踊るブレリア以外は、それぞれのソロというガラ公演的な構成なのですが、トップバッターのアデラは下手、ラファエルは上手、ピニョーナは舞台全体を大きく使い、ぺぺは真ん中と、踊る位置、歌い手の位置も変わり、また、曲から曲へのつながりもスムーズで“作品”の形がちゃんとできているという感じ。また舞踊を支える歌い手3人、ペチュギータ、マヌエル・デ・ラ・ネナ、イスマエル・デ・ラ・ロサも若手ながら実力派。ギターはヘスス・ロドリゲスとホセリート・ペレス。

アデラのソレア・ポル・ブレリアはセビージャ的。マティルデ・コラルの女性らしい優雅さではなくホセ・ガルバン系というか、もっと雄々しいというか、仄暗く、どうだ!っていう強さがある。ラファエルのティエントは抜きが絶品。タンゴではトリアーナ感満杯のマノロ・マリン系。ピニョーナはタラントを舞台いっぱいに踊る。タブラオが主な舞台である3人よりも劇場公演が得意なのだろう。ぺぺはソレア。彼の踊りにも、ラファエル・エル・ネグロのようなセビージャのヒターノたちの舞踊の系譜が感じられる。それぞれ個性が違うから見飽きない。

最後のブレリアで、踊り始めたアデラにラファエルが加わり、ラファエル一人のところにぺぺが加わるというブレリアも良き。最初の二人のソロの繋ぎのところもそうだけど、この兄妹の絡み、すごくいい。またラファエルとぺぺ、二人で踊るのはグイトとマリオを彷彿とさせてこれもかっこいい。



終演後、劇場のバルでは誰がいいとか好きとか話も弾んだのでありました。

またヘレスのフェスティバルとかでやってくれないかな。でもギターはフアン・カンパージョがいいな。(この日は他の仕事だったらしい)


2026年5月22日金曜日

マヌエラ・カラスコ『マヌエラ』

カハソル財団のフエベス・フラメンコス、今季のトップバッターはマヌエラ・カラスコ。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol



言わずともがなの女神マヌエラ様カラスコ様。マヌエラエラはムーチャ・マヌエラ。そこにいるだけでフラメンコ。我々下々の民はその足元にひれ伏すしかない。

何故かエンリケ・エストレメーニョが不在で、歌はマヌエル・タニェとフアン・フアネロだったんだけど、夫ホアキン・アマドールを亡くして以来、ペドロ・シエラのギターでの伴奏でも彼女は彼女であり続けるように、彼女の舞台に不可欠な存在であるエンリケがいなくとも、彼女のアルテには一点の曇りもない。

そりゃ、より年並み、往年よりは背筋が落ちてるかもとか、思う瞬間がないではないのだけど、それを補ってあまりあるエネルギー、パワー、存在感、カリスマ、アルテで、観ているこちらもパワーアップされるのだ。

オープニングはハレオ。マントンも衣装も豪華で(頭の花はもう少し控えめでもいいようにも思うけど)、ただそこにいるだけでも豪華な存在であるマヌエラがより際立つ。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol


セビージャの若手、ペテーテとミゲル・エル・ルビオが、かつてのイスラエルとラファエル・カンパージョ、マヌエル・ベタンソスとアンヘル・アティエンサのようにマヌエラに従者のように脇にひかえ、求めに応じリズムを支える。

タニェのマラゲーニャ(任に合わない気が)に続きペテーテのソレア・ポル・ブレリア。やる気満々。
©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol



フアンのティエントに続きルビオのアレグリアス.これがよかった。詰め込みすぎず、いい間合いをとってバシッと決める。緩急の呼吸はフラメンコに必須。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol


そして最後はこれ以外にはないよね、マヌエラのソレア。フレコが体を斜めに横切るようにつけられた真紅の衣装。凝った照明や装置も何もいらない。彼女自身がアルテそのもだからそれだけで極上の空間となり、最高のフラメンコ。





なんかもう偉大すぎて言葉もない。67歳。引退って話もありましたが、気が向いた時だけでいいので舞台お願いします。マヌエラのフラメンコ、ずっとみていたい。


2026年5月14日木曜日

サロメ・ラミレスen トーレス・マカレーナ

 Impecable って言うスペイン語の言葉がある。辞書をひくと、「欠点のない、完璧な、」とある。文句のつけようのない、ってことですね。昨日のサロメがそうだった。

豪華なマントン、華やかなピンクのバタ・デ・コーラは花のようなフリルで裏打ちされ、下りお団子にまとめた髪に小さめのこれもピンクの花が綺麗につけられている。まさにまさにインペカブレ、非の打ちどころの無い、完璧なフラメンカ。バタもひっくり返ったまんまになったりすることなく、優雅に舞い、手に取る時もかがまず蹴って手に取り、小さな舞台でもしっかりコントロールして最前列の観客を煩わせることがない。マントンも余裕を持って扱い、きちんとしている。伝統的な構成で、全てがきちんとしている正統派フラメンコ。歌のミゲル・アンヘル・エレディアとの相性も抜群。ヘレスの時より何倍も良かった。


フラメンコ舞踊に何を求めるか、どこを評価するかというのは人それぞれだと思うけど、私の場合オレ!が出るのは、コンパスの掴み方放し方などの間合い、呼吸にしびれるというのはあるんだけど、見た目の美しさというのもすごく重要視していて、姿勢、動きやかたちの美しさはもちろん、衣装やアクセサリー、小物などのあしらいが美しいとそれだけでもオレ!なのであります。

公演はアルバロ・モーラのギターソロのタランタに始まり、ジョナタン・レジェスのカンテソロでグアヒーラ。カンテソロでのグアヒーラは珍しい。彼の声や歌い方はこの曲種のもつゆったりした感じとはあまり合っていないような?

そしてこのアレグリアスでありました。休憩を挟んだ後半はミゲルのソロでタンゴからのコプラ。


そしてソレア。黒い衣装。飾りと言えるのはジャケットの黒いスパンコール(?)での飾りと、髪につけた臙脂の花だけ。シリアスな曲にふさわしい装い。ソレアらしい重み。ブレリアでのミゲルとの絡みも同じヘレスで昔から知っている仲だからこそ、かも。


フィン・デ・フィエスタも、ダビ・ロメロ、マリア・カラスコ、チョロ、瀬戸口琴葉という豪華な顔ぶれでした。


明日、15日はその瀬戸口と日本からの正木清香、三枝麻衣という日本人組がガジとラビの歌、クーロ・バルガスのギターで共演。楽しみです。


2026年5月11日月曜日

ホセ・アンヘル・カルモナen トーレス・マカレーナ

 ペーニャには舞踊公演に行くことが多いのですが久しぶりに歌の公演。

ホセ・アンヘル・カルモナ。

セビージャ近郊ロス・パラシオスの出身で、主に舞踊伴唱で活躍していたが一時舞台から遠ざかっていたのを、ロシオ・モリーナ公演等で共演していたオルーコが、今年のヘレスでの公演で復帰させたそうで、そのオルーコがコンパスで参加、伴奏はフアン・レケーナ。

プレゴンを歌いながら登場し、ソレア・ポル・ブレリア。ギターと二人でタランタ、



からの、マラゲーニャ(と言ってたけど、ファンダンゴぽいやつ)。 そしてブレリア。

声良し、音程良し、コンパスも良し、で踊り出したくなるようなソニケテを満喫。


上着を脱いでの二部はソレア、シギリージャ、ファンダンゴ、そしてブレリア、だったかな。実はよく覚えてない。なんかアレグリぽいのも歌っているんだが。




引き込まれるような魅力を持っているのは確か。聴いていて嬉しくなっちゃう感じとか、久しぶりかも。(だから写真がめっちゃ少ない)。歌詞も伝統的なよく歌われるものではなく、私は初めて聞くようなものが多く(歌詞についてはエクスポフラメンコでキコ・バジェが詳しく書いていて勉強になります)、それも面白い。勉強している、本物のアフィシオナードなんだな、と感嘆。

なんだけど、どこか何か引っ掛かる感じがあったのはなんでだろう。もう一度聴くとわかるかな。観客に聞かせるということをあまり意識せずに歌っているような感じというか、観客とコミュニケーションをとろうとはあまりしてない感じ、というか。うーん。でも神様の杖が触れた人であることには間違いない。本物の才能。

ちなみにお父さんも歌い手で、フアニート・ディスティンギードって言うんだけど顔はあんまり似ていない。でもほほのあたりにちょっと面影ある?って思って友達に声かけてもみんなお父さんのことを知らなくて、あ、これって世代かも、って年配の人と話して同意してもらうという。。。今ネットで見たらやっぱあまり似てないけど、声の貼り方とか声質とかは似てる。

2026年5月9日土曜日

 フランシスコ・イダルゴenトーレス・マカレーナ

 カディス県アルゴドナレス出身のフランシスコ・イダルゴ、2024年のヘレスのフェスティバルで、コンテンポラリーダンス寄りのフラメンコ作品『モスカ・イ・ディアマンテ』を上演し、作品の完成度と個性で私たちを驚嘆させたバイラオール。その彼がセビージャで踊るのは10年ぶりだという、それもその最後のセビージャでの公演はこのペーニャだったという。

フアン・アントニオ・ゴメスのギターソロで始まり


一曲目はアレグリアス。ホセ・アニージョ、トリニ・デ・イスラと、オール・カディスだから音楽もよく、スッと登場したフランシスコも伝統的な感じで踊っていく。のだけど、流れは伝統的なのだけど、身体の使い方、腕や手の形が独特。彼独自の言語でフラメンコを語っている、という感じ。写真で見るとどこか違和感を感じるかもなのだけど、流れは伝統的だしm、リズムとの絡みもいいし、で魅了される。


アレグリアスからマラゲーニャへと移り、そこからロンデーニャへ。歌を踊っているのだけど、それはカンテが持つ形と熱を描くような踊り方で、セビージャの歌の踊り方とは違う。もっと抽象的というか、擬人化した音楽そのものになっているというか。いや、面白い。

休憩を挟んでの第二部はカンテソロでファンダンゴがあってからのソレア。


他の誰にも似ていない、彼独自の言葉で踊るフラメンコ。取ってつけたようなコンテンポラリーぽい動きとかではなく、フラメンコもコンテンポラリー的なテクニックも、すべて彼の血肉になっているからこそ踊ることができるフラメンコ。

好き嫌いはあるかもしれないけど、一見の価値あり。フラメンコの表現の多様性、可能性を改めt感じさせてくれるアーティストであります。

終演後、聴いたら、やっぱりちゃんとバルセロナやマドリーできちんとコンテを習っているのであった。なるほどね。付け焼き刃かそうじゃないかってやっぱわかるってことだよね。

この日はなぜか空いていたんだけど、うん、なんでみんな来なかったんだろう。おすすめなんだけどなあ。