2018年9月18日火曜日

メルセデス・ルイス「タウロマヒア」

23時からセントラル劇場でメルセデス・ルイス「タウロマヒア」スペイン初演。

ギタリスト、マノロ・サンルーカルが、闘牛を描いた不朽の名作アルバム「タウロマヒア」を、マノロの第2ギタリストを務めたこともあるサンティアゴ・ララが生演奏、その妻メルセデス・ルイスが振り付け、踊った。

Bienal Oscar Romero
懐かしい曲の数々をきちんと再現するサンティの凄さ。
オリジナルではインディオ・ヒターノ、ホセ・メルセ、マカニータ、ディエゴ・カラスコが歌っていたのを一人で歌いきったダビ・ラゴスの素晴らしさ。これは特筆もの。

カンパニーは彼女の他、アリカンテ出身でラファエル・アマルゴやヌエボ・バレエ・エスパニョールなどで活躍したアナ・アグラスの他、群舞に三人。
振付はシンプルだが、鏡を向いて同じ振り、というクラスレッスンのようにならないようにフォーメーションなど工夫はしているし、マントンやアバニコ、帽子など小物を使って変化を持たせようとしている。

Bienal Oscar Romero

 多分メルセデスは闘牛士でアナが牛なのだろう。だろう、というのは、衣装の色とかで統一していないからちょっとわからなくなっちゃう。具体的に闘牛の様子を再現しているわけでもないし。イメージだけでわかりにくいかも。

Bienal Oscar Romero

タウロマヒアの曲だけだと1時間もかからないということで、パーカッションのソロを入れたり。
そのうちの一つ、シギリージャはメルセデスのソロで圧巻。
ただペシャントしたバタはちょっと冴えない。
努力はわかる。でも全体の印象はちょっと弱い。人数が少ないから? 振付家としての限界? 



会場にはマノロ・サンルーカル夫妻も顔を見せていた。



ロペ・デ・ベガ劇場ではマノロ・フランコとニーニョ・デ・プーラの「コンパドレ」
Bienal Oscar Romero



2018年9月17日月曜日

アンドレス・マリン「ドン・キホーテ」、マリア・テレモート

Bienal Óscar Romero
不可解な不可解なを通り越して不快ですらある公演でございました、私には。

1時間半ただただ退屈。
アンドレスのすごい音感のサパテアードも
パトリシア・ゲレーロのめっちゃフラメンカな身のこなしも輝くことなく、とってつけたような“現代”の中に埋もれてしまう。

“現代”は、電動一輪車やスケートボード、変化する映像。
舞台下手にはスケートボード場にあるようなハーフチューブ。その上に画面。
下手にはさらに大きな画面広告板。その下にテント。

フラメンコにストリートカルチャーを組み合わせてドンキホーテってタイトルにすれば売れんじゃね?、的な。

サッカーのスパイクでサパテアードしたり、ボクシングのグローブはめたり、フェンシングの剣を持って踊ったり、アイデアは満載。
でもそれって長々繰り広げるようなもの? 
どこへ向かっているんだ? 
全裸になる必要はあったの?
ドンキホーテが夢を追う人のイメージで使われているなら髭も兜もいらないのでは?

ドラムスとチェロらによる音楽が唯一の救いかも。
トレメンディータは熱唱するも口跡のせいか、よく聞き取れない。
だから、レトラが画面に映されるのは助かる。

客席に出て行ったり、客席にサッカーボール蹴り込んだりも、
客いじりのテクニックにしか見えない。

好きな人は好きなのかも。
でも私には苦痛でしかありませんでした。

だいたい姿勢が悪すぎる。
今回は上半身裸になることが多く、それで余計目立つのかなあ、肩を引いて首を前に出す、鳥のような姿勢。体の芯はどこにあるんだ?
フラメンコ的に美しくない。

でも、結構みんな好きだったみたいで、その理由が知りたい。
それぞれの好みだと思うんだけど、聞いてみると、ああ、そうかな、と思うことがあるかもしれないし。



12時からはアラメーダでマリア・テレモート。
新譜発表を兼ねてのコンサート。
新譜だから、か、カンシオンぽい曲もいくつか。
Bienal Óscar Romero
あの声! そして音程の良さ。
全身で伝えようという心意気。
舞台での存在感。
これに細部の表現が加わったら凄いに違いない。
まだ若いのでこれからに期待。
Bienal Óscar Romero



2018年9月16日日曜日

サルバドール・タボラ「ケヒオ」

ロペ・デ・ベガ劇場でのサルバドール・タボラ「ケヒオ」
タボラはセビージャで長年、劇団を主宰する演出家。
歌い手として活動後、劇団に参加。1972年に発表した処女作がこの「ケヒオ」だ。

1972年はまだスペインでフランコ独裁政権が健在。
多くの人々は貧しく苦しい生活を強いられていた。
そんな社会を告発批判する作品がこの「ケヒオ」なのだ。

幕は開いている。真ん中にドラム缶、椅子とギター。
客席真ん中の通路を進んでくる男たちと一人の女
舞台の下にうずくまると場内は真っ暗に
やがてオイルランプを手に一人の男が舞台へと上がっていく。鎖を引きずる音。
もう一人の男はマルティネーテを歌う。

フラメンコの歌がセリフ代わり。
抑圧された民衆の叫び、ため息。

歌なしギターだけで踊ったタラントも最後には歌がつく。
腕をロープに繋がれて、自由を奪われつつもがくように歌う。

Bienal Óscar Romero
ブレリア、アルボレア。
移民せねばならず故郷を捨て、舞台を降りて客席をいく歌い手。
Bienal Óscar Romero
 シギリージャ、ペテネラ
Bienal Óscar Romero
 1時間少々の短い時間にぎゅっと凝縮された虐げられた民衆の叫び。
最後は3人で力を合わせ、人々をつないでいたドラム缶を動かすのに成功する、
と、今となっては時代遅れに見えてしまうプロレタリア演劇的なフラメンコ芝居。
フラメンコオペラと言ってもいいかも?
でも発表された時代を考えるとすごいし、時代を先取りしていたのだろう。
演者は、知らない歌い手ばかりだったが、それがまた民衆演劇的。
女性がずっと座っていて、水瓶を渡すだけ、手を握るだけ、というのも時代だなあ。

でも歴史的な作品を初めて見ることができて嬉しゅうございます。

エスパシオ・トゥリナではペドロ・マリア・ペーニャのリサイタルでした。
Bienal Óscar Romero
20時頃から大雨が降って、このビエナルで楽しみにしていた公演の一つ、オテル・トリアーナでのトリアーナの面々の舞台が中止になって残念至極。

2018年9月15日土曜日

アルフレド・ラゴス「ソナンタクルブ」

Bienal Óscar Romero

最初の音が出た瞬間にぐっと魂を捕まえられる感じ。音が違う。音自体に存在感がある。
グラナイーナ。粒だったトレモロが美しい。

主役なのに上手の、一番はしに座っている。
隣にはアコースティックやエレキギターを弾くホセ・アセロ、ウッドとエレキ、2台のベースを弾くアントニオ・コラーレス、ドラムスとカホンのギジェルモ・マッギル。
Bienal Óscar Romero
「ソナンタ・クルブ」というタイトルは、ジャズ・クラブやフラメンコバー、ライブ演奏のある店でのセッションのイメージでのコンサートという気持ちの表れ。そう言った場所で出会ったミュージシャンたちが自由に、インプロで演奏する中で生まれてくる何か。
雰囲気としては、マドリードのジャズクラブ、カフェ・セントラルの雰囲気。でもじゃあ、ジャズかというと、そうではない。フラメンコでもジャズでもフュージョンでもなく、ジャンルに囚われることなく自分の知識と好みで音を遊ぶ、そんな感じのコンサートなのだ。
エンリケ・モレンテ「オメガ」の曲やミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の「マイ・フェイバリット・シングス」、バッハが顔を出す。音楽の垣根を越えてその先へ向かう。

フラメンコは自由なアートだけど、それぞれの曲種の決まりという制約の中の自由でもある。その制約を取り去って、フラメンコのテクニックやメロディ、調性などを使って、より自由に、表現するとどうなるか、という試みのようにも見える。

パコのジャズミュージシャンたちとの共演や、パコのシルヤブやカンシオン・デル・アモールなど、フラメンコの曲形式に縛られていない、でも、フラメンコな曲をも思い出す。

ボレロはビセンテもやっていたなあ。
フラメンコの縛りから解き放たれて自由に羽ばたくことも必要なのかも。
新しいフラメンコの可能性も見せてくれたようにも思う。

地味に見える人なのだけど、実はすごい名手。
音の強弱、間合い、静寂の使い方。
イスラエル・ガルバンなど伴奏に引っ張りだこなのもうなずける。
ソロもオススメです。
Bienal Óscar Romero

ロペ・デ・ベガ劇場ではグラナイーノのリサイタル。こちらも良かったそうだ。
でも二つ行くのは時間的にも肉体的にもきついのでパス。

Bienal Óscar Romero
突然の雷雨でオテル・トリアーナの公演は中止。
トリアーナの公演が中止になるのは数年前のファミリア・フェルナンデスの時以来。
9月のセビージャは雨なんか降らなかったんだけどね、やっぱ世界的に天候が変わっているのかも。




2018年9月14日金曜日

パコ・ハラーナ「フラメンコリオ」、「フラメンコス・デ・ラ・タシータ」

なんともあったかく、熱いリサイタルだった。
エスパシオ・トゥリーナで行われたパコ・ハラーナの「フラメンコリオ」
劇場を埋めた観客の半分くらいがアルティスタや関係者だったのではないだろうか。
アントニオ・カナーレス、ホセ・バレンシア、ラファエル・エステベス、メルセデス・デ・コルドバ、フアン・カンパージョ、
いつもは妻エバ・ジェルバブエナをバックで支えている彼が今日は主役。
数日前、アルカサルで会った時、行くよと言ったら、来るな、と言われた(笑)くらいに
プレッシャーは大きかったのだろう。

ソレア。そしてエバの作品「エバ」のイントロ、「5ムヘーレス5」など、懐かしい曲が演奏される。曲を聴くと場面がよみがえる。
踊りに従うのではなく、踊りが音楽に従う、という感じもあるよね。

Bienal Óscar Romero
アントニオ・コロネルのドラムスとラファエル・エレディアのパーカッションが入ってどんどん曲が生き生きとしてくる。
Bienal Óscar Romero
 前回の日本公演でも上演された「アパリエンシアス」を経て、最後はパコ・デ・ルシアとチック・コリアの共演曲「イエローニンバス」
難曲を見事にこなす。
Bienal Óscar Romero
 踊りのために作られた曲だから、ソロとして聴くと、音が詰め込みすぎだったり、構成的にちょっと物足りないところもあるが、舞踊伴奏ギタリストは、ソロのギタリストよりも場数を踏んでいるだけ引き出しが多いのかも。

ロペ・デ・ベガでのホアキン・グリロはヘレスで見たのでパスして
Bienal Óscar Romero
オテル・トリアーナでの「フラメンコ・デ・ラ・タシータ」
カディスのアルティスタたちの競演。
全員でのカディスのブレリアで始まり、客席から現れたロサリオ・トレドの「グアパ・デ・カディス」

Bienal Óscar Romero
 ホセ・アニージョのマラゲーニャ、
アナ・サラサールが歌って踊るブレリアス。
マリア・モレーノのムイ・フラメンカなカナステーラ。

Bienal Óscar Romero
エドゥ・ゲレーロの、超テクシギリージャ。
Bienal Óscar Romero

ゲストのフアン・ビジャールの熱唱はニーニョ・ヘロの伴奏で。

フンコのティエントス、と、それぞれのソロは、それぞれの魅力、個性で見せたが、最初の一体感が凄かっただけに、ちょっとテンション下がったかも。その中ではマリアが私的に一番良かったかも。

これだけのメンバーが顔揃えただけでもすごいけど、せっかく一緒なんだからもっといろいろみんなで合わせてやってくれたらもっと良かったかと思ったことでありました。



2018年9月13日木曜日

カルメン・リナーレス「ロマンセス・エントレ・オリエンテ・イ・オクシデンテ」、レブリーハ「ルナ・ヌエバ」


Bienal Oscar Romero
アルカサル三日目、最終日はカルメン・リナーレスの「東と西の間のロマンセ」
いやね、カルメンがメインだと思っていたんですよ。
でも蓋を開けてみれば古楽の楽団アカデミア・ピアチェレを率いるビオラ・ダ・ガンバのファミ・アルカイが中心で、なーんとも眠たいコンサートでございました。
今年のアルカサルは個人的に全滅。

クラシックのソプラノ歌手、ブリュッセル生まれのチュニジア人歌手でダンサーで女優問う人、そしてカルメンと、3人の女性歌手が競演。
Bienal Oscar Romero

Bienal Oscar Romero

最初にちょこっとロマンセがあって、ダニ・デ・モロンのギターで始まるシギリージャやダニのギターソロのファルーカ、最後の方のティエントくらいだけしかフラメンコはない。ソプラノもそれほど上手でもなく、アラブ歌手も、先日セビージャで見たモロッコ人歌手の方がずっとうまいよなあ、という感じ。なので退屈になって眠くなってしまったようだ。古楽の知識があったらもっと楽しめたのかなあ。

で、終演後駆け足でオテル・トリアーナへ。
Bienal Oscar Romero
集合住宅の中庭の特設舞台はビエナル恒例。
イネス・バカンとレブリーハの面々。
舞台にずらっと並んだところはなかなか壮観。

Bienal Oscar Romero
レブリーハのコンパスはどっしりしている。
同じブレリアでもセビージャやヘレスみたいなエネルギッシュな感じや緊張感がなく、ゆったりと回している感じ。くつろいだ感じ。
舞台の上でもすごくナチュラルな、構えたところがない感じなのだ。
大きな舞台の上にはあまり上がらない、セミプロが多いのだとも思うのだが、気負ったところもなく、自然にゆったりとしたコンパスに身を委ねている、という感じ。
田舎のフィエスタに居合わせたような感じなのだ。

御大、イネス・バカンのシギリージャが秀逸。

なんかやっと、普通のフラメンコを見ることができた、という感じ。

日本でもおなじみのハビエル・エレディアもそんなコンパスの中でゆったり優雅に踊ったのでありました。
Bienal Oscar Romero








2018年9月12日水曜日

ホセ・バレンシア「バシャベル」

アルカサールでの公演はホセ・バレンシア。
「バシャベル」とは集まりという意味のヒターノ語だそうで、異なる文化の集まり、という意味を込めてつけたのだそう。世界のヒターノ詩人の詩を歌う、という企画らしい。

フアン・レケーナのギターとパコ・ゴンサレスのパーカッションとドラムにパルマ二人、バイレにカリメ・アマジャというフラメンコ組に加え、弦楽四重奏とアコーデオン+ジプシー風?バイオリンという布陣。

Bienal Óscar Romero
ファルーカ、カンティーニャ、マラゲーニャ、ソレア・ポル・ブレリア…などに載せて歌っていくのだが、ジプシー風?バイオリンが下手くそ。四重奏楽団にはエバ・ジェルバブエナの『アイ』で弾いていた人がいるのだから下手なはずはないのだが、曲がまあ、メロドラマのバックミュージックのような陳腐さ。

Bienal Óscar Romero
 カーテンみたいな布地の衣装のカリメ・アマジャは勢いで突っ走り、花を飛ばすわ、髪は崩れるわ、コンパスは外すわ…
Bienal Óscar Romero
ビエナルのような大規模フェスティバルでは、企画が重要視されてプログラムされることが多いので、いろいろ考えてこうなったんだろうけど、数年前のビエナルでの、一人舞台が見事だっただけに残念な限り。



なんか今年のビエナル、低調な滑り出しですなあ。残念。

セントラル劇場ではオルガ・ペリセ。2年前のヘレスのフェスティバルで見たから今回はパスしたけど、好評だったような。
Bienal Óscar Romero
後記
新聞評が大絶賛でした。うーん。いや、ホセは悪くないんだけどね。作品としてはどうなんでしょう。でもその新聞評も弦楽などについては全く触れていないのが〜