ペーニャ、トーレス・マカレーナのニーニャ・デ・ロス・ペイネス週間に再び。
8時からはセビージャのビエナルの生みの親で長年監督も務めたsフラメンコ研究家で詩人ホセ・ルイス・オルティス・ヌエボによるニーニャ・デ・ロス・ペイネスについての講演。
昨年の続きとのことでしたが、最初に話した、今は高く評価されているけれど、生きている間になぜ、カンテ黄金の鍵が授与されなかったのか、彼女が女性で、ヒターナで、未婚の母で、10歳下の人と結婚して、自分の好きなように生きたから? という問いが印象に残りました。30年代の彼女の公演の話から、内戦の時、負けた側の公演に出演していたことからか戦後は恵まれなかったことなど、知らなかった話がたくさん。そのお話をギターで伴奏していたのはダビ・デ・アナ。ホセ、ルイスと同じアルチドーナ出身でコルドバ音楽学校在学中だけど、グラナダやマラガのタブラオなどでも活躍しているそう。お母さんが踊り手のアナ・パストラナ。台本のないお話の伴奏、って大変だと思うけど、ようございました。
休憩を挟んでアナ・モラーレス。
フランシスコ・ビヌエサのギターソロ、
エストレマドゥーラ出身のマヌエル・パハレスのカンテソロはカンティーニャ。
楽屋から歌いながら登場したロンドロも加わり、タラント。
抑制された中にさまざまな感情が見え隠れする。悲哀、嘆き、やりきれなさ、悔しさ、ささやかな喜び…伝統的なスタイルへの敬意。形の美しさ。細部まで気を使って、ニュアンスを出して。ギターの音に、歌に呼応する動き。踊り。
休憩を挟んで今度はロンドロのカンテソロはソレア。
そしてシギリージャ。
その前に聞いていたパストーラの話が私の頭のどこかに残っていたのだろう。私には女の苦しみと自由を求める闘い、昇華していくように見えた。途中でもろ肌ぬぎになったこともそう思わせたのかも。
彼女は自由。自由にフラメンコを踊る。でもその自由を勝ち取るためには想像できないようなたくさんの稽古、経験、知識があるわけで。それって人生と同じかもしれない、とか思ったり。
フラメンコは自由。
フィン・デ・フィエスタの様子載せときますね。短くても充実。先週すごい舞台見せてくれたパトリとアナは戦友みたいなものなのじゃないかな。ある境地まで辿り着いた人だけが共有できる思いみたいなものが二人の間にはありそう。そんな気がする。
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