アンダルシア国際大学での批評回顧セミナーの初日、1月18日、フラメンコがテーマの日に登壇してきました。
この30年を回顧ということだったので、私は、五輪開会式でのクリスティーナ・オヨス、世界的ブームになったホアキン・コルテス、シンプルになった女性の衣装(上の写真のスライドですね)やイスラエル・ガルバンの登場とその影響、SNSでの動き、などについてお話しさせていただきました。もう一人の、エル・パイス紙などに書いているガルシア・シモン氏は1922年のグラナダのコンクールの話やイスラエルの偉大さなどについて話しました。はい、現代フラメンコを語る上でイスラエルという存在は偉大。
翌日はアートをテーマに、
そして翌週、25日には、ペドロ・G・ロメロ、ディアリオ・デ・セビージャなどの批評家サラ・アルギホ、セビージャ大学教授アントニオ・モリーナ、文化プロデューサーのホアキン・バスケスらが登場。
フラメンコについて、批評について、などをテーマに話されました。フラメンコ界ではイスラエルのブレーンとして知られていますが、もともと美術家で現在、レイナ・ソフィア美術館で展覧会を行っているペドロGが近年フラメンコで起こっていることは現代アート全体に起こっていることと同じだけれど、フラメンコにはその特異性もあり、それが興味深い、という話がありました。
批評は、対象を熟読する/分析する/書く、ことだと先日読んだ、『批評の教室』にありましたが、フラメンコで言えばよく観る/分析する/書く、だとして、スペインのフラメンコ批評はその分析の部分が不足している批評が多いように思います。昔、高場将美さんが、スペインのメディアのインタビューに応えて「批評はアーティストのためにならなければならない」ということを仰っていたのですが、私もその意見に完全に同意し、たとえアーティストがこういうことを伝えたいと思ったようには伝わっていなかったとしても、違う視点からの意見を根拠とともに述べることで、アーティストのプラスになるようにあるべきだと私は考えますが、さて、実践できてるかな。
フラメンコ学の周辺ももっともっと研究すべきことはあり、そのあたり、少しでも取り組んでいきたいと思っています。
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