3月3日、ヘレスのフラメンコ研究家フアン・デ・ラ・プラタが亡くなった。83歳。
1958年にヘレスにカテドラ・デ・フラメンコロヒア、フラメンコ学会を立ち上げ、ヘレスのプレミオ・ナショナルを始めた功労者。ヘレスのフラメンコなどに関する著書も多い。
ヘレスのフェスティバルでも、ジャーナリストたちが投票する批評家賞を創設した。
足が悪く、杖をもっていつも劇場に来ていた彼の姿を数年前よりフェスティバルでもみかけることがなくなったが、別れは突然にやってきた。
冥福を祈ります。
今から27年前にヘレスに来たとき、 カテドラを訪ねました。アポなし突撃だったにも関わらずきちんとアテンドしてくださり、いろんな資料をみせて頂いたことを思い出します。
2015年3月3日火曜日
ヘレスのフェスティバル11日目カンパージョ兄弟「サングレ」
ラファエルとアデラ、フアンのカンパージョ兄弟はビエナルで初演した「サングレ」を上演。セビージャ、ロペ・デ・ベガ劇場よりもここビジャマルタ劇場はずっと間口が広いせいか、印象も少し違ってくるようだ。
構成はビエナルのときと同じ。稽古風景にはじまり、アデラが研鑽をつんだタブラオのフラメンコ、そしてラファエルが活躍した劇場のフラメンコとすすむ。
稽古風景で、フアンが指の練習の速いパッセージを弾くとそれにしっかりあわせてサパテアードを打つラファエル。それと競うような速いサパテアードをきかせるアデラ。
ラファエルが稽古風景のあと、ラジオからながれてくるトリアーナのタンゴでトリアーナのじいさまのような振りをいれて一人で踊るのも楽しいし、ロス・ガジョスをもしたタブラオでのアデラのアバニコでのカラコーレスも美しく楽しい。
ちなみにバタ・デ・コーラは今もロス・ガジョスに出演しているベゴニャ・アルセでカーニャをマントンで踊った。もう一人のウーゴ・サンチェスもロス・ガジョスのレギュラーだ。
客席から舞台にあがって踊るカルメン・レデスマとのかけあいも楽しい。カルメンの、ヒターナの婆様のような振りをアデラもするのだが、それすら美しくかえてしまう。
ラファエルはアレグリアス。ラファエル独特の、あの不良っぽさというか、女たらしみたいなミラーダ、まなざしは健在。
エル・ロンドロとヘスス・コルバチョによる無伴奏でのファンダンゴの共演のあとは二人でソレア。
シンプルな構成でタブラオ、フィエスタ、劇場、それぞれのフラメンコを描き、なおかつサングレ、血で結ばれた兄弟の真摯な踊りに対する姿勢をみせてくれた。
構成はビエナルのときと同じ。稽古風景にはじまり、アデラが研鑽をつんだタブラオのフラメンコ、そしてラファエルが活躍した劇場のフラメンコとすすむ。
稽古風景で、フアンが指の練習の速いパッセージを弾くとそれにしっかりあわせてサパテアードを打つラファエル。それと競うような速いサパテアードをきかせるアデラ。
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© Festival de Jerez/Javier Fergo |
ラファエルが稽古風景のあと、ラジオからながれてくるトリアーナのタンゴでトリアーナのじいさまのような振りをいれて一人で踊るのも楽しいし、ロス・ガジョスをもしたタブラオでのアデラのアバニコでのカラコーレスも美しく楽しい。
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© Festival de Jerez/Javier Fergo |
客席から舞台にあがって踊るカルメン・レデスマとのかけあいも楽しい。カルメンの、ヒターナの婆様のような振りをアデラもするのだが、それすら美しくかえてしまう。
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© Festival de Jerez/Javier Fergo |
カルメンとエンリケ・エル・エストレメーニョの存在は大きく、作品に重みを与えている。タブラオのあとのフィエスタのイメージなのかな。
タブラオで育ったアデラとは違い、ラファエルはアンダルシア舞踊団に始まり、劇場中心のキャリア。アンダルシア舞踊団時代にホセ・アントニオと踊った「ゴルペ・ダ・ラ・ビダ」を踊る。ビエナルではホセ・アントニオ本人が出演したが、ヘレスでは彼の舞踊団時代の同僚、ラウル・ゴメスが踊った。なんでも6年ぶりに踊ったのだそうだ。
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© Festival de Jerez/Javier Fergo |
そのブランクを感じさせない熱演で、師匠のもとから巣立って行く弟子という筋書きの振付けを巧みに踊った。
それに続くラファエルのファルーカ。
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© Festival de Jerez/Javier Fergo |
アントニオ・ガデスを敬愛する彼らしくきちんときれいな姿勢。ただ首が前にでがちなのはちょっと残念か。
続いてアデラのシギリージャ。交通事故で踊れなくなったことをイメージしたと記者会見で話していたこの曲。エンリケの歌で深みがます。
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© Festival de Jerez/Javier Fergo |
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2015年3月2日月曜日
ヘレスのフェスティバル10日目パコ・セペーロ
ヘレスのフェスティバルもいよいよ後半。1942年生まれのベテラン・ギタリスト、パコ・セペーロが登場。ハビエル・ラトーレの演出/振付けで、昨年発表されたオーケストラとの共演曲「ガデス組曲」の録音への振付けも組み入れておくるギターコンサート。
ファンダンゴに始まりタンギージョでは踊り手3人が登場し客席が沸く。
昔ながらのパコのギターは親指が強くフラメンコなファルセータと、対称的にもみえる叙情的なトレモロが特徴的。
ナナを歌うランカピーノの息子、ランカピーノ・チーコは音程が抜群で目が覚めるようだ。 アカペラでの熱唱はすばらしいの一言。
最後はブレリアで。華やかに幕を閉じた。
退屈になりがちなギターコンサートを工夫によってひとつの作品に仕上げた監督にも拍手。
ファンダンゴに始まりタンギージョでは踊り手3人が登場し客席が沸く。
昔ながらのパコのギターは親指が強くフラメンコなファルセータと、対称的にもみえる叙情的なトレモロが特徴的。
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© Festival de Jerez/Javier Fergo |
オーケストラとの曲は録音で、ホリゾントをバックに踊り手がソロで踊る。ラトーレらしい回転を多用した振り付け。
ヒットメーカーでもあるパコだからどこかできいたようななつかしいメロディも登場。パコ・デ・ルシアの二筋の川やアルモライマを思わせるようなルンバやブレリア。「ニーニャ・デ・フエゴ」を組み入れたシギリージャ、セビジャーナスとバラエティにとんだ曲。![]() |
© Festival de Jerez/Javier Fergo |
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© Festival de Jerez/Javier Fergo |
最後はブレリアで。華やかに幕を閉じた。
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ペピート・バルガス逝く
2015年3月1日日曜日
ヘレスのフェスティバル9日目その2パトリシア・ゲレーロ「トウチェ」
夜中12時からは小劇場サラ・コンパニアでパトリシア・ゲレーロ「トウチェ」
音楽は前日のルベン・オルモの作品の音楽を担当したブルーノ・アクセルで、彼のソロから始まるシギリージャで幕をあける。照明が暗く、バイオリンの照明があかるめのせいもあって、踊りが始まっているのにしばらく気がつかなかったという。。。
フラメンコの人たちは黒バックに黒い衣装というのがなぜか多いのだけど、この場合、照明がきちんとしていないと踊りがちゃんとみえないんだよね。非常に残念。
パトリシアは切れのいい踊りでバイオリンに応える。
これ、白い衣装だったんですね、写真ではじめてわかる。私がみている二階席からは黒のシージョのせいでまた黒の衣装だよ、としかみえなかった。
裏が深紅の黒い(また黒だ!)バタ・デ・コーラでマラゲーニャ。
バタの扱いもそつなくこなす。
最後はまっかな衣装でパコ・デ・ルシアの「シルヤブ」もどき(怒)からのタンゴ。モネータのようにおばちゃんたちんの振りを真似する訳でもないのにやっぱりどこかグラナダぽいのが面白い。
バイオリン抜きの正統派の構成でもう一度彼女をみてみたい、というのが正直なところであります。
音楽は前日のルベン・オルモの作品の音楽を担当したブルーノ・アクセルで、彼のソロから始まるシギリージャで幕をあける。照明が暗く、バイオリンの照明があかるめのせいもあって、踊りが始まっているのにしばらく気がつかなかったという。。。
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© Festival de Jerez/Javier Fergo |
パトリシアは切れのいい踊りでバイオリンに応える。
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裏が深紅の黒い(また黒だ!)バタ・デ・コーラでマラゲーニャ。
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最後はまっかな衣装でパコ・デ・ルシアの「シルヤブ」もどき(怒)からのタンゴ。モネータのようにおばちゃんたちんの振りを真似する訳でもないのにやっぱりどこかグラナダぽいのが面白い。
バイオリン抜きの正統派の構成でもう一度彼女をみてみたい、というのが正直なところであります。
ヘレスのフェスティバル9日目その1アントニオ・ガデス舞踊団「フエゴ」
ヘレスのフェスティバルも中日となり、アントニオ・ガデス舞踊団が登場。作品「フエゴ」、「炎」という邦題で日本でも上演された作品。ガデス存命中にはスペインで上演されたことはなかったが、昨年7月にマドリードのサルスエラ劇場で生のオーケストラとの共演でスペイン初演された。(そのときの様子はこちら)
それから後、グラナダやフランス、ヒホンなどで上演されたというが、初演時よりも大幅にパワーアップされていた。
主役をつとめたのはハコブ・ゲレーロとエスメラルダ・マンサーノ。ハコブはヘレスの隣町、サンルーカル出身で、オヨス監督時のアンダルシア舞踊団にいたらしい。エスメラルダは2年前小島章司フラメンコ舞踊団のヘレス公演で「セレスティーナ」のヒロイン、メリベアを踊った若き実力派。この下の写真をみるだけでも、彼らがガデス時代の振付けを忠実に再現していることがわかることだろう。
愛し合う恋人たちをなやませる亡霊を魔法の力で退治する、というおなじみの物語だけど、魔法の力がパルマで表現されているのがフラメンコ的。
そのほかのダンサーたちの動きも、踊りのつながりも全てがマドリード公演のときよりもずっとスムーズで流れるように進んでいく。照明も絵画的なガデスの世界そのもの。マドリードの初日よりもずっと美しく、くっきりと世界をみせてくれる。クリスマスの宴でブレリア三昧も楽しめる。
この写真の美しさには感動。いや、生ももちろん美しいんですが。奥に群衆のこの構図、ガデスならではのものであります。白いシャツ、といえばやっぱガデスだなあ。とノスタルジーにひたる私。
ガデスの印象がとても強いのでガデス版をみている人にとっては、どんなに上手に踊っても違和感がでがちなのだけど、今回の二人にはそれをあまり感じなかった。しっかり研究しているからだろうか。彼の足取りや回転のときの首のむきなどに、ガデスの姿が二重写しになる。巧みな踊り手だ。そして主役二人のバランスもとてもいい。
エスメラルダのこのブラソの美しさ!
最後は結婚式でめでたしめでたし。
やはり初日によしあしを判断してはいけませんね。 アンコール恒例のパルマのオーケストラも素晴らしく、とても幸せな気持ちになったのでありました。
終演後バルで偶然あったステラ・アラウソ監督と話していたら、もともとこの作品は録音のオーケストラで振付けされ、上演されていたこともあってか、生のオーケストラのタイミングではどうしても流れがとまりがちになってしまっていたんだ、ということでした。
いつの日か日本でもぜひ!ガデス舞踊団にとって日本は特別な国だから、とステラ監督の弁。実現しますように。
ちなみに、日本語では同じアントニオ・ガデス舞踊団という 名前ですが、スペイン語では、ガデス存命時のカンパニーはBallet Antonio Gadesで、今はCompañía Antonio Gadesと違うカンパニーなのであります。ガデスの遺産を生かし続けるために生まれた舞踊団、今後もいっそうの飛躍を!
ビデオはこちら
それから後、グラナダやフランス、ヒホンなどで上演されたというが、初演時よりも大幅にパワーアップされていた。
主役をつとめたのはハコブ・ゲレーロとエスメラルダ・マンサーノ。ハコブはヘレスの隣町、サンルーカル出身で、オヨス監督時のアンダルシア舞踊団にいたらしい。エスメラルダは2年前小島章司フラメンコ舞踊団のヘレス公演で「セレスティーナ」のヒロイン、メリベアを踊った若き実力派。この下の写真をみるだけでも、彼らがガデス時代の振付けを忠実に再現していることがわかることだろう。
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そのほかのダンサーたちの動きも、踊りのつながりも全てがマドリード公演のときよりもずっとスムーズで流れるように進んでいく。照明も絵画的なガデスの世界そのもの。マドリードの初日よりもずっと美しく、くっきりと世界をみせてくれる。クリスマスの宴でブレリア三昧も楽しめる。
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終演後バルで偶然あったステラ・アラウソ監督と話していたら、もともとこの作品は録音のオーケストラで振付けされ、上演されていたこともあってか、生のオーケストラのタイミングではどうしても流れがとまりがちになってしまっていたんだ、ということでした。
いつの日か日本でもぜひ!ガデス舞踊団にとって日本は特別な国だから、とステラ監督の弁。実現しますように。
ちなみに、日本語では同じアントニオ・ガデス舞踊団という 名前ですが、スペイン語では、ガデス存命時のカンパニーはBallet Antonio Gadesで、今はCompañía Antonio Gadesと違うカンパニーなのであります。ガデスの遺産を生かし続けるために生まれた舞踊団、今後もいっそうの飛躍を!
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パコのお葬式のときのこと
今からちょうど1年前。
そのときは自分に力がなくて書けなかったことをここに覚え書き。
そのときは自分に力がなくて書けなかったことをここに覚え書き。
ニューヨーク経由で28日朝マドリードに到着した棺は
国立音楽堂に安置されました。
ヘレスにいる私は行きたいけど行けなくて悶々。
インターネットで皆が彼に別れを告げている様子をみながら
無理しても行けばよかったと後悔したり。
棺はマドリードに別れを告げ
生まれ故郷のアルへシラスに向かいました。
その様子がテレビ中継されます。
行きたい。会いに行きたい。
マエストロとその友達に。
そう思いながら行ったビジャマルタ劇場で
ホアキン・グリロに会いました。
パコのグループで7年間に渡り活躍。
それだけ思いも深いはず。
思い出話に夜は更けて
翌朝8時
友達と一緒にアルへシラスに向かいました。
アルへシラスにくるのはパコのコンサート以来。
到着したのは朝9時半頃だったでしょうか。
旧市役所近辺は車が通れなくなってはいたものの
それほどの混雑もなく
すんなりと中に入ることができました。
階段を上るとパコのアルへシラスの旧友キロや
ラファエル・デ・ウトレーラに会いました。
2001年のツアーのカンタオール。
朝4時に到着したといいます。
その横にはギタリストのミゲル・アンヘル・コルテス夫妻と
パーカッションのパキージョ・ゴンサレス。
パキージョはパコの最後のアルバムに参加しています。
サロンに入るとそこにスペイン国旗とアンダルシア州旗、
アルへシラス市旗におおわれた棺がありました。
その左手に遺族席があり
そこにいたパコの兄ラモンの息子ラモンシートにベシート。
その横にいたパコのこどもたち、
カシルダ、ルシア、クーロにも目で挨拶。
棺はあっても実感はなく
でもなぜか涙がこみあげてきます。
いったん外にでて
時間をつぶします。
その間にも弔問客は次々に訪れ長い列ができます。
時折みえるアルティスタたちや政治家、マネージャーたちなどの顔。
前日のマドリードにも出席し
アルへシラスまでやってきた家族や友人たちもやってきました。
パコのグループで共演した甥二人
ホセ・マリア・バンデーラ、アントニオ・サンチェス。
パコと仲のよかったギタリストたち。
トマティート、カニサーレス、ビセンテ・アミーゴ。
プロデューサーのハビエル・リモン
カニサレス夫人の真理子さんがよんでくれて
ホセマリやカニ、トマテ、ビセンテたちと小部屋に。
四方山話。
エピソードに笑いもこぼれる。
お葬式はその人だけがいないフィエスタのようなもの。
棺が教会へとむかう。
数千もの人々がそれを見守る。
教会でのミサでレメディオス・アマジャが歌いだす。
教会を出る棺に膝崩れるほどに号泣するビセンテ
墓地へと向かう彼らを見送る。
今思い出してもこみあげてくるものが。
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