2016年10月24日月曜日

石井智子スペイン舞踊団公演「ロルカIIIタマリット」

1年ぶりの日本。帰国翌日の北千住。シアター1010で石井智子スペイン舞踊団公演。
ロルカの「タマリット詩集」をモチーフにした作品。

主役は詩。それを舞踊が、音楽が彩っていく。
舞踊団公演と名打つだけあって、石井やゲストのエル・フンコだけでなく、舞踊団員たちもソロや群舞で見せ場を持つが、それもまずはじめに詩ありき、なのである。
俳優さんの語る日本語での詩、スペイン語で語られ歌われる詩。
その詩のまわりに踊りが生まれる、というイメージだ。

音楽はフラメンコのコンパスにこだわらず、もっと自由だ。
アラブ楽器、ウードやカヌーンを取り入れたのもロルカの生まれ故郷グラナダに残るアラブの影響を感じさせ、成功している。アラブ、と言ってもアラブに寄せすぎず、フラメンコな印象を残すような形で、良い感じにフュージョン。

ロルカが幸せな日々を過ごしたグラナダの映像、そして荘園の映像の間から揺り椅子に座ったロルカがぼんやりと姿を見せて始まる。

詩の朗読を踊るオープニングは男装の女性と女性たちの群舞。コルドベスを使った男装がスペインらしく、宝塚の男役的なかっこよさ。欲を言えば男役たちの上半身、もうちょっと緊張感があるとより男らしくなるかもしれない。

続く、石井とコンテンポラリーダンサーのデュオでも、石井はコンテンポラリーに寄せるわけではなく、フラメンコらしいブラソで魅せる。無理をしない。自然。自然に悲劇的な雰囲気を踊る。詩そのままに。

カヌーンがソロンゴを奏で始まるソロは谷口祐子。バレエ系の人なのだろうか、形が綺麗だし、体がよく動く。もっとも形、特に上体、腕の動きの良さはこの人に限ったことではない。群舞の誰もが美しいブラソを見せる。

続くグアヒーラの主役も舞踊団員。桑木麗(芸名?)。周りが微笑んで踊っている中一人だけ無表情というのは、恋ゆえ自分を失った不幸な女性を表そうとしているのだと思うが、例えば眉間にしわを寄せて口を少し開けるといった苦しそうな表情を作るなどの変化があっても良かったように思う。群舞との対比は出ていたので、もう一息、というところか。いや、これも私が欲張りすぎなのかもしれない。あるレベルをクリアするともう一歩上がって欲しいと思うゆえです。気分害したらごめんなさい。

石井のソロ。フラメンコ曲のコンパスに縛られず、自由に、心のままに表現している、という感じ。それでもその動きはフラメンコ。もう彼女自身の表現 になっているのだろう。ひたすらに美しい。

一部の最後を飾ったのはフンコのソレア。この人のことは言うまでもないだろう。ソレアの悲劇性と詩の持つ神秘をうまく表現していたと思う。

休憩を挟んでの第2部はバイオリンのソロを石井がギリシャ風の、布をまとったような衣装で、群舞と共にカスタネットを聞かせて見せる曲は、スペインでいう、ネオクラシコの趣きか。フラメンコのコン パスでなくても、フラメンコのテクニックで見せていくのはさすが。カスタネットもうまいのだが、音の高さというか音色が群舞のそれとあまり変わらないの で、どうせなら少し音が高いものを使うなどすればもっと効果的だったかもしれない、とは思った。これも贅沢ですね。バイオリン、今回はモロッコ風あり、フラメンコありで大変だったと思うが、健闘。でもやっぱりこの場面が一番生き生き弾いていたように思う。

舞踊団員、内城紗良(これも芸名?)
どこか悲劇的な要素のある詩をアレグリアスで、というのは難しいところだとは思うが、熱演。

続いてはムーア風、アラブ風の雰囲気で。舞踊団員の松本美緒のソロも、他の舞踊団員たちも、装い、髪に至るまでうまく雰囲気を作っている。

石井の息子、岩崎蒼生のソロはバンベーラ。いや、1年でこんなにうまくなるものか、と思うほどの上達。子供から少年へ。スポンジのようにどんどんいろんな先生の教えを吸収しているのだろう。上達したらさらに上を目指さなくては。連続回転の時の体の芯、頭の位置がもう少ししっかりすると完璧だ。正面向いて顔を残してのブエルタとか、すごく綺麗なので絶対もっとうまくなるはずだ。将来が楽しみ!

石井のシギリージャ。風格もありしっかり魅せる。ブラソの美しさだけでなく表情に至るまで、全身でシギリージャを、そしてモチーフとなった詩を表現している。体の使い方、腕、顔の位置(実はこれが難しい)。さすがの貫禄。いつのまにか、シギリージャが似合うようになったのだなあ、とちょっと感慨。

再び舞踊団の群舞。男装にペイネータの雄牛。白いジャスミンの花。分かりやすい。舞台いっぱいに広がるロルカの世界。

最後は石井とフンコのパレハでのカンティーニャ。カマロンが歌った、カシーダ・デ・ラス・パロマ・オスクーラス。複雑なパソをきちんとこなしている。

エピローグではこれまでの場面、それぞれの衣装で登場しポーズ。詩が詩集になる、ということでもあるのだろう。華やかで美しい。宝塚みたい、と思ったら、プログラムに、ステージアドバイザーとして元タカラジェンヌが。なるほど。
ちなみに私は昔宝塚ファンでございました。もう30年見ていないけど。

作品として、よくまとまっていて見事だったと思う。詩を日本語で朗読するだけでなく、スクリーンに映し出すのもいいし、スクリーンに映し出される、マントンの模様やアルハンブラの?タイルの模様なども雰囲気作りに一役かっている。詩集の装丁になるのかな。

惜しむべくは照明。踊り手よりもミュージシャンの方が明るいときがあったり、ソロの踊りなのに顔に影があったり、スモークのたきすぎで、フンコのソレアの最初がよく見えなかったのも、照明が見切れていたのも残念(照明の光が目に入って見にくのですよ、私が年寄りだからかもだけど、手を目の上にかざしてみていました) 劇場の構造で仕方ないのかな? 

 終演後楽屋に挨拶に伺うと石井があしをひきずっている。一部の最後に腱を痛めたとのこと。がそれを微塵も感じさせなかったプロ根性に脱帽である。早くよくなりますように







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