2017年4月27日木曜日

エドゥアルド・ゲレーロ「ゲレーロ」

セビージャ、セントラル劇場でのフラメンコ・ビエネ・デル・スールはエドゥアルド・ゲレーロの「ゲレーロ」。
1983年カディス生まれ。アイダ・ゴメスやジェルバブエナの舞踊団で活躍。
昨年カディスで初演。今年のヘレスのフェスティバルで観客賞に輝いた作品。
ヘレスで私はアレルギーらしき、くしゃみ鼻水に負けて中途退場したので再挑戦。

会場にはエドゥアルドが長年活躍した舞踊団をひきいるエバ・ジェルバブエナ、パコ・ハラーナ夫妻、オヨス夫妻、ロシオ・コラル、ロサリオ・トレド、マルコ・バルガス、ロシオ・モリーナらたくさんのアルティスタたちの顔も。注目度が高い。

白と黒、モノトーンのスタイリッシュな舞台。
こういう作品はビジャマルタよりもセントラルのようなモダンな劇場に合う。
真ん中の黒い床を額縁のように白い道が囲む。
衣装も黒。長いジャケットや短いジャケット、上半身裸になったり、巻きスカートのようなものを腰に巻いたり、変化はつけるが最後の赤と白のリバーシブルのジャケット以外は全部黒。
3人のカンタオーラを舞台装置と群舞の中間のように使うというのは新しい。
つまり歌い手たちは所定の位置に座ってバックを務めるのではなく、舞台上を動き、エドゥアルドの体を支えたり、紐で繋がったり、など、踊ることこそないが、踊りに関わる。

抜群の身体能力を生かしてほぼ1時間半の作品を通して踊り続けるエドゥアルド。
ホアキン・コルテスとエバ・ジェルバブエナとラファエル・アマルゴを足して3で割ったような感じ。
ホアキン的なスタイリッシュさ、エバ的なコンテンポラリーさ、アマルゴ的な大衆性。
でもホアキンのようなカリスマやエバのような深いフラメンコ性とは違う。
どの曲を踊ってもエドゥアルド。曲ではなく、彼自身の表現。
サエタ、マラゲーニャやロンデーニャ、ベルディアルにグラナイナ。ブレリア・ポル・ソレア、紐を使ってのナナ。シギリージャ、タンゴ。そして流行歌。

満員の観客は大喝采。
よく作られた作品だと思う。熱演していた。

でもなんだか釈然としない気がするのはなぜだろう。
単なる趣味の違い? 相性?
私がフラメンコを観て興奮するのは、アルティスタの、コンパスの微妙な間合いの取り方だったり、アルティスタ同士の掛け合いの妙だったり。踊り手の姿勢、形の美しさだったり、歌い手の声の絞り方やメロディの落とし方。
そういったものがあまり感じられなかったからかな。
いや、姿勢やコンパス感が悪いわけでは無論ない。でも、なんだろう、それで感心はしても、感動はさせてくれなかったのだ。私の方の問題かもしれない。
終演後、古い知り合いと話したのだけど、いっぱい見ていることによって、求めるものが高くなりすぎている、というのはやっぱりあるかもしれない。







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