2009年8月17日月曜日

井上圭子さんのこと

ラ・ウニオンのコンクール決勝での井上圭子さん、ほんとうによかったんです。

課題曲のタラント。準決勝のときは髪もほどき、野性的に男性的な振り付けを踊っているという感じだったのが、決勝では同じ振り付けにもかかわらず、女性的な腕の動きなどをいかし、優雅さがでていました。きちんと勉強してきているからなのでしょう、正しい姿勢でテクニックもしっかりしていることもアピールできていたのではないかと思います。
しっかり落ち着いた踊りっぷりで、舞台度胸も感じられました。
表情もずっと美しく、どきどきするほど色っぽく、またドラマチックでした。
“思い”が、魂がこもったタラント、といってもいいでしょう。
たった二日間で、同じ振り付けが、細部を少し変えたとはいえ、こんなにも変わってくるものなのでしょうか。満員の観客を前に一人で大舞台をつとめたことで確実に階段を上ったように思います。

自由曲のソレアは水色のバタ・デ・コーラで。
バタの先まで神経をつかった、というよりも、愛情をこめたバタさばきはたいへん美しく、なんとも底力を感じさせる踊りでありました。

結果的に入賞することはできませんでしたが、それでも彼女はラ・ウニオンでたしかなものをつかんで帰っていったと思います。

そして彼女が、毎日の練習と努力でつちかった実力で、スペインでも権威あるものとされるコンクールの決勝まで進み、またそれにふさわしいと多くのスペイン人たちから言われる舞踊を披露したことは、同じ国に生まれたアフィシオナーダである私にとっても誇りに思います。

うん、日本にはきっと彼女のようにフラメンコが好きで、一生懸命練習を重ね、実力がある人がたくさんいるのだろうな。私が知らないだけで。
ふだん華やかなスポットライトをあびることのない、日本中のバイラオーラ、バイラオールたちに心からの拍手をおくりたいと思います。






ラ・ウニオン カンテ・デ・ラス・ミーナス祭


ふたたびバスで8時間かけてセビージャの自宅まで帰って参りました。
へとへとでございます。
ラ・ウニオンは遠い。でもだからこそどこか現実離れした感じで、フラメンコ三昧ができるのかもしれません。

ほーんとスペイン各地からアフィシオナードたちが集まってくるのですよん。
毎年会う人たちもそれぞれバルセロナからだったり、マドリードからだったり、バジャドリードからだったり。それに加えて地元のアフィシオナードたちや、これもスペイン中だけでなくフランスやドイツなどからもやってくる写真家や記者のプレスの仲間たち。
毎年行き続けていると顔見知りも増え、1年ごとの再会に、あちこちで盛り上がっています。

ラ・ウニオンのフェスティバルがほかの、ビエナルやヘレスなどのフェスティバルとはひと味違います。
町が小さいせいもあるのでしょうか、メイン通りの商店はこぞってフラメンコにちなんだかざりつけのショーウィンドーをみせます。フリルや水玉をつかったり、ギターをつかったり、という簡単でシンプルなものがほとんどなのですが、みていて楽しいことにはかわりありません。お祭り気分が高まります。

そのメイン通りから会場までの広い道には鉱山にちなんだオブジェが飾られていたり、噴水があったりするのですが、フェスティバル期間中だけはこの道の両側には州や市の観光案内所や、CDや本、フラメンコグッズ、カホン、フラメンコを題材にした絵画や彫刻などの仮設ショップがならびます。
そして会場に一番近いところにはこれもまた、仮設のバルが何件か。それぞれにテラス席を設け、にぎわっています。また夜更かしにつきもののチューロの屋台も。
このバルのテラスには観客たちはもちろん。出演者もプレスも主催者もみんながやってきて一杯のんだり、タパで腹ごしらえをしたり、と、いつ行ってもにぎわっています。
憧れのアルティスタに会って、写真やサインをねだり、それにていねいにこたえていることもあれば、アフィシオナードたちが低い声で歌って、議論をたたかわせていることも。
地元のフラメンコ好きがやってきてルンバなどをさんざん歌っていくこともあります。
テラスに座ってぼんやり行き交う人を眺めているだけでも面白いかもしれません。
開演前も終演後もいつもにぎわっているこのテラスでありますが、開演中でも人がたえないところをみると、地元の人がお祭り気分をあじわいにきたりもしているのかもしれません。


と、昨日までそこに私がいた、あの風景を思い出しているのですが、今となると、なんだか夢のようにも思えてきます。
ほんとうにあの町があるのでしょうか。

2009年8月16日日曜日

ラ・ウニオン コンクール速報

朝5時過ぎからはじまった結果発表。
残念ながら井上圭子さんは賞を逃しましたが、課題曲のタラント、自由曲のソレアともにすばらしい出来でした。

カンテの最高賞、ランパラ・ミネーラ賞はコルドバのチュルンバケに
ギター部門は昨年の2位、ホセ・アンドレス・コルテス
舞踊部門はセビージャのアナ・モラーレス
その他楽器部門はピアノのボルハ・エボラ
が受賞しました。

丹羽暁子さんのこと


昨年の井上圭子さんに引き続き
今年もラ・ウニオンのコンクール、舞踊部門の準決勝に
小松原庸子舞踊団の丹羽暁子さんが出場しました

このカンテ・デ・ラス・ミーナス国際フェスティバルのコンクール、
国籍等の制限は全くありません。
舞踊部門はタラントが課題曲。
そのほかに1曲、 そして決勝に進んだ場合は準決勝で踊った曲とは別の曲を踊らなくてはなりません。
つまり3曲、準備するわけですね。

今年は日本からの数人のほか、
ドイツ、メキシコ、フランス、カナダからも応募があったそうです。
3月末までに規定に従って申し込み
5月から7月の間にスペイン各地で行われる予選に出場します。
それを勝ち抜いた人だけが、
8月、ムルシアのラ・ウニオンで行われる準決勝に出場できるのです。
今年、コンクールに応募したのは143人。
その中から33人のみが準決勝にすすみました。
舞踊部門はわずか7人。
その一人に残ったというだけでもすばらしいことです。
決勝に残ることは叶いませんでしたが、
私にとっては決勝に残った二人に勝るとも劣らない、
素晴らしい舞踊だったと思います。
そしてそれは何も私一人の感想ではなく、
スペイン人でも彼女が決勝に残ってもおかしくない、と言っていた人がありました。

コンクール初日、舞踊部門のトップバッターとして出場した丹羽さん。
そのタラント。
タラントはソブリオ、地味な、まじめな感じの曲なので
衣装も茶色とか、暗めの色が多くつかわれ、
また鉱山=山のイメージからか、山風、田舎風のデザインだったりすることが多いので
華やかな衣装にちょっとびっくり。
振付け自体も洗練された、現代風のコンセプトのタラントなので
うん、こういうのもありだな、と納得。

技術もありフラメンコ性もあり、決勝進出できなかったのは残念だけど本当に素晴らしい演技でした。

2009年8月15日土曜日

井上圭子さん ラ・ウニオン決勝進出!


井上圭子さんがラ・ウニオンのコンクールの決勝に進出しました!

三日間の準決勝の結果が昨夜遅く、4時くらいにでたのですが、発表が今送られてきました。
井上圭子さん、渾身のタラントが決勝に進出となりました。

6人の候補者から通常二人が決勝に進出するのですが、今回は3人です。
ほかはセビージャのアナ・モラーレスとウエルバの18歳、マリア・カネアです。
先日の準決勝では後半の出演でしたが,今回は前半の出場となります。

なお、そのほかはギター部門が2人、楽器部門がピアノの2人、
そしてカンテに12人。。。
終わるのは朝になりそうです。
結果はまたお伝えしますね!

2009年8月14日金曜日

速報!井上圭子さんのラ・ウニオン

ラ・ウニオンのコンクール2日目。
井上圭子さんが出場しました!
課題曲のタラントは、ラファエル・デ・カルメンが自分が賞を取ったときの振り付けそのまま。椅子に座ってはじまるドラマチックなものでした。
自由曲は華やかな深紅のバタ・デ・コーラでのアレグリアス。
会場のさかんな拍手をうけていました。

舞踊部門は6人の準決勝進出者から2人が決勝にのこります。
準決勝の結果は今夜、準決勝3日目が終わった時点での発表になります。

2009年8月12日水曜日

カルタヘーナは遠い ビセンテ・アミーゴの夜


朝6時半起床。7時過ぎに家をでて8時のバスに乗り、16時過ぎ、ようやくカルタヘーナに着きました。カルタヘーナは遠い!

折から開催中のラ・ウニオンのカンテ・デ・ラス・ミーナス祭に遅まきながらやってきたというわけです。
遅まきながら、というのは、すでにフェスティバルは5日からはじまっていて私の到着は1週間遅れだから。
このフェスティバルについては以前ご紹介しましたが、歴史もあり、ビエナルやスーマ・フラメンカ、ヘレスのフェスティバルらほどではないにせよ、規模も比較的大きく、またスペイン国内のマスコミに取り上げられることも多い、たぶんスペインで最も有名なフラメンコ祭です。近隣はもちろん、このフェスティバルをめざしてスペイン各地や外国からもお客さんがやってきています。
フェスティバルが開催されるのはムルシアのラ・ウニオン。
カルタヘーナから車で15分ほどの小さな町です。
その昔、鉱山の町として栄え、カフェ・カンタンテも数件あったそうですが、鉱山の閉山とともにさびれてしまったのですが、このフェスティバルは町おこしにもなっているのでしょうね。

さて、夜。公演は22時45分から。日本的感覚からするとえ?ってなくらいに遅いですが、
21時に夕焼けなスペイン的には普通。
ちなみに普通の劇場公演だと20時から21時くらいの間にはじまることが多いですが、
これは野外公演ではないにしろ、夏のフェスティバル、ということで開演時間が遅いのでしょうね。
会場前には屋台バルがテントをはり、フラメンコ関係のCDや絵画、などのショップも店開き。
会場はカテドラ・デル・カンテ、カンテの殿堂という名前ですが、もともとは市場だったそうで、最初に私がきた20年前は音響は悪く、蒸し暑かったのですが、大工事をして今や音響もよくなり、冷房も完備しています。

さて公演。
新譜発表後のビセンテのリサイタルはわたしにとってはじめてだったので期待は高まります。
最初はソロで、ビセンテらしい美しいソレア。
これまでのCDできいてきたソレアが混在するような感じです。

CDで、曲としても演奏としても完成されたものを聴くのも楽しいですが、ライブで、その曲にほかのCDの同じ曲種のメロディやまったく新しいメロディが加わったり、同じメロディでもアクセントのつけかたが微妙に変わったりしているのを聴くのはもっと楽しいと思いません?
ライブはいきもの。同じ曲を同じように演奏しているはずでも、その公演ごとにちがってきこえてきます。アルティスタの調子の良い悪いもあるでしょう。また聴くこちらの状態も大きく影響してきます。

次はファンダンゴ・デ・ウエルバ。 その昔スペイン国立バレエ団も振りつけた「メンサヘ」。
新譜を発売したからといって新譜 からの曲ばかりにならないところがまるですね。
ここでグループが登場。
デビューから共演を続けている第2ギターのホセ・マヌエル・イエロとパーカッションのパトリシオ・カマラに加えて、ラファエル・デ・ウトレーラとミゲル・オルテガという二人のカンタオール、パーカッションのパキート・ゴンサレス、バイオリンのアレシス・レフェブレ、ベースのフアン・マヌエル・ルイスという7人のミュージシャンが、ビセンテの世界を彩ります。
ラファエル、ミゲルともに女性と同じくらいに高いキーですが、声の質がちがうのでそれぞれに魅力的にきかせてくれました。

前作「ウン・モメント・デ・ソニード」のタンゴやタラント(哀しみをたたえた私の大好きな曲)ときてようやく新譜のテーマに。
親しみやすいメロディが、ビセンテの美しい音色にのってやってくる。
それを支えるグループの演奏も息が合っていて、抜群の一体感.

会場は総立ちで今年のフェスティバルの主役をおくったのでした