2020年11月11日水曜日

セビージャ映画祭『9 SEVILLAS』

感染増加のため、夜間外出禁止が22時から7時(これまでは23時から6時でした)になり、バルやレストランは18時閉店になったセビージャ です。今日以降、通常21時開始だった劇場公演も16時開始になったり、とあれこれ大変。

そんな中、6日から開催されているセビージャ映画祭。ヨーロッパ映画の映画祭であります。

過去にもここで公開されたフラメンコ関係の映画がいくつかあるのですが、今年は2本。

1本目、『9Sevillas』をロペ・デ ・ベガ劇場でのプレミアム上映で観てきました。



2018年、今年ではなくその前のビエナルのポスター、覚えている人いるでしょうか? 






とにかく字がいっぱいだし、有名なアルティスタはボボーテだけだし、なので読むのもパスしてた人も多いのでは? 
これはイスラエル・ガルバンのブレーンで、現代美術家ペドロ・G・ロメーロによるもの。
ビエナルのポスターは毎回、いろいろ批判されるのですが、その批判を聞いて、映画作りがスタートしたとのこと。監督はそのペドロとポスターで緑の鸚鵡を手にしたゴンサロ・ガルシア・ペラジョ。

映画の前にアルフレド・ラゴス伴奏で、イネス・バカンとトマス・デ・ペラーテのナナの生演奏があったのはうれしい驚きでありました。はい、二人も映画に出演しています。イネスはいつもの、という感じなのだけど、そこに合わせていくアルフレドすごいなあ。


ポスターに登場した9人とのお喋り、そしてイスラエル・ガルバンやロシオ・マルケス、イネス・バカン、ラウル・カンティサノ、レフレ、トマス・デ・ペラーテ、ニーニョ・デ ・エルチェ、ロサリア、ロシオ・モリーナとシルビア・クルス、レオノール・レアルなどビエナルのリハーサルや、セビージャの街などの映像から浮かび上がってくるのはフラメンコの真実。

真実は唯一無二のものではなく、それぞれにそれぞれの真実があるから、これだけが真実だとは私もいわないけれど、普段見逃しがちな、舞台の上にあるフラメンコではないフラメンコがいっぱい見えてくる。

ロンドン生まれの黒人バイラオーラ、ジンカ。チリ人バイラオーラ、ハビエラ。ハンガリー人街頭古本屋ルドルフ・ロスタスら外国人。ボボーテや女性闘牛士のバネサ・レリダ、セビージャの町外れの掘建て小屋地区の女性たちでの芝居『ベルナルダ・アルバの家』に出演したロシオ・モンテーロ、ヒターノや女性、移民の問題を扱う弁護士パストーリ、フィリグラーナらヒターノたち。そしてこの映画の監督ゴンサロ・ガルシア・ペラジョと詩人ダビ・ピエルフォルトという9人が、ビエナル初代監督で詩人、フラメンコ研究家のホセ・ルイス・オルティス・ヌエボやトリアーナ生まれのバイラオーラでペペ・アビチュエラ夫人のアンパーロ・デ ・ベンガラ、監督の兄ハビエルらと話しながら、自分を、フラメンコを語る。

外国人、ヒターノ、セビージャ。ビエナルをめぐるキーワード。いやフラメンコ、そのものを語る上で欠かせないキーワードなのかも。

そうして見えてくるものは、舞台のフラメンコを観ているだけでは見えてこないフラメンコの全体像。フラメンコのベースにいる、ヒターノたち、黒人や中南米の文化、そしてカトリックでアナーキーなセビージャの町というアトモスフィア。フラメンコのベース。根っこ。

イスラエル・ガルバンやロシオ・モリーナ、ニーニョ・デ ・エルチェらの最先端フラメンコ。イネス・バカンやトマス・デ ・ペラーテの太古を思わせる声。それらはある日突然生まれたわけではなく、昔からの流れや今もそれを支える多くの人があってのものなのだよね、とか考えさせられる。

彼らは三角形の頂点にいるのかもしれない。でも彼らだけじゃないんだよ。

ガルシア・ペラジョ監督が1978年に監督した映画 『ビビル・エン・セビージャ』のシーンが出てきたり(若き日のファルーコ!)、過去ともつながっている。

とかなんとかごたくはともかく、いや、個人的にはとても面白かったのであります。2時間半もあっという間。ただ、おしゃべりが多いので、フラメンコのパフォーマンスだけを期待すると飽きるかも? また、字幕で出てくる人名などが、歴史を知らないと???になってしまったりするかも。そういう意味で、フラメンコと無縁な人には解説が必要なところがあるかなあ。

フラメンコには動物的なものがある、ということで、ポスターでも人々は動物と一緒なのだけど、そうなのかな、動物的かな?そこら辺はよくわからないけど、社会が大きく変わるときにフラメンコは必要とされる、という感じは確かにあるよね。日本もバブルでどんどん社会が変わるときにブーム起きたし、今中国で人気が高まっているのもそういうことじゃない? 機械的なものに対し、ひと息つけるような人間的なものを求める。それがここでいう動物的ってことなのかな。

おしゃべりとパフォーマンスの組み合わせ方なども面白いし、ドキュメンタリーのようでもあり、でも脚本があってのものだし、うーん、これは一体?
でもとにかくフラメンコが見えてくる映画には違いありません。

いやもう、ほんと、ジンカが歌いながら踊るサマータイムのフラメンカなこと! あれだけでもみんなに観てほしいなあ。



以上、映画の感想をスペイン語で簡単に要約。

La verdad no es única. Cada uno tiene su verdad. De dónde mira, la verdad cambia su forma, su imagen. Así tampoco digo yo, este es la única verdad de flamenco, pero hay muchas verdades de flamenco en esta película. 

Extranjeros, gitanos y Sevilla. Tres claves de la Bienal son tres claves de flamenco. Por su historia y por su actual situación.

Aquí nos hace ver todos lo que no lo veía, lo que no veía en el escenario. Los artistas flamencos de la primera linea, o  de vanguardia, (como quiere que llame) como Israel Galván o Niño de Elche son puntas de un triangulo, pero en su base, en la tierra, están los gitanos, libres y cautivados, los extranjeros que dan mucho a flamenco y cautivados, y Sevilla, la ciudad católica y anárquica,

Animalidad de flamenco, no estoy totalmente de acuerdo, pero, sé que cuando sociedad cambia bruscamente, la gente busca flamenco para respirar. 
















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