2004年のビエナルで初演された作品。
それから14年。今回はビエナル側の求めに応じ、その構成などベースは変えず、舞台がマエストランサ劇場からマエストランサ闘牛場に変え、出演者もだいぶ変えて臨んだ。
アレーナは砂のこと、転じて闘牛場のアリーナをも指し、闘牛をテーマにした作品である。1回の闘牛で6頭の牛が登場することから、6つの振付から構成されており、それぞれの振付に闘牛の歴史に残る、闘牛士たちを死に追いやった牛の名前が付けられている。そして振付の間には、事前に撮影されたエンリケ・モレンテが闘牛場の客席で歌う姿が映写されていた。
今回はエンリケの部分を、息子ホセ・エンリケ“キキ”モレンテが生で歌う。
闘牛につきものの音楽、パソドブレが客席の上の方で生演奏されている。
アレーナに進み出たシンバル隊がアクセントをつけていく。
父エンリケのアイレでキキが歌い、やがてイスラエルが裸足でアレーナに歩みでる。
1頭目の牛は「バイラドール」闘牛士ホセリート・エル・ガジョの死へ追いやった雄牛。
スッスッと砂をする音。闘牛の牛の歩み。蹄の音だ。
アルフレド・ラゴスとダビ・ラゴスの兄弟が奏でるロンデーニャ、カーニャ、ポロと繋がっていく。あ、これ、『エダ・デ・オロ(黄金時代)』じゃん。
そうか、ここから来たのか〜と思い出す。
Bienal.© Óscar Romero |
踊る場所によっては見ている位置から遠くて、細かいところがわからないのは仕方なく残念だけれど、それでも伝わってくるものがある。
ストイックな、研ぎ澄まされた感じで、動きの一つ一つがアートのよう。
2頭目の牛はグラナイーノ。詩人でもありイグナシオ・サンチェス・メヒアスの死を招いた牛だ。ロルカがその死をうたった詩を聞いたことがある人もいるのではないだろうか。
その牛は4台の台車の上に乗ったドラムス/パーカッションセットの伴奏で、金属製の揺り椅子の上に乗ったり、座ったり、転がしたりして踊る。
最近の作品でも、揺れる床とか、いろいろな仕組みがあるけれど、その原点かも。
Bienal.© Óscar Romero |
パコ・デ・ルシアのアレグリアスを奏でるアルフレド。
そこに、牛の角笛、ガイタ・デ・ガストールがアクセントをつける。
あえてフラメンコ風にではなく、手の形を変えるなどして変化をつけて叩くパルマ。
一曲通して普通にフラメンコ曲を踊るということはここ十数年ほとんどないイスラエル。
久々にストレートなフラメンコを踊っている、という感じで新鮮。
もちろん、それはイスラエルだから、あの90年代にビエナルのコンクールに出演したりしていた頃の踊りではない。マントンを扱うような振りがあったり、も楽しい。
イスラエルを見る楽しみは、いろんな読み方ができて、新しい気づきがあって、いろんなことを考えさせてくれるということに尽きる。
フラメンコの舞踊は、動きと形を見せるだけでなく、自ら音を出すパーカッション奏者的要素もあり、その楽しさ、なども改めて感じさせてくれた。
最後はダビのプレゴン。朗々と歌い上げる、声の力。
Bienal.© Óscar Romero |
真紅の衣装のヘスス・メンデスが闘牛にまつわる歌詞を、ブレリア・ポル・ソレアやブレリアなどで歌い継いでいく。
親戚のパケーラと同じくマイクの入らないような声量で歌い上げるヘスースはすでに巨匠の趣。
5頭目はプラジェロ。マヌエル・モンタニョを死においやった牛。
初演ではディエゴ・アマドールのピアノによるシギリージャで、闘牛場の柵にぶつかっていく、悲劇的な場面だったのだが、ここではピアノがシルヴィ・クルボアジェに変わり、印象も随分変わってしまった。ピアノフラメンコが現代音楽?の演奏になるとそりゃ、変わるよね。ニーニョ・デ・エルチェの、音を発するだけのフラメンコ?との共演は、現代アートとしてのフラメンコを考える上で興味深いが、ちょっと長すぎる。
エルチェはカンテ界のイスラエルであろうとしているように思うが、コンクールで優勝するなど、型を極めた上での型破りと、極める以前に崩してしまうのとの違いを感じないではない。
それでもイスラエルが必要とする歌い手というなのだろう。
最後はカンティネロ。ペペーテを死に誘った牛がフィナーレを飾る。
ナイフをつけたシューズで踊った後は
いい闘牛の後のお祭り騒ぎ。パソドブレで踊りまくる。
最後は闘牛士に習って、全員でアレーナを一周し、宴は幕を閉じた。
終わりよければすべてよし。
劇場での1時間から1時間半という上演時間が普通になった現在、15分遅れの開演から2時間以上という時間はどうしても長すぎるように感じてしまうものの、
それでも、あの大舞台を生かして作り上げたスペクタクル。さすがにイスラエル、とうなるばかりである。
が、一般的なフラメンコを期待してくると面食らう人もいたことだろう。
イスラエルはフラメンコを超越したフラメンコ、イスラエルはイスラエルなのである。
来年は二つの全く違うプロジェクトがあるとも聞く。
いつまでも目が離せない踊り手である。
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