2026年9月20日日曜日

アレハンドロ・ウルタード『デベニル・デ・ラ・ギターラ』、カニサレス・シンフォニコ、

 12時からは18世紀のバロック様式の教会サン・ルイス・デ・ロス・フランセセスを会場にマイクなしの生音でアレハンドロ・ウルタードのソロ公演。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

フリアン・アルカスのソレアに始まり、タレガのグラン・ホタ、ラモン・モントージャのロンデーニャ、ニーニョ・リカルドの『セビージャの思い出』と、フラメンコギターソロの歴史を俯瞰するようなプログラム。その後、自作のファルーカやアレグリアスも演奏。

繊細な彼の演奏はマイクなしでは耳を澄まさないと聞き取りにくいところもなかったではないけれど(外の犬の声が聞こえてきたりするので)、簡略な解説を交えながらで楽しめました。
モントージャのロンデーニャも彼が演奏するとより繊細で詩的に聞こえるのも面白いなと。

後半、古楽器奏者エンリケ・ソリニスとテオルボ(だと思う)と共演し、エンリケのソロで、ビウエラ・デ・マノ、バロックギターの演奏があり、最後はバロックギターとアレハンドロのデュオでの曲で幕。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

フラメンコギター、ギターの歴史を振り返るセミナーのような公演でありました。クラシックもフラメンコも演奏するアレハンドロならでは。古楽器のソロにも、スペイン民謡的なモチーフがありフラメンコにも通じるな、と思ったり(以前もセビージャ・ギター祭で聴いた時同じような感想を持った記憶)。クラシックギターとフラメンコギターは確かに技術とか色々違うところもあるけれど、元は一つで、遠くて近いものなのだと再確認したことでした。

そこで20時からのマエストランサ劇場でのカニサレス・シンフォニコ。フアン・マヌエル・カニサレス自作のフラメンコギターとオーケストラのための2曲をセビージャ交響楽団と演奏するというもの。ビエナルにオーケストラとの共演作品が登場するのはこれが初めてではなく、1992年のマノロ・サンルーカル『アルヒベ』があるし、2008年ビエナル開幕公演でも市役所前の広場でマノロが『メデア』を演奏しています。ただ同じマノロでも、1996年『ムシカ・パラ・オチョ・モヌメントス』、2016年『メデア』の二つの公演は直前にキャンセルになってしまったことからも、フラメンコギタリストのオーケストラとの公演の難しさは想像に固くありません。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León


フラメンコギターのオーケストラ曲として、マノロの『メデア』と並んで有名なのはビセンテ・アミーゴ『ポエタ』ではないかと思うのですが、『ポエタ』のオーケストラ編曲はキューバ人作曲家レオ・ブローウェルによるものなのですが、こちらはこちらはカニサレス本人が全てを手がけているというのがすごいところです。プログラムにはパコ・デ・ルシアに捧げた捧げた『アル=アンダルス協奏曲』、ホアキン・ロドリーゴに捧げた『地中海協奏曲』の順で掲載されていたので、その順で演奏されるものと思って聴いていたのですが、あれ、第一楽章ブレリアなはず?パルメロいないな、と不審に思いつつも第三楽章がタンギージョぽい二拍子系だったのでそうなのか、と何となく納得していたのが、休憩で友達と話すうち、みんなでやっぱおかしいということになり、確認したところ、やはりこちらが『地中海協奏曲』だったとのことで二部開演前に曲目のアナウンスがありました。パルメロでチャロ・エスピノ、アンヘル・ムニョスも登場。オーケストラとともに、楽譜を前に、リズムを刻みます。そのパルマが場所によっては聞こえにくかったそうですが、私のいた端の席ではよく聞こえました。ただ、これはクラシックのホールなどでよくあることなのですがクラシックには必要な残響が、フラメンコのキレの良さを消してしまうようで、フラメンコらしさは半減されてしまっていたようにも思えたのは残念なことでした。パコへの思いが描かれた作品は、クラシックとフラメンコを行き来するカニサレスらしさを感じるものでした。大作。2曲が終わったので終演と思い、退席した人もいたのですが、ここから、チャロによるカスタネットのソロから、アンヘルのサパテアードのソロへ。最後に少し、ギターも入り、これはアンコールだと思っていたのですが、どうも違ったようです。うーん、わかりにくい。観客にはプログラムしか手掛かりがないのでちゃんと書いておいて欲しかったな、と思ったことでした。

なお、この後、23時から川沿いで行われた公演でも出演者名だけで演目演者のプログラムがなく、照明が暗い中始まった時もこの声はボケロン?パロン?と想像するしかなく、照明がついた後もロメリートが歌っている時、あれ伴奏しているのは息子じゃない? 名前、プログラムにないよ、とまるでなぞなぞ大会となったのでした。紙じゃなくデジタルだから直前の変更とかも臨機応変に対応できそうなんだけど諸々の事情でそうもいかないんでしょうね。で、観客は困る、と。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

ちなみに音とし94歳のロメリート、お年のせいで多分耳が悪くなっているのでしょう、音程こそよくなくなってきていますが、声量十分で、力もあってびっくりしました。スペインは日本に次ぐ長寿国と言われますが、フラメンコもそうなんですね。1994年のビエナルで『ロス、ベネラブレス』という公演があって、フェルナンダやアデラ・デ・チャケータ、エル・ネグロ・デル・プエルトらが出演したのを思い出します。皆、亡くなってしまいました。ベテランは機会があれば迷わず聴いておいた方がいいですね。



2026年9月19日土曜日

アントニオ・レジェス『セイス・クエルダス、セイス』


たぶん私が39年のスペイン生活で見てきた中で最も素晴らしいカンテ公演だったのではないだろうか。

6本の弦にちなみ、6人のギタリストがアントニオの伴奏をするというこの公演、休みなく歌い続けた彼の歌は最高だったし、20代から60代までのギタリストの伴奏、演奏も素晴らしかったのはいうまでもないけれど、構成、進行がこれまた良かったのであります。

幕が開くと聞こえてくるのはフアン・パリージャのフルート。そしてギターを弾くのはアントニオ。カラコールのサンブラだ。弾き語りをし、メロディを歌うフルートを伴奏。このギターが文句なく上手い。

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上手に登場したラファエル・リケーニの伴奏でグラナイーナ、からのタランタ! こんな展開見たの初めてだったけど、繊細なラファエルの伴奏が寄り添い、自然に聴こえる。

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舞台やや後方にパルメーロたちと一列に並んで、一昨年のラ・ウニオンの覇者、ジョニ・ヒメネスの伴奏でソレア。今も歌声が耳に残る。難しいトリアーナのメロディを完璧に美しく心を込めて歌い上げる。繊細かつ大胆なジョニの伴奏。
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下手のマノロ・フランコの伴奏で歌ったのはタンゴ・デ・マラガ、ベテランならではの安定感。

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息子ノノ・レジェスの伴奏でシギリージャ。身を切るような思いが溢れ出るようなシギリージャだ。

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そのノノとホセ・デル・トマテ、ジョニの3人、若手によるブレリア。3人それぞれの見せ所もあり互いの敬愛も見えて、なんだかうれしい。

ホセの伴奏でさまざまなアレグリアス/カンティーニャスを次々に。アレグリアス・デ・コルドバまで登場したから伴奏する方も大変だったろう。

最後はディエゴ・デル・モラオの伴奏でタンゴ、そしてブレリア。ディエゴの歌を待つ伴奏はソレアやティエントだとアントニオの歌が長く引っ張られ過ぎになったりすることがあるのだけど、タンゴとブレリアではそういうこともなく、軽快に、ここぞというところで決めてくれる。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
会場内全員が立ち上がってのスタンディングオーベーションの後、6人のギタリストがずらっと並び、年齢順に並び、次々と次々とファンダンゴを歌っていく。そのかっこよさ。素晴らしさ。個人的にアンコールのファンダンゴ、苦手な方なのだけど、それぞれの個性も見えて本当に良かった。

マイレーナ、カラコールとカマロン、フラメンコの歴史的歌い手たちに学び、フラメンコへの真摯な敬愛で、丁寧に歌い上げるアントニオのフラメンコは最高以外のなにものでもない。そこにあるのは何か新しいことをしようとか、どうだオレはすぎだろう、とかではなく、愛ゆえに常に謙虚であるからなのだろう。

終演後、なんだか雲の上を歩いている感じだった。あまりにも素晴らしいものを見ることができて本当に幸せ。いやあ、この公演と先日のイサベル・バジョン、ホセ・マジャ。この3公演だけでもう今年のビエナルは最高だったと言いたくなってしまうくらい。

さてこの後まだ2週間。どんなフラメンコに会えるのでしょう。








2026年9月18日金曜日

アルカンヘル『ラ・コプラ・デル・カンテ』

 過去のフラメンコの歴史上の名歌手たちはフラメンコだけでなくコプラ、フラメンコではないスペイン歌謡も歌ってきたということから、彼らが歌ってきた歌謡曲とフラメンコを混在させたリサイタルを企画した、ってことのようでございます。

今年、ラ・ウニオンで見た『アベセダリオ・フラメンコ』がカマロンやローレ・イ・マヌエルなど、、70、80年代の曲だったのに対し、こちらはそれ以前、20世紀前半から中頃の曲を取り上げています。

客席で、パーカッション奏者リト・マネスとコーラスパルマ担当のロス・メジが2本の細長い短冊状の板を打ち付けて鳴らす楽器でリズムをとりながらギター伴奏なしでバルデラマのヒット曲『イミグランテ』などを歌って始まり、

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

舞台に上がってからは、フランシス・ゴメスのギター、バイオリンやキーボード/ハーモニカなどの伴奏でシームレスに次から次へと歌う。シギリージャ、アレグリアス、アバンドラオ、マリア・デ・ラ・オ、ソレア、ミ・ニーニャ・ローラ、ギターソロでのオホス・ベルデス、メジの二人がサルサチックに歌うセニョリータ、再登場したアルカンヘルはパケーラのアリアリアンダからのソレア・ポル・ブレリア、ソレア・デ・ペサレス…といった具合、最後はマノロ・カラコールで、カルセレーロ・カルセレーロやロマンセ・デ・フアン・オスーナ(フロール・コモ・アマポーラ…)といった具合。


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

アルカンヘルは素晴らしい実力を持った歌い手なのだから、普通にフラメンコを歌って欲しいんだけどな、と思った人は私だけではないでしょう。ギターをサンプラー?にかけてループさせて歌ったところなど、カラオケじゃん、カラオケの歌聴きにきたわけ?って気持ちになってしまいました。

歌い手たちも新しいことをやろうと試行錯誤しているのだと思いますが、新しくするのはレトラ少々や、洋服だけで十分。あなたが熟知している、あなたが愛しているフラメンコをじっくり聞かせてほしいと思ったことでした。

カンテは小芝居や小賢しい企画やコンセプトなんかなくても大劇場をいっぱいにする魅力を持っているのですから。





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なお23時からはトリアーナ橋のたもとのムエジェ・デ・サルで、『ムヘレス・ヒターナス』。モンセ・コルテスとラ・ファビによるロンダ・デ・トナで始まり、出演予定のレメディオス・アマジャは病気で、代わりにマラ・レイが登場すると告げられ、モンセ、ファビ、マラの順にそれぞれソロを歌ってフィン・デ・フィエスタ。
ギターのパケーテやパーカッションのピラーニャの名前が公演告知に出てなかったのは解せないなあ。
個人的にはモンセが好みだけど、なんかカマロンばっか歌っていたなあ。ファビは昔の方が丁寧に歌っていた気がするし、マラは熱血姉御でグイグイ押してくるのが好きな人にはたまらないだろう。フラメンコはいろんなものがあるから好みを探すのも楽しいですよね。






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2026年9月17日木曜日

『ヘレサニア』、ホセ・デル・トマテ『ソナンタ3.0』

 アルカサルで、ギタリスト、マヌエル・バレンシアを監督にヘレスのアルティスタたちによる公演。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

ヘレスのフラメンコ、大好きなのですが、なんか今回は私の好きなヘレスらしさをあまり感じられなかったように思うのであります。ルイス・エル・サンボ、、アントニオ・デ・ラ・マレーナ、ドローレス・アグヘータ、3人の歌い手たちによる幕あき、アントニオのカンティーニャとティエント、マヌエルのギターだけでのシギリージャ(これがこの夜で一番良かった!)があってそこにドローレスが歌で入ってくる。ファンダンゴ。ルイスのマラゲーニャ、そしてソレア。最後のブレリアで、おばさんたちも出てきて踊るのだけど、うーん、なんか違う。

私がイメージするヘレスはモライートの時代のヘレスで、バリバリのブレリア、重厚なシギリージャやソレア、ソレア・ポル・ブレリアをメインにファンダンゴなどもあり、って感じ。モライートもパケーラもトルタもフェルナンド・デ・ラ・モレーナもフェルナンド・テレモートもパリージャもペリキンも亡くなったし、と言われればその通りなんだけど、まだマカニータもいるし、ダビ・ラゴスやロンドロ、ミゲル・ラビなどの中堅、マヌエル・デ・ラ・ニナら若手だって頑張っているよね、人材不足じゃないと思いたいんだけど。おばちゃまたちも世代交代で若くなってるけど、衣装が基本パーティドレスだし。昔のフラメンコの味わいが欲しいな、とか思うのは無理難題なんでしょうか。

23時からは23時からはアラメーダ劇場でホセ・デル・トマテ。間に合わないので行かなかったけど良かったらしいです。






2026年9月16日水曜日

イサベル・バジョン『エピロゴ・デ・ウン・カンテ・ケ・イソ・ウン・バイレ。スイテス・デ・カンテ』

 全てが美しかった。彼女の一挙一動から目が離せない。じっと座ってなどいられない。悶絶状態で身体がどうしても動いてしまう。オレの声が客席のあちこちからかかる。鳴り止まないオレと啜り泣き。あまりに美しいものを見ると人は涙をながしてしまうものなのでしょうか。

彼女の公私ともにのパートナー、ギタリストのヘスス・トーレスが客席にいたイサベルを呼び込んで始まり、椅子に座ってヘススへの想いを歌い、座ったまま腕をちょっと動かす、その動きがすでにオレ!で胸が熱くなる。なんて美しいのだろう。フラメンコの美がぎゅっと濃縮されているようだ。やがて立ち上がって少し踊り、ヘススにくちづけ。


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

後ろの幕が開くと、ずらっと並んだ歌い手たち、インマ・リベロ、アントニオ・カンポス、ミゲル・オルテガ、ダビ・ラゴスとギタリスト、カニート、右端にヘススが、左端にイサベルがすわる。ブレリア。ミゲルが歌うファンダンゴからのベルディアーレスで踊るその姿は最初の衣装のままなのに、ベルディアーレスのリボンが見えてくるよう。かつての彼女のパートナー、パコ・アリアガも演奏。インマが歌う友情物語。アントニオのマリアーナはしっとりと。タンゴスでの、清らかな色気。いやらしくない、下品でない、女性の魅力を最大限に活かした色気。その合間に登場し、ブレリアの由来や舞踊の歴史、パストーラ・パボン、ニーニャ・デ・ロス・ペイネスやペリコンのエピソードを語るホセ・ルイス・オルティス・ヌエボの言葉も踊ってしまうイサベル。(この辺順番はあやふや)

歌を踊る。これこそフラメンコ。シンプルな昔ながらの形が振りが彼女の手にかかると宝石のように輝き出す。

そしてダビが歌うカンティーニャスは生成りのシンプルなバタ・デ・コーラで。そのバタの自然な動き。派手に“見せる”動きではなく、さらっと、呼吸するかのように動くバタ。美しい。儚くも美しい夢のような瞬間。そこから皆で袖に入り終わりかと思えば、最後にイサベルが一人舞台に残り、録音のソレアを踊る。まだ幼かった彼女に歌ったというアントニオ・マイレーナの声で幕。

彼女の師、マティルデ・コラルのスタイルはイサベルの中に息づいている。彼女の踊りを支えてきた歌い手たちギタリストたちの愛、観客たちの愛、すべてが愛に包まれた最高の一夜でございました。フラメンコは情熱というけど、激しいだけじゃない、優しくも落ち着いた暖かな愛が、究極のフラメンコの美を包んでいた、そんな感じです。見た人誰もが幸せになったはず。あの場にいられたことに感謝しかありません。






2026年9月15日火曜日

イスラエル・フェルナンデス『オロ・イ・マルフィル』

スペインで今、人気のあるフラメンコアーティストといえばマドリードで1ヶ月以上のロングラン公演を毎年上演するサラ・バラスを筆頭に、ミゲル・ポベーダ、今年の夏各地の音楽フェスティバルで満員札止めのギターのジェライ・コルテス、そしてこのイスラエル・フェルナンデスなわけで、今回のアルカサルでの公演ももちろん満員。

私は8月にラ・ウニオンのフェスティバルでも見てきたわけなんだけど、その時に比べてこの日は調子が良くないな、というのがまずは大雑把な感想。

会場は世界遺産だし、宮殿の美しいアラブ装飾をバックとした舞台も美しく、舞台からはヒラルダが見えるというのは最高なはず。ビエナルの会場として、ここでいくつも美しいもの素晴らしいものを見てきた。マティルデ・コラルへのオマージュ、パケーラの熱唱…

でもこの日の公演はそういった長く記憶に残るものとはけしいてならないだろう。女性の弦楽トリオ(バイオリン、ビオラ、チェロ)が参加しているのだけど、ごめん、クラシックのプロじゃない私が聴いても上手じゃないというのはよくわかる。耳栓必須の音響のボリュームと愛かってうるさい。続いて無伴奏でのブレリア、イスラエルのピアノでの弾き語りからギターのディエゴ・デル・モラオが登場してのアバンドラオ。そのディエゴのギターもなんかいつもとtがう。え?この日は暑かったし、屋外の公演ということもあってチューニングが難しかったとかあるのかな。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

パッヘルベルのカノンがフラメンコとなんの関係があるのか知らないけど、アレグリアス、メルセも歌ったポピュラーなプロテストソング『アル・アルバ』、ソレア、ティエント、ディエゴのソロでブレリア。ディエゴ伴奏でシギリージャ、ピアノでグラナイーナ、ブレリア…

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たくさん歌ったし、弦楽トリオの他にも3人の女性コーラス、男性パルマ2人、パーカッションにアネ・カラスコ、そしてディエゴと舞台の上に10人のミュージシャン。でも舞台の出入りとか整理されてないし、女性コーラスも自分の出番まで舞台上にいるのに手持ち無沙汰みたいにしてるし、ちょっとカオス。

2年前のアラメーダ劇場の公演での方がずっと良かったように思う。

アーティストも人間、調子の良くない日もあるよね。でも弦楽トリオ、入れるならもっと上手な人にしてください、と思ったことでありました。

2026年9月14日月曜日

ホセ・フェルミン・フェルナンデス『ギターラ・デスヌダ』、ホセ・マジャ『レハノ』

 19時からはトゥリナでギター公演。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

タイトル通り、全くのソロ、歌もパルマも何もない、ギター一本だけでの公演。最初の一音でもうただものじゃない感。音だけですごいギタリストだというのがわかる。最初はロンデーニャ、パコ・デ・ルシアのをマノロ・サンルーカルが演奏したら、みたいな感じ。巧い。そう、巧いんですよ、音も綺麗だし、いろんな要素を詰め込んで、オリジナリティもある。あるんだけど、音数が多く、息ができないくらいに詰め込みすぎで、しかも全体の曲調がブレリアすらも哀調を帯びているというか、どこか悲劇的でずっと聴いていると鬱になりそう、と言ったら言い過ぎかもだけど、オレな瞬間はない。あったとしても音が詰め込みすぎなので口にできない。ビエナルでソロを弾くのは夢だったと語るなど、人間的にも感じがいいんだけど、彼の演奏はすごいことは認めるけど、私はもっと余白のあるフラメンコが好きだなあ、と確認。はい、個人的な好みの問題です。

22時半からはセントラル劇場でホセ・マジャ『レハーノ』。いやすごかった。幕開けの、彼自身が歌うシギリージャからして絶品で、踊り手の余技のレベルじゃなく、うならされる。全身フラメンコなのだ、この人は。そして全身全霊でフラメンコと対峙し、フラメンコを体現していくのだ。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

タラント、カーニャ、カンティーニャ、ブレリア…フラメンコのさまざまな顔を見せながら進み、最後のソレア。これがすごかった。彼の師の一人であるグイトのソレア。心からの敬意が、愛があってこその踊りで、まるで二人で踊っているようで。目線に至るまで細やかに再現されて、フラメンコはこうして受け継がれていくのだな、と、しみじみ感じさせてくれた。

途中から彼自身の振りのソレアになっていくのだけど、それもまた、伝統に学び、自分の表現を作り上げていくフラメンコの歴史と重なるようで胸が厚くなる。

身体づかい、回転。昔ながらの振りや形も彼のよって新しい命と輝きを得るのだ。もうほんと、最高! こういうのを見るとやっぱ私フラメンコ好きだわ、フラメンコが私を元気にしてくれる、って思うんですよね。ありがとうホセ。

音響のボリュームちょっと大きすぎたのと、大汗かいているのに最初から最後まで1着の衣装だけというのだけはちょっと残念だったけど、とにかく良かった。いいフラメンコを浴びることができて幸せでありました。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León