2026年10月4日日曜日

カルメン・リナーレス『ペルラス・ミジャレス』

 カルメン・リナーレスが1996年に発表した『アントロヒア・デ・ラ・ムヘル・エン・エル・カンテ』は、タイトル通り、カンテにおける女性、すなわち女性の歌い手たちの歴史に残る歌唱をカルメンが再現した、CD2枚組の名盤。ペリーコ・デル・ルナールの『アントロヒア・デ・カンテ・フラメンコ』同様、カンテのお手本として後進たちに親しまれてきた。そのアルバム発表30周年を記念したコンサートがビエナル閉幕公演となりました。

1951年生まれというから75歳。さすがに30年前と同じようにはいかないけれど、豊かな知識と経験に裏打ちされた歌唱は、ゲストのマリナ・エレディアが言うように”ダマ・デル・カンテ”カンテの貴婦人の名にふさわしい品格。


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
 

96年のビエナルの時と同じように、ファンダンゴ・デ・ルセーナとロンデーニャで始まる。96年はパコ・コルテス、ミゲル・アンヘル・コルテス兄弟の伴奏だったけれど、今回はパブロ・スアレスのピアノとサルバドール・グティエレスの伴奏で。その後はアレグリアス/カンティーニャス、ティエントス、バンベーラ/ファンダンゴ・デ・ウエルバ(最後に歌ったファンダンゴが素晴らしかった)とつづき、ピアノとギターで、パコ・デ・ルシアの『愛のうた』『シルヤブ』の演奏があり(なぜこの選曲?)、後半はゲストと。ロシオ・ルナとはグラナイーナ、マラゲーニャ、タランタ。マリア・テレモートとはソレア・ポル・ブレリア、マリナ・エレディアとはタンゴ。シギリージャはラファエラ・カラスコの、ピアノ伴奏でのサパテアードのイントロで始まり、歌に入ると顔つきまでシギリージャになるのがすごい。いつもながらにかたちの美しさは屈指。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

そしてブレリアではロシオ、マリア、マリナと次々に歌い、コーラスのアナマリとロサリオも歌い、ラファエラが踊る。カルメンの真紅の衣装は素敵だったけど他はみんなバラバラで、ガラ感もなかったのはちょっと残念。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

最後、アントロヒアの次のアルバムに収録されたトナをカルメンが歌う。ビエナルの生みの親で初代監督ホセ・ルイス・オルティス・ヌエボの作。心に沁みます。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León


その歌詞がいいのでコピペして訳も置いときます。

De vez en cuando la 'vía'
Parece una fantasía, y
Cuando menos lo esperas te da
Lo que más querías y aunque luego se la lleva
Pero no te desesperes, mira
Que ella es así
Mira que cosa es la 'vía'
La 'vía'
Tal como es
Un ramito de ambrosía y en el huerto de la
La hiel
La 'vía' que conocemos
Ay
La 'vía' que tanto amamos
Con sus horitas de dulce
Y sus finales amargos
Ay
時に人生は/夢のようで/思いがけない時に/一番欲しかったものをくれる/その後奪い去るけれど
でも絶望しないで/そんなもの/人生ってものは/人生は/そんなもの/不老不死の花束と苦しみの畑
私たちが知ってる人生は/こんなにも愛している人生は/甘い時間と/苦い最後



ちなみにこちらが96年のプログラム。出演者たちのサイン入っていますが、ご参考までに。


2026年10月3日土曜日

アルフォンソ・ロサ「ヘスト・ミニモ』、サンドラ・カラスコ&ダビ・デ・アラアル『ポエマ・デ・ラ・リベルタ』

 なんてすごい贅沢な夜だったことだろう。20時からはロペ・デ・ベガ劇場でアルフォンソ、22時半からはサンドラとダビ。どちらの公演も今年のビエナル、どころか近年屈指の公演で身体が震えるほどだった。

まずはアルフォンソ。先日のエステベス&パニョスやダビ・コリア同様、とにかくすごい身体能力で踊り続ける彼らに圧倒され、終演後はくらっとするほど。

黒いシャツにパンタロン。バックも黒。床に置かれた小さな灯りに照らされて踊り始めるとやがてその光が上がっていき、音楽のない中踊るアルフォンソとカレン・ルゴ、アゲダ・サアベドラとジョエル・バルガス。舞台の四隅に下がる赤いロープ。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

4人の踊り手が同じ振りで踊っているかと思うと微妙にタイミングをずらしたり途中からその振りを引き継いでいったりと、ソロとも群舞ともいえない形で踊り続ける。靴音や体を叩く音が音楽。フラメンコの伝統的、典型的なかたちや動きをめちゃくちゃゆっくりすることでコンテンポラリー・ダンス度が一気にアップしたりするのも面白い。パズルのように踊る4人。アントニオ・プルガがトナを歌って場に入り、喧嘩をするように踊り、イスマエル・エル・ボラも歌い、リズムで遊ぶ。床をする音で音楽を作りギターが入る。


ファンダンゴからファルーカへ。アルフォンソのソロ。絶品。グイトもマノレーテもペラオもラファエル・デ・コルドバも…フラメンコ男性舞踊手たちのエキスがぎゅっと濃縮されている。真似ではなくそのふりをただなぞっているのではなく、彼らの哲学みたいなものを引き継いで踊っているという感じ。姿勢、姿の良さ、腕や手の位置も五ミリずれたら違うという完璧な位置に絶妙に入る。わお!

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

悶絶してたら続いてソロでソロンゴを踊ったカレン・ルゴがまた凄すぎて比ええ、となる。体幹が凄すぎる。え、その姿勢からそこへ、っていうような動きはコンテンポラリーぽいんだけどでも同時にめちゃフラメンコで最高。

ブレリア・アロマンサーダ?を踊ったアゲダも先日のフアン・トマスとの公演の時よりもずっとよかった。いやこんなに踊れる人だったのねと自らの不明を恥じる。

ギタリストが踊り手に混じって前に出てきて、踊り手たちがギターを弾いているポーズで踊り、その後は音をそのまま形や動きにしたかのように踊る。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León


ジョエルのタラントはパリージョで、カスタネットを使うのはチンチンを使って踊ったフェルナンダ・ロメーロを思い起こさせるし、カルメン・アマジャへのオマージュ風の振りもあり、これもまたすごかった。ジョエルは先日のエステベス&パーニョス『ドンセジャス』にも出演していたけれど、観るたびに成長を感じさせる。若いって素晴らしい。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
そこにアゲダも絡んで美しいパレハを見せる。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

そこからのブレリアがまためちゃくちゃすごくてここで終わりかと思いきや、また最初のパターンに戻る。個人的にはブレリアで終わって欲しかった気もするけど、車輪が一回りした、という感じなのだろう。先日のエステベス&パニョスの公演も最初に戻るという形で終わったよね。

興奮冷めやらず友達と感想語り合いながらセントラル劇場に向かう。

そのセントラル劇場で観た公演をどう表現したらいいのだろう。ひたすら美しく愛に溢れていて、過去を振り返り未来を見つめ…芝居の助けを借りる必要もなく、美しい照明ときちんとした音響(耳栓しないですんだ初めての公演かも。で耳栓無くした😢)で、しっかりカンテを、ギターを、伴奏伴唱者たちのアルテを満喫。



Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León


幕が開くと真ん中にダビがいてギターを弾きはじめる。その繊細で優しい響きに早くも涙。いやあ、なんでこんな風に優しい音が出るのでしょう。そこへ上手のテーブルにつくパルマとコーラスのホスエ・セグラ、ベルナルド・ミランダ、ロス・メジ、パーカッションのリト・マネス、下手のバースツール(というの?背の高い椅子)に座るフアンとベルナルド、パリージャ兄弟も登場。サンドラの後ろに踊り手のホセ・マルドナードが立って帽子を被せる。コルドベスはぺぺ・マルチェーナのトレードマークでもある。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León



ぺぺ・マルチェーナとその時代をテーマに、昔のSPレコードみたいに曲名を言ってから歌う形で、私のようにようにマルチェーナに詳しくない人にも親しみやすくしてくれているのもありがたい。それがレコード収録そのままの形なのか、サンドラ流に変えているのかはわからない。でもその歌い回しの絶妙さに舌を巻く。音程の真ん中を射抜いていく形。完璧。その歌いっぷりに酔い、ダビの決して背中を押さず寄り添い、時に導く伴奏。愛だね。ひたすら美しい音楽。


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

コーラスもただのコーラスではなく、サンドラと絡み、伴唱するし、最後は一人ずつ素晴らしいファンダンゴを歌ってくれた。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

フアンのフルートとベルナルドのバイオリンだけなのに、オーケストラであるかのように厚みが出る。


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

そしてホセ・マルドナード、セビジャーナスやソロンゴを踊る(これまだ体の使い方とか感覚とか最高!)だけじゃなく、その場で根っこと鳩の絵、そして二人のジャケットに目を描き上げる多才さ。

全員総立ちなのも納得。いいもの見るとエネルギーが補充されて元気になるね。幸せになるね。


今年のビエナル、なんかすごい公演多くないですか?



2026年10月2日金曜日

マリナ・エレディア『エン・リベルタ、エル・カミノ・デ・ロス・ヒターノス』、パリージャ兄弟『エレンシア』


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León 


グラナダ出身の歌い手マリナは、ファリャ『恋は魔術師』などで内外のオーケストラと共演も多く、そんなとこから始まった企画で、ヒターノたちの歴史をうたうもの。プログラムに記載はないけれど作曲編曲はホセ・ケベド“ボラ”とジョアン・アルベルト・アマルゴス。数多くのフラメンコたちのオーケストレーションをも手がけている人。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León 

オーケストラをフルに使って厚みのある音楽を作り出し、それに負けない存在感のマリナ。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León 


口跡もよく、ちゃんと歌詞が聞こえてくる。ただ、マイクは使っているもののオーケストラに対し音量が低めだったのは残念。それでもアレグリアス、甘やかなナナ、ブレリア、タンゴとしっかりオケでのフラメンコを堪能させてくれた。プログラムに書いていない休憩を挟んで二部はオーケストラが去り(だから休憩が必要だったのね)、最初は俳優が登場し、一部の歌詞と同じような内容を語り、マリナの乳で歌い手のハイメ・パロンがトナを歌う。下手からエバが登場、舞踏というか、とにかく超ゆっくり、上手へと歩みを進める。舞台中央のマリナが歌いかけ、ファルーカ。ざんばら髪で、タフタ地のような張りのあるバタ・デ・コーラ、顔がほぼ見えない照明の暗さもあいまっておどろどろしい。ファルーカぽいブラソとかもみせるけど、女性らしい動きもあったりで不思議な感じでございました。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León 

その後、エセキエル・モントージャとのデュオでフラメンキート、すなわち伝統的なフラメンコ曲じゃない、ポップ風フラメンコ風曲を歌い、そこですでに21時45分となり、私は退出したけど最後はルンバだったそう。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

タクシーが案の定捕まらず徒歩35分でアラメーダ劇場到着。パケーラの伴奏で来日もしたパリージャ・デ・ヘレスの兄のギタリスト、フアン・パリージャの息子でフルート奏者のフアンとバイオリン奏者のベルナルド。アントニオ・カナーレスやホアキン・コルテスらの舞台に欠かせなかった彼らの音楽が初めて主役となってビエナル登場。フアンはコルテスの音楽監督だったけど、他にもマノロ・サンルーカルカル、カルメン・リナーレスらとも共演している超実力派。今年の2月、ヘレスのフェスティバル直前にヘレスで行われたコンサートもめちゃよかったので期待大。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León


オープニングはモライート・チーコに捧げたブレリア。フルートかっこいい。次はゲストのルビオ・デ・プルーナとタンゴ。ルビオは声がめっちゃフラメンコ。ギターはクーロ・カラスコ。


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

そしてソレアはホセ・エル・ガトのキーボードからはじまる。かっこいい。フルートのソロが入り、バイオリンが歌い、ギターのファルセータに続いてルビオ。良き。ベルナルドのタンギージョ。

『シンコ・トレロス』のメロディが始まりディエゴ・カラスコ登場。ディエゴは歌わず朗唱。そこから『アルフィレレ・デ・コローレス』へ。フィエスタ番長健在。


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

アレグリアスはフアンの息子でエレキギターのマヌのソロなどもあり、そのマヌのソロで始まるファルーカは速度の変化に加え、メロディにどこかピアソラ風味もあって面白い。フアンがひいおじいさんフアニチ・マニヘーロのカンテとサビカスやアルトゥロ・パボンのファルセータが入っているというけど「ララ(おかしな)」と紹介したシギリージャにはルビオとクーロも再び加わる。確かに伝統的な重厚で厳格なシギリージャではなく超速でライトな面もあるのだけどルビオの響きが伝統の中へと引き戻していく感じ。フアンは舞踊伴奏をすることも多いのでそういったものが反映されているのだろうな。

ジャズのテイクファイブのブレリア・バージョンがめっちゃかっこよくて、そこにフアンのフルートでカルタヘネーラが入ってくるのとか、最高でございました。

最後はディエゴ・カラスコも舞台に上がりブレリア。ディエゴの『ホセ・モンヘ・クルス』で盛り上がったところにディエゴが「20歳になったばかり」とカレーテを呼び込んで、おんとし86歳、でも衰え知らずの御大が踊る。アルテ!

アルテで舞台がいっぱいになる。フラメンコ楽しい!

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

締まりかかった幕を開けて踊り続けようとするカレーテ。いやあ、楽しかったです。

でも作品としてあちこちで上演するためにはもう少ししっかりした構成が必要かも。中身は悪くないのに見せ方でとっ散らかってしまった感。音響もひどかったしね。







2026年10月1日木曜日

マイテ・マルティン『アルケロヒア・デ・ロ・プーロ』

 20時からロペ・デ・ベガでマイテ・マルティンのリサイタル。

ギターのホセ・ガルベスと舞台には二人きり。昔ながらのスタイルで、マイテの繊細な熱唱を堪能できるものと思ってた。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

残念ながらマイテも人間だから、調子の悪い日もあるのだろう。でもそれにしても、で、ある。声が出てない。写真を見ていただけるとお分かりのようにずっと3階席に向けて歌っているかのよう。普段はこんな風に歌わない。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

マイテといえば完璧な音程で絶妙な節まわしを繊細に聴かせる人って思っていて、それを聴きにいったつもりが、音程が以前の彼女とは別人のように不安定で、いや、それでも多くの歌い手たちの中ではあっている方と思う人もいるかもだけれど、メロディも微妙に違ったり、レトラが聞き取りにくかったり、っていう感じで、またタンゴやブレリアも非常に間延びしたテンポで、キレがない。どの曲を歌っても同じ調子で、曲の性質、たとえばシギリージャの厳格さやブレリアの熱、カンティーニャの軽快さなどが見えてこない。

また伴奏もどれだけ音を少なくするかに挑戦しているのですか?ってくらい弾かない。私は音詰め込む演奏よりは余白を残した演奏が好みとはいえ、物には限度っていうものがある。伴奏は歌をサポートするものだけど、歌に従うだけじゃなく時にリードするものって思うんだけど、彼は従うばかりで導くことはない。マイテはギターも弾く人だから、彼女がそうさせているのだろうとは思うけど。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

というわけで美しい劇場で悶々とした1時間半?でございました。

2026年9月30日水曜日

ダビ・コリア『バベル』

 すごい!すごい!すごい!

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

ダビ・コリアがやってくれた。またまたものすごい作品を作り上げた。2020年『ファンダンゴ』に続いて、世界中のオペラハウスでも上演できるだろうできるんじゃないかという非常にクオリティの高い作品。最初から最後まで皆で踊り続け、息もつかせぬ、ものすごい密度でつくりあげているので観ているこちらも過集中じゃないかと思うくらいにを観ていたので終演後は足取りがフラフラするくらいに疲れ果てた。

どこかオリエントな響きのサックスで幕が開くと上手には照明が組み合わされたタワー。薄明かりの中、肩の上に立った人がゆっくり下手から上手へと動いていく。肩車された女たち。洞窟の奥深くのような響きで聞こえるダビが歌うソレア・アポラー。「Se hundió la Babilonia, porque le faltó el cimiento」バビロンが倒れたのは基礎が足りなかったから

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神へ近づこうと高い塔を建てようとしたことが神の怒りを買い、それまでひとつの言語だったのが違う言葉を話すようになった、というバベルの塔の話をテーマに、ダビは地元セビージャのルシア・ラ・ブロンセだけでなく、アルゼンチン出身のフェデリコ・ヌニェスや日本の瀬戸口琴葉らにも声をかけ作品の制作が始まったこの作品は、3月にヘレスのフェスティバルでワーク・イン・プログレスという形でも上演された。が、その時からはメンバーも、展開もだいぶ変わって、より完璧な作品となっている。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León


光の塔を崇める宗教儀式のような動きが繰り返される群舞の中にダビ・コリアもいて、そこから残ってソロを踊る。そう、もちろん彼のソロもありはするのだけど、自分が主役、自分と軍部は別、というわけではなく、彼も群舞の一員となって同じ振りを踊っている場面もたくさん。迫力のある群舞は、個々の力ももちろんだけど、そういった彼の姿勢と振り付けの力だな、と。アルトサックスやエレキベースのどこかオリエントな響きの音楽と音程が一ミリも狂わないダビ・ラゴスが歌うフラメンコ(カーニャ、ソレア、ロマンセ、ブレリア…)が混在するのだけど、そこに山田あかりさんが歌う子守唄が流れたり、琴のような響きをサンプリングして生演奏したり、他の言語(アラブ語?ヘブライ語?)の曲が入ったりという音楽も違和感なく、フラメンコだけでなく民族舞踊やスペイン舞踊、コンテンポラリーなど様々な技術を使って美しい形と動きを見せる振り付けも素晴らしい。そして照明!これがまたすごい。美しい形と動きをより美しく見せてくれる照明の力。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura Leónl

ムービングライトが照明としてだけでなく舞台美術、いやもはや出演者のように使われるなど、音楽でのループやサンプラーなどもそうだけど、テクノロジーの進化をしっかり取り入れて芸術性を高めていくというのもすごい。その意味で、歌や舞踊というのは人間がその肉体で表現するというある意味とてもプリミティブなものだと思うのだけど、力を合わせることで更なる高みへと上がれるのだ。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

群舞の中では同じ振りを踊っていても、腕の形とか、センティードとか、細かな表現が秀でているルシア・ラ・ブロンセにどうしても目がいってしまったけれど、瀬戸口もフラメンコ舞踊専門で、スペイン舞踊やバレエの経験はないと思うのだけど、よく踊っていた。最後、ソロでちょっと踊ったブレリアもアイローソで、良かった。そう、群舞の一人一人にもそれぞれ見どころが用意されている。

でもやっぱり群舞が最高で、笛と太鼓(サンプラー)で踊るセビジャーナスもすごかった。天才。群舞はギリシア演劇のコロスのようでもある。

ダビの歌を踊るダビに酔い、
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

いろんな言葉での叫びつつの最後までオレな瞬間はたくさんあったのだけど叫ぶのは憚られる雰囲気で、小さくなる自分の中にオレ。

そうだよね、フラメンコ、舞踊、音楽という共通の言語が私たちにはある。そしてみんなで高みを目指すのだ。よりよくなろうと日々をおくるのだ。

作品の成功の要因はダビ・コリアが一人で何もかもやろうとしないで、各分野の専門家の協力を仰いでいることだな、と思う。振り付けのメインはもちろんダビだけど、協力でラファエラ・カラスコやフロレンシア・オス、出演もしているフェリペ・シビオ(チリ出身)の名があり、コンテンポラリーのルス・アルカスもミラダ・エステルナということから客観して意見を言ったのだろう。ドラマツルギーは劇作家アルベルト・コネヘロだし、こういう一流どころに依頼するのがすごいな。
あー本当によかった。
ヘレスのフェスティバルかどこかでもう一度見られるかな。

2026年9月29日火曜日

ファルキート『セラ・ファルキート エル・ムシカル』

 

「ファルキート観に行く、ってワクワクするんだよね」って友達が言った。わかる。わかりすぎる。ファルキートは特別。彼の作品にどれだけ期待裏切られても、またウキウキした気分で公演の日を待ってしまうのであります。正直、彼の“作品”に感動したことは無い。でも彼の踊りに感涙したり、ほんのちょっとした動きに悶絶したりしたことは山ほどある。たとえば2016年のラ・ウニオンでの公演。今でも思い出す、あの鳥肌感。でもね、劇場公演のために制作した作品は、その中にいい踊りやはあとさせられるいい瞬間はあっても作品としてはどうもなあ、というものばかりな気がする。

今回も、作品としてはなんだかなあ、という感じしかないけれど、一瞬、おっ!と思った瞬間はあったのでそれでよし、と自分で自分に折り合いをつけるのでありました。

開演前から幕は空いていて舞台の上を出演者たち、主に群舞の女性たちが行き交う。どういう意味があったかは不明。今回の公演は踊りでみせる自伝的作品ということで(以前も似たようなものがあったな)、タイトルも自身のドキュメンタリー映画からきているのだと思う。開演してすぐは歌無しで彼女たちのブレリア。そこに息子フアンも参加。これがプログラムにある”第一幕サングレ、血筋”で、子供の頃からフラメンコに囲まれてたってこと?

”第二幕学び”なのでしょう、バックにファルーコが教える様子のビデオが流れて、ご本人登場。ソレア。でもなんだかいつもの調子が出てない?そこからお得意、カンシオン風へ。副題のミュージカル、っていうのはそういうことなん?うーむ。ファルキート、自作のフラメンコ風味のカンシオン歌うのも踊るのも好きだもんね。テーブルの上で踊るのもなんかよくやっているイメージ。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

ハーモニカの音楽、ニューヨークの風景で、旅行鞄持って息子と二人で踊り、”第三幕世界”へ。帽子かぶってキラキラのジャケット着てマイケル・ジャクソンなファルキート。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

踊りの途中で舞台前面に行って止まって拍手待つところとか、派手な照明とか、なんか色々ホアキン・コルテスで(小名さんはコルテスのやってた人みたい)、たぶん、彼は自分のファミリーとホアキン・コルテス、パコ・デ・ルシアのステージくらいしか観ていないんじゃないかな、と思う。コルテスが世界的人気で日本でも東京フォーラムのホールAとか大阪城ホールとかでやってたのはほんと今考えてもすごいことだったと思うけど、前世紀のお話。あれからフラメンコは見せ方も踊りも色々変わってきているのだけどきっとそれを少なくとも生では観ていないんじゃないかと。いや、各自それぞれの好みややり方でいいんだけど、今の観客に、こういう作品、どううつるんでしょうね。

”第4幕影”は座って頭を抱えるというわかりやすい仕草から、シギリージャで。映画でも扱った轢き逃げ死亡事故とその後の服役などのイメージなのでしょう、なんかちょっとレブリハーノの歌ったガレーラ(囚人が漕ぐ船)ぽい音楽とかもあって微苦笑。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

赤いジャケットでのファルーカを父、息子と踊りついだあと、突然客席に向けた光の洪水の中、歌うファルキート。はいはい、ミュージカルですね。神様になったんでしょうか。


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

でこの後結婚式の場面になり、ここで冒頭でお話した一瞬が訪れたのでありました。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

ちょっとした足運びの間合いの良さ、かっこよさに悶絶し、もう他はどうでもいいやとなったのでありました。アルボレアにセビジャーナス、で幕、だったかな、いやもうあの瞬間見られたら私のとってはあとはどうでもいい。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

どうでもいいんだけど、やっぱ気になったことひとつ。彼は伝統的な男性用のフラメンコシューズ、ショートブーツではなく、甲が覆われて踵が高めの靴を履いて、靴下も見えないので、パンタロンと靴の間に肌色が見えちゃうんですよね、これ、流行りなのか、他の人でもいるけど、見た目良くないと思うんですけど。足と脚がバラバラになってるというか、腕輪ならぬ足輪しとるんかい?って感じで。今の感覚だと、これがオシャレになるんでしょうか。わかんないわ、その感覚。




2026年9月28日月曜日

ダニ・デ・モロン『クアドロ』、エステベス&パニョス『ドンセジャス』

 19時からはダニ・デ・モロンをサラ・トゥリナで。


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

一曲目のブレリアから、下手にパルマのロス・メジ、上手にイスマエル・エル・ボラ、アンパロ・ラガレス、セルヒオ・コロラオが並んで、パルマでサポート。ギター公演だけど、ソレアやカンティーニャス(ボラ最高1)、ロマンセ、ファルーカなど歌い、トナとタンゴでクラウディア・ラ・デブラが踊り、と盛りだくさんで、2時間。全くのギターソロというのは一曲もないし、変化はあるから楽しめたけれど、でも2時間はやはり長すぎた。特に後半のタンゴ、最初、ギターなしで踊り途中からギターや歌も入ってとなるのだけど、同じような振りの繰り返しが多く、そんなにも長く続ける意味がわからない。

ダニのギターは、伝統的なメロディから遠く離れているようなのに、しっかりフラメンコ。すごくオリジナル、ということなんだけど、たとえば伝統的なメロディを歌うカンテの伴奏にこういう演奏が来ると、最初は耳が慣れていないから最初ちょっと抵抗があるんだけど、聴くと嫌、これすごくあっているじゃん?なんで?ってなるのであります。

ティエントやファルーカはアンダルシア舞踊団『ピネーダ』のだと思うけど、ダニは作曲家としても素晴らしい音楽で様々な作品を彩ってきていることを思い出したり。最後、感極まって本人涙ぐむなどもあり、暖かな気持ちで(お尻は痛いけど)劇場を後にしたのでした。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

22時半からはセントラルで、エステベス&パーニョス・イ・コンパニアの『ドンセジャス』。今年のヘレスのフェスティバルでの初演を観て気に入ったので再見。

フラメンコギターのソロを確立した人としても知られるギタリスト、ラモン・モントージャの人生と音楽を、フエルガで描いていくもの。

舞台奥でラモン・モントージャの代表曲ロンデーニャを生演奏するアレハンドロ・ウルタードを聴いて、それぞれに反応するオープニングから、ギタリストが舞台手前に後ろ向きに座り、ダンサーたちが客席を向いて同じように踊るエンディングまで、

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

舞台で繰り広げられるフィエスタは祝祭的に踊ったりはもちろんのこと、酔っ払ったり、らりったり、ケンカしたり。それが全て舞踊で描かれる。モントージャが伴奏したアントニオ・チャコンの録音が登場したりもするけれど、9人のダンサーはそれぞれにバレエやコンテンポラリー、スペイン舞踊、フラメンコと得意種目を持ちながらも基本何でも踊れるから、舞台はものすごいことになる。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
終演後、話してた友達が、アスリートだよね、って言っていたけどほんと、その通り。飛んだり跳ねたり、回ったり、すごすぎた。

で、ラファエル・エステベスのフラメンコがこれまたすごくて。病気もあって太ってしまっても、体型とか関係なく、この美しいコロカシオン!間合いとかもオレ!

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

とにかくフラメンコオタクなラファエルのことなので、いろんな情報(時代をイメージさせる、ちょっと暴力的なシーンや当時流行りのチャールストンなど)が盛り沢山だし、みんなめっちゃ踊るので、見ているこちらもまるで一緒に踊ったかのように疲れた気もするけど、心地よい。

なお、私が一番好きなのは最初の方にある、民族舞踊を組み合わせた場面。男ばかりの群舞、やっぱ大好物。宴に女が入ると違う方向へ話が進んでしまうから男だけにしたんだろうけど、だから純粋に酔っ払い楽しみつくす宴となったのでありましょう。

あー面白かった。

なお注目の公演だけあって、ロシオ・モリーナ、ラファエラ・カラスコ、アナ・モラーレス、ピニョーナ、イニエスタ・コルテスら踊り手たちもたくさん見に来ていました。