2026年5月23日土曜日

ノエリア・ルイスen トーレス・マカレーナ

 いやあ、良かった。行って良かった。5月のセビージャはフラメンコ公演が目白押しで、22日金曜はセントラル劇場でエバ・ジェルバブエナ公演があったのだけど、エバの同タイトルの作品はヘレスでも観たし、それよりセビージャでソロで踊るのを観る機会がない、ノエリアを観たいと思ったのでありました。

2021年劇場の客席も1席開けて座るようなコロナ禍の中、セビージャのマエストランサ劇場で初演された『エスタンパス・フラメンカス』の中のバタ・デ・コーラにマントンでのカラコーレスの中でソロを踊っていたダンサーが素晴らしく、でも誰かわからず、マリベル・ガジャルドに名前を聞きに行ったのが、彼女を知るきっかけでした。

1997年マラガ生まれ、地元のコンセルバトリオで学び、国立入団は2019年、ルベン・オルモ監督になってのオーディションで、というほぼ新人にも関わらず立派なソロを踊っているということにびっくり。かたちの美しさ、バタをはじめとした確かな技術、押し出しの良さ、とどれをとっても一流だったのです。

2021年4月のスペイン国立バレエ団公演でのノエリア

その後も、国立バレエ団公演で、プリンシパル、エステル・フラードが踊っていた役や、ゲストプリンシパルを務めたパトリシア・ゲレーロが主演した『ラ・ベジャ・オテロ』を踊るなど、フラメンコ作品に欠かせない存在として活躍しています。マドリードではタブラオにもよく出演しているようですが、セビージャでこれまで彼女のソロを観る機会は私が知る限りありませんでした。

公演は日本でもお馴染みパコ・イグレシアスのギターソロでのマラゲーニャに始まり


国立バレエの歌い手でもあるガブリエル・デ・ラ・トマサのカンテソロでソレア。これが良かった。トリアーナのそれあの難しいメロディラインを正確にしかも感情を込めて辿っていくのに引き込まれる。

これまで何度も、舞踊伴唱で、ソロで、と聴いているんだけど、一番良かった。

舞踊はタラント。シンプルな衣装(茶色系とかならより良かったかも?)で抑制されたタラントらしい表現を最初から最後まで筋を通す。芝居がかっているというわけじゃないのだけど、彼女自身がタラントという曲の中に入り込んで踊っているという感じ。

そう、これこそタラント!私が観たいのはこういうタラント。オーソドックスで形の美しさが天下一品。




休憩を挟んでの二部はカンテソロでファンダンゴから

一曲づつ歌い、フアン・ホセ・アマドール“ペッレ”がギタリストに調性を変えて歌った後、客席からガブリエルの父、ホセ・デ・ラ・トマサがひとふし。豪華な飛び入り出演。


そしてアレグリアスはバタ・デ・コーラで。



バタのコントロールも絶品。




ペーニャの楽屋は下手側にあって、そこから客席の通路を通って舞台に出ていくのだけど、その舞台に向かう足取りからもう舞踊になっているのが素晴らしい。おp取手によってはつかつかと普通に歩いてきて舞台に上がってから踊りが始まるのだけど、舞台へあがる足取りもタラントならタラント、アレグリアスならアレグリアスのアイレになっている踊り手は本物のアルティスタだと思うのであります。

この日はいつもより観にきている踊り手が少なかったのは本当に残念だったけど、フィン・デ・フィエスタには水曜日の主役マヌエルが舞台に上がりました。


あー、昨日のマヌエラといい、やっぱいいフラメンコ観ると元気になりますね。





2026年5月22日金曜日

マヌエラ・カラスコ『マヌエラ』

カハソル財団のフエベス・フラメンコス、今季のトップバッターはマヌエラ・カラスコ。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol



言わずともがなの女神マヌエラ様カラスコ様。マヌエラエラはムーチャ・マヌエラ。そこにいるだけでフラメンコ。我々下々の民はその足元にひれ伏すしかない。

何故かエンリケ・エストレメーニョが不在で、歌はマヌエル・タニェとフアン・フアネロだったんだけど、夫ホアキン・アマドールを亡くして以来、ペドロ・シエラのギターでの伴奏でも彼女は彼女であり続けるように、彼女の舞台に不可欠な存在であるエンリケがいなくとも、彼女のアルテには一点の曇りもない。

そりゃ、より年並み、往年よりは背筋が落ちてるかもとか、思う瞬間がないではないのだけど、それを補ってあまりあるエネルギー、パワー、存在感、カリスマ、アルテで、観ているこちらもパワーアップされるのだ。

オープニングはハレオ。マントンも衣装も豪華で(頭の花はもう少し控えめでもいいようにも思うけど)、ただそこにいるだけでも豪華な存在であるマヌエラがより際立つ。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol


セビージャの若手、ペテーテとミゲル・エル・ルビオが、かつてのイスラエルとラファエル・カンパージョ、マヌエル・ベタンソスとアンヘル・アティエンサのようにマヌエラに従者のように脇にひかえ、求めに応じリズムを支える。

タニェのマラゲーニャ(任に合わない気が)に続きペテーテのソレア・ポル・ブレリア。やる気満々。
©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol



フアンのティエントに続きルビオのアレグリアス.これがよかった。詰め込みすぎず、いい間合いをとってバシッと決める。緩急の呼吸はフラメンコに必須。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol


そして最後はこれ以外にはないよね、マヌエラのソレア。フレコが体を斜めに横切るようにつけられた真紅の衣装。凝った照明や装置も何もいらない。彼女自身がアルテそのもだからそれだけで極上の空間となり、最高のフラメンコ。





なんかもう偉大すぎて言葉もない。67歳。引退って話もありましたが、気が向いた時だけでいいので舞台お願いします。マヌエラのフラメンコ、ずっとみていたい。


2026年5月21日木曜日

マヌエル・モンテスen トーレス・マカレーナ

 今年、ヘレスでのエステベス/パーニョス公演に出演していたマヌエル・モンテスを観にペーニャへ。

1997年コルドバ生まれ。地元の教室やコルドバとマドリードのコンセルバトリオに学び、エステベス/パーニョスが監督を務めていたアンダルシア舞踊団などで活躍し、現在はセビージャのタブラオなどに出演している実力派。

真っ暗な中舞台に進み、舞台中央の椅子に座ってギターを弾き始めるフアン・アンギータと背中合わせで座り、ギタリストの肩越しにのぞいたマヌエルが満面の笑顔だったので、あ、アレグリアスだな、と。予想的中。

丈の短いジャケットに、腰高のズボンというアンダルシアの伝統的な衣装で踊り始める。細かいサパテアード、力強いゴルぺ。


ギターソロ
終わるとギタリストは引っ込み、歌い手二人、ペーニャのレギュラー?と思えるくらい最多出演のガジとラビ。トナー。そこへ黒い衣装に着替えたマヌエルが登場してマルティネーテ。

曲を普通に踊るというのはいつもタブラオでやっているから、一人だけの舞台ということでテアトロみたいにしたかったのかもしれません。

凝った?サパテアードとかうまい。若いパワーで、ぐいぐい行きます。

休憩を挟んだ二部はカンテソロに始まり、ソレア。


この日の3曲のうちでは一番踊り慣れているのか曲としてのまとまりもいい感じかな。若い人あるあるで、色々詰め込みすぎなところはあるけれど、あまり動かずに踊ることもできてくればもっとよくなるように思ったことでした。地力はあるから。

フィン・デ・フィエスタでは来週水曜日に踊るウーゴ・アギラールも踊っています。ヘレスでの兄弟公演も良かったから期待大!




2026年5月20日水曜日

ビエナル記者会見ロペ・デ・ベガ劇場公演出演者

 5月19日、ロペ・デ・ベガ劇場前のレストランにて、今秋のビエナルで、ロペ・デ・ベガ劇場で公演を行うアルティスタたちによる記者会見/談話会が行われました。



セビージャ市立のロペ・デ・ベガ劇場はマエストランサ劇場ができるまではバレエもクラシックもジャズも全部ここで行われていたたセビージャを代表する劇場。1929年セビージャで行われたイベロアメリカ博覧会のために作られ、長年、さまざまな公演が行われてきました。もちろんフラメンコ公演も多く行われ、ビエナルも1980年の第1回から主な会場の一つとしてあまたの感動を与えてくれましたが、2023年秋より改装工事のため閉館しており、24年のビエナルでは、会場として使われることがありませんでした。現在も工事は続いていますが進捗状況は良好とのことで、9月12日、ピアニスト、ドランテスの公演でこけら落としとなる予定だそう。他にもアルカンヘルやアントニオ・レジェス、マイテ・マルティン、アウロラ・バルガスとバルガスとフアナ・アマジャ、ラファエル・リケーニ、そしてマノロ・マリンとアナ・マリア・ブエノが出演するセビジャーナスの公演も行われます。

記者会見の模様をビデオにしたのでよければどうぞ。最後、アントニオがちょこっと歌っていますよ。司会を務めているのはビエナル監督ルイス・イバッラ。元々ジャーナリストということもあるのでしょうが、いつもあんちょこなしで見事な司会を見せてくれます。





パストーラ・ガルバン『6タクシ6』

 舞台の上には二脚の椅子。歌い手もギタリストもいない。タイトスカートにドラッグクイーンのようなあげぞこの派手なブーツで現れ、客席を見渡し、手でハートマークを作ってみせる。

華やかな衣装も、アクセサリーもない。プログラムには、ローマ、コパカバーナ、カサブランカ、トランシルバニア、ヌエバ・オルレアンズ(ニューオリンズ)、トリアーナと6つの都市の名とその地にちなんだ曲がプログラムには記されていて、タイトルもそういうことなのだろうけど、実際にその曲がかかってその曲の中で踊ったりもするのだけど、その曲と曲がないところで時に自分で歌ったり、後半登場するラモン・マルティネスのパルマで踊ったり。一つのテーマのまとまった作品というより、コント集のような感じ、といえば伝わるかな? 

タクシーと叫んでタクシーを止める仕草をする。椅子に座って安全ベルトを装着する仕草。軽やかなカルロタズギャロップの曲は映画『8 1/2』の曲だけど、ハチャトリアンの剣の舞にも似た感じで、確かに街を行くタクシー感がある。座ってイタリア語を話し始めるパストーラ。 という最初の場面は芝居がかってて、先日のロシオ・モリーナじゃないけど、演劇に行くのか?と思わせたけどそれは危惧で、音楽は音楽、でも彼女は自分でリズム作って踊る踊る。

靴をスニーカーやぺたんこの靴、パンプス、かかとの高いブーツと履き替えるだけで衣装替えも何もないんだけど、目が離せない。音楽がなくとも彼女の踊りはフラメンコ。

 ©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol

そう、フラメンコは一人でもできる。

でも後半、ラモン・マルティネスが登場することによって明らかに作品としてもフラメンコとしても厚みが増し、より良くなったのも確か。

タクシー運転手となって、ラジオのチューニングを口でやったり、テキエロ、愛してるを各国語で言ったり歌ったり、ユーモアたっぷりに相手役を務めた。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol


パストーラ・パボン、ニーニャ・デ・ロス・ペイネスのセビジャーナスをカスタネット付きで、でも基本の振り付けとは全く違う感じで踊って幕。

いやいや、舞台見てて、色々思い出しましたよ。

タイトスカートは、マリア・パヘス舞踊団時代、『ラ・ティラーナ美術館の亡霊』で履いてたのを思い出したし、背番号を指さすような仕草は『フランセサ』という、フランスをテーマにした作品を思い出させる。最後のセビジャーナスは、大昔、イスラエルと踊った、イスラエルが全然動かないセビジャーナスやこれも昔、ルベン・オルモと共演してたことを思い出させたのでした。過去をめぐるタクシーだったわけでもないだろうけど。

結論。フラメンカは何をやろうとフラメンカ。ロシオしかり、パストーラしかり。

2026年5月17日日曜日

正木清香、三枝麻衣、瀬戸口琴葉en トーレス・マカレーナ

エミリオ・マジャ率いる日本人バイラオーラたちのグラナダ、ヘレス公演に先駆けて、同公演出演のため来西中の正木清香と三枝麻衣がセビージャ在住の瀬戸口琴葉とペーニャ、トーレス・マカレーナに出演。

金曜日ということもあってほぼ満席。

クーロ・バルガスのギターソロで幕を開け、正木はティエント。歌はガジとラビ。

真っ直ぐな、真面目なティエント。



タンゴでもっと変化つけてもいいかもしれない。トップバッターだったから緊張してたのかな。

続いて、スペインで踊るのは初めてという三枝麻衣。ソレア。

ソレアらしい重さの表現もちゃんとしているし、ムシコたちを引っ張っていく力もある。


休憩を挟んで二部はカンテソロでは珍しいロンデーニャから始まり




瀬戸口はソレア・ポル・ブレリア。髪をお団子に結ってくれているのが嬉しい。そうです。セビージャはお団子! いや、セビージャで踊るなら絶対おだんごってわけじゃないけど、セビージャにいるならセビージャらしいあつらえを、って思う私は昭和かも。
以前に見た時よりもずっと力が抜けて、歌をギターを満喫して自由に踊っている感じで、何より楽しそう。踊りがただ上手なだけでなく表情が出てきた、という感じ。さすがです。

フィン・デ・フィエスタでは会場に見にきていた遠藤郷子や中原潤、萩原淳子も参加。遠藤の歌は観客を驚かせていたし、中原も姿勢が良くなってるし、セビージャ留学の効果はテキメン。萩原はもう貫禄。日本のフラメンコもレベル高い。



今回ちょっと気になった衣装のことはまた改めて書きますね。


2026年5月15日金曜日

訃報/エル・カブレーロ

 歌い手、エル・カブレーロが5月13日、セビージャ郊外の病院で亡くなりました。81歳でした。

本名ホセ・ドミンゲス・ムニョスは1944年10月19日セビージャ県県アスナルコジャールの生まれ。カブレーロとは山羊飼いのことで、その名の通り、子供の頃から山羊飼いを職とし、ラジオでフラメンコを聴いて学んだと言われます。 70年代にセビージャの劇団、ラ・クアドラの作品でプロとしてのキャリアをはじめ、75年に初録音。80年にはコルドバのコンクール、ソレア部門、マラゲーニャ部門で優勝し、80年代、90年代は各地のフラメンコ・フェスティバルを主に活躍。得意のファンダンゴでは社会的政治的テーマを歌うことも多く、高い人気があった。

黒いシャツに黒いズボン、カーボーイハット(のようなツバの広い帽子)と首に巻いたチーフがトレードマーク。パワフルな声で歌う彼はフェスティバルでカマロンと並ぶほどの人気で、観客の熱狂を昨日のことのように思い出します。パセオ誌で活躍した写真家の高瀬さんはカブレーロのブレリアが好きだったなあ。

2020年に引退、その後脳梗塞を患ったそうです。



合掌。

彼についてのドキュメンタリーがYoutubeで無料で見られます。



これ観ていると、音程いいし、ファンダンゴだけでなく、ファルーカなんかも歌っているし、レパートリー広かったんだな、と。ただフェスティバルでは数曲しか歌わないから、ファンダンゴとブレリア主体になっていたんだろうな、と思うなど。スペイン語母語じゃないこともあってか、ファンダンゴ苦手だったんだよね、あの頃。