| © Festival de Jerez/Esteban Abión |
志風恭子のフラメンコ 最前線
スペイン、セビージャ在住フラメンコ研究家による最新のフラメンコ情報
2026年3月6日金曜日
ヘレスのフェスティバル14日目マリア・モレーノ『マグニフィカ』
2026年3月5日木曜日
ヘレスのフェスティバル13日目夜へスス・カルモナ『テンタティボ』
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ヘススはいつもながらにすごいんだけど、とにかく情報量多すぎて少々辟易、余白がなくて、オレが出る場所もない。詰め込みに詰め込んだ感じというか。
オルーコとヘスス・カルモナ。コンパスにもテクニックにもアルテにもいろいろありますね。
ヘレスのフェスティバル13日目午後ホセ・マヌエル・ラモス“エル・オルーコ”『パトロン』
ロシオ・モリーナやエバ・ジェルバブエナなどの舞台でパルメーロとして活躍しているエル・オルーコが、ロシオやエバの手も借りて(共同演出として名前が掲載、ロシオは出演も)挑んだ作品。
ヘレスのフェスティバル18時30分開演の作品は、20時30分から次の公演もあるということもあって基本1時間、マックスで1時間10分と決まっているのだけど(本人が記者会見で言ってた)、それを大幅に超える1時間半の作品となってしまったくらい、力が入った作品。おかげで後半は時間が気になって舞台に集中できないという。
これは、ビジャマルタ劇場でやるべき作品でしたね。ゲスト出演者も多いし。作品としてはちゃんと構成されているのだけど、要素が多すぎ、その場面場面が長く、というのは初演ということもあってコントロールできてないんでしょうね。多分再演時にはずっと良くなっているんじゃないかと。
始まりを思い出すこどもと語り
メトロノームでのリズム遊び、
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師匠トロンボとの机とドミノでのリズム遊びからのトロンボのカンティーニャ
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赤い糸で結ばれた妻カロリナ“ラ・ネグラ”と出会い、
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カロリナのソロでソレア。
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机でのリズム遊びからのロシオ!
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これで終わりかと思いきや歌い手3人のロンダ・デ・トナからのシギリージャ
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そしてまた最初のように椅子に座って、メトロノームのリズムでりんごかなんかをナイフで切りながら食べるオルーコでおしまい。
オルーコの地に足がついた踊りはちょっとした回転の終わりのとことか、オレ!がもれ出てしまうようないいデテールがたくさんで、ファルーコ系の大人の男のセビージャの伝統を感じさせてくれるし、トロンボやカルメンも昔ながらの伝統を受け継いで自分だけの世界を作っている。ロシオはもう天才だし、カルメンとロシオの間に踊ったカロリナの重圧やいかに。
それもいいギター、いい歌、いいパーカッションがあってこそ。。フアン、カンパージョ、ぺぺ・デ・プーラ、ホセ・アンヘル・カルモナ、ペチュギータ、パコ・ベガ。いいフラメンコがあってこそだな、と思ったことでした。
2026年3月4日水曜日
ヘレスのフェスティバル12日目サロメ・ラミレス『パロ・コルタード』
2026年3月3日火曜日
ヘレスのフェスティバル11日目ダビ・コリア『バベル(ワーク・イン・プログレス)
現代スペイン舞踊なのかスペイン現代舞踊なのか。フラメンコや旧来のスペイン舞踊の言葉だけでなく自由に身体の言葉を使い組み立てた作品。初演は7月フランスで、とのことなので、これからもまだ変わっていくのだろうが(ダビは以前、ワーク・イン・プログレスで公演したものと出来上がった作品がかなり違うということがあったし)、現時点での作品が持つメッセージは伝わってきた。私的結論はみんな同じでみんな違ってみんないい。
今回は人が店に届かんとする高い塔を作ったことで神が怒り塔を壊し、罰として人々は違う言語を話すようになってしまった。という旧約聖書のバベルの塔の話をモチーフにして、ロシア、日本(瀬戸口琴葉)、アルゼンチン、イスラエル、アメリカ、そしてスペイン出身のダンサーを起用。ダビを含めた総勢8人。
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高みを目指して、肩に乗ってでも登って行こうとする人たち。それが叶わなくて、地に倒れても起き上がり、共に歩み、共に前に進む。個々の叫び。みんなで一つになって作る形。
コンテンポラリーの作品?て思うような動きも多いけれど、サパテアードなどフラメンコの技術を、パーカッションとしても効果的に使い、ダビ・ラゴスの歌声が沁みる。
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ダビ・コリアのソロもあるけれど各ダンサーもちょっとした見せどころがあったえ、ダビが圧倒的な主役で、あとは群として扱われているわけではなく、コリアも群の一人ともなる。
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グッと凝縮された時間空間。これがどんな形で完成するのか楽しみでたまらない。
記者会見でダビが言っていた「話す言葉や文化は違ってもフラメンコが接着剤。フラメンコへの愛が僕たちを結ぶ」を強くかんじた夜でした。
2026年3月2日月曜日
ヘレスのフェスティバル10日目夜ベレン・ロペス『ラティード』
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ファルーカも全部同じ色。色彩の濃淡がない。フラメンコにはいろんな曲種があってその性格を演じ分けられるはずなのだけどなあ、と爆音での頭痛に耐えつつ思ったことでした。スピードとバイオレンスではないものは彼らにとってのフラメンコじゃないのでしょうか。
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ヘレスのフェスティバル10日目午後サンドラ・カラスコほか『ロス・マグニフィコス』
サラ・コンパニアは去年マドリードのビエナルで初演したという『ロス・マグニフィコス』素晴らしい人たち、ってな意味で一流のアーティストを集めた、っていう感じでつけたのだろう思う。
歌、ギター、ピアノ、踊り、4人のジャンルの違うアーティストの名前が並ぶプログラムからも、これは誰か一人が主役という作品じゃないことはわかる。
アンドレス・バリオスのピアノで、サンドラが客席を歩きながらマラゲーニャを歌って舞台に上がるオープニングからしてちょっと違和感。サンドラは音程完璧で素晴らしい歌い手であることには変わりないのだけど、ピアノがフラメンコぽくないのであります。歌伴奏をするというより自己主張が激しい、というか。よく指が動く人だとは思うけれど、音楽性、フラメンコ性はうーん、今ひとつというか、その後のソロ演奏でも思ったけど、タララを観客に歌わせてから演奏、観客は置き去りにして色々バリエーションを見せつつ自身も歌うというのも含め、生理的に合わない。昔、ビエナルで見に行った時もフラメンコじゃないじゃん、って思ったのは、数字的にはリズムが合ってても、フラメンコのアクセントとか曲ごとのキャラクターに繋がるような表現とかがない感じがするからかも。
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踊りはエル・ジジョというバルセロナ出身で各地のタブラオなどで踊っている人だったんだけど、うーん、体幹が弱い? 開店の時に軸がブレる。首や肩の位置も気になる。ホアキン・コルテスのうわべだけを真似してるような感じ。ホアキンのような体幹もないし訓練もされてないから踊りになっていない気が。
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コンセルバトリオでバリバリ鍛えられた踊り手たちを見る機会が多いせいか、頼りなく見えてしまう。でもファルーやオルーコなど小さい時からフラメンコだけやっているようなアーティストでも姿勢や重心、体幹がきちんとしている人はしているしね。
サンドラの歌とダビ・デ・アラアルのギターはフラメンコだし、良いのだけど、この舞台では生きてこない。ダビのソロはマノロ・サンルーカルやリケーニの抒情性を受け継いでいる感じもあって良かった。でも二人だけの公演の時のようにはいかないのはやはり流れが途切れるからかも。
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ビデオはこちら、最初のところだけですが