2026年2月23日月曜日

ヘレスのフェスティバル三日目ファルー『ナトゥラル』

いやあ、もう最高すぎた。これこそ私の好きなフラメンコ!

© Festival de Jerez/Esteban Abión



サラ・コンパニアの入場券は発売と同時に売り切れたらしいがさもありなん。この小さな劇場で、ファルーのアルテを満喫できて幸せだった。でも次回はもっと大きな会場でみんなに見てもらいたい。ナトゥラル、自然という意味のタイトル通り、彼らの自然がそこにあった。生まれた時からフラメンコの中で育ち、フラメンコを愛し、フラメンコを生業としてきたファルー。ゲストのラファエル・デ・ウトレーラとエセキエル・モントージャのカンテ、ホセ・ガルベスのギター、ロロ・フェルナンデスのパーカッション。大掛かりな装置も何もない。何もいらない。

開演前から舞台にたたずみ、最初はソレア。帽子を被ったファルーの佇まいは祖父ファルーコそのものだ。帽子を被った角度も、腕を上げる角度も、全てがファルーコ。歌を感じてマルカールして、レマタールして、と言うシンプルなフラメンコ。ソレアらしい抑制された深みを踊る。すっと上げた腕に私の気持ちが持っていかれる。あげた手に私の意識も集中して一緒に上がっていくのだ。あれはなんなんだろう。どうしてああ言う気持ちになるんだろう。説明がつかない。とにかく一挙一動に心奪われ、高みへと上がっていく。

© Festival de Jerez/Esteban Abión

最後、舞台から引っ込む時の歩き方まで祖父そっくりだった。DNAの力?アルテの伝統を確実に受け継いでいる。

ラファエル・デ・ウトレーラのカンテソロでマラゲーニャ。

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バストンを手にしたファルーが音楽なしではやいリズムを靴音で刻み、シギリージャ。このバストンづかいも祖父ファルーコが重なる。これまた重厚で男性らしいシギリージャを見事に見せ、最後下手に置かれていたギターを高く掲げる。パコ・デ・ルシアへのオマージュ=

© Festival de Jerez/Esteban Abión
かと思うとそのギターを弾き始める。早いリズムのシギリージャ
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ホセ・ガルベスのギターソロでのブレリアを挟んで

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最後はアレグリアス。これまた絶品。それまでのシリアスなフラメンコとは対照的な、洒脱さ。柔らかでしなやか。これまたもう踊り始める前からアレグリアスの空気を纏っているのだ。途中、音楽なしで一人で踊るところがあったのだがこれがまたアレグリアスで、音楽がなくても音楽が聞こえてくるような、踊り自体が音楽になっているような。

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とにかく最高なフラメンコを満喫させてもらえたのでした。ありがとう!


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2026年2月22日日曜日

ヘレスのフェスティバル二日目二日目ヌエボ・バレエ・エスパニョール『フロンテーラス・エン・エル・アイレ』

 アンヘル・ロハスのロハスのヌエボ・バレエ・エスパニョールの『フロンテーラ・エン・エル・アイレ』はアフリカからヨーロッパを目指す人々という社会問題を描いた作品。


© Festival de Jerez/Esteban Abión



女性のソリストと12人の若手ダンサーたちが、ギニアビサウ出身の女性歌手の歌、ジョニ・ヒメネスとバンドレーロによる音楽(演奏は別人)で、バレエ団のコンテンポラリー作品のような美しいフォーメーションを見せるかと思うと、激しいサパテアードがあったり、クラスレッスンのように並んで同じ振りをしたり。ソロがあったり。

          

© Festival de Jerez/Esteban Abión

実を言うと、プログラムも資料も見ずに観たので、フラメンコではなくアフリカ風の歌で、踊っていることから、アフリカがテーマなのかな、とぼーっと思っていたのが、途中で、アフリカ、セネガルからスペインにたどり着いた人たちの証言が流れ、ここで、あ、そういうテーマだったのね、と納得、と言う次第。タイトルくらい読めよ、ってことですね、恥。

物語を配役して語っているわけではないけど、出発や旅の過酷さなどを描いていたのだろうな、と。


© Festival de Jerez/Esteban Abión

昨日のマヌエラ・カルピオ公演とは正反対と言いたくなるくらい、ちゃんと作ってある作品。確かに作品としての形はきちんとしている。群舞のメンバーのレベルも高いし、迫力がある。稽古も重ねて、照明も工夫して、しっかり作り上げてある。

でもそれはそれ、これはこれ、なのである。劇場や舞台に対する敬意、理解は素晴らしい。技術もある。美しい瞬間もある。でもそれがそのまま感動に、とはいかないのが難しい。

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2026年2月21日土曜日

ヘレスのフェスティバル初日マヌエラ・カルピオ『ライセス・デル・アルマ』

 ヘレスのフェスティバル、30周年の記念べき初日なのでありますが、いやもう予想はできたこととはいえ、うーん、なんでしょう、がっかりというか、なんというか。

バタ・デ・コーラのアレグリアス、

© Festival de Jerez/Esteban Abión

ロシオ・マリン、サライ・ガルシア、スサナ・カサスによるソレア・ポル・ブレリアに最後ちょこっと入って、

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パルマのトロンボとンボとオルーコがマルティネーテの金床を持ってやってきて、ブレリアがあって、
© Festival de Jerez/Esteban Abión

大きな机を囲んでのゲストの歌い手たちが、アナベル・バレンシア、アンヘリータ・モントージャ、マカニータが歌い継ぐタンゴやバルージョのソレア、ホセ・バレンシアのブレリア・ロマンサーダなど

© Festival de Jerez/Esteban Abión

客席からバタで登場しバタの部分を外してソレア。

© Festival de Jerez/Esteban Abión

幕前でフアン・レケーナのギターソロがあって、マヌエル・モリーナ風に歌うホセ・ガルベスに踊り、フィン・デ・フィエスタへ。

© Festival de Jerez/Esteban Abión

ブレリア歌って踊って。盛りだくさんで全部で休憩なしで2時間以上。長い。長すぎる。こんなに気持ちが盛り上がらないフィン・デ・フィエスタも珍しい。大好きなディエゴ・デ・マルガラさえいつもの魅力が行方不明。

ソレアの後でベテラン批評家陣がこぞっと帰ってしまっただけでなく、途中で席を立つ人もかなり多かったように思います。

やはり野におけ蓮華草、って言いますが、適材適所、ってあると思うのですよ、マヌエラ・カルピオは、ムイ・フラメンカかもしれませんが、劇場で主役の作品を上演するタイプではなく、小さな身内の集まりなどでこそ魅力が発揮される、そういった方があっているタイプなのではないかと思うのです。

バタ・デ・コーラもちゃんと動かすことができていないし、振りも同じようなことの繰り返し。豪華なゲストにも関わらず、劇場が満員じゃなかったのも結局、そういうことなのかもしれません。作品としての流れもまとまりもない。公演から伝わってきたのはマヌエラ・カルピオはマヌエラ・カラスコになりたいんだろうな、ということだけ。だからエンリケ・エル・エストレメーニョに歌ってもらいそこに絡むことに命をかけてるように思うのです。でもいうまでもなく彼女はカラスコじゃない。一人では場が持たないからゲストをいっぱいよんでくるけど、その存在もいかせていない。どこに持って行っても恥ずかしくないちゃんとした劇場作品を作るってとても難しいことなんです。

なんかほんといろいろもったいない夜でございました。

個人的にはゲストのアンへリータ・モントージャがお母さんのラ・ネグラにちょっとした仕草がそっくりでタンゴのパルマもファミリアモントージャのノリで、それがすごくよかったのとオルーコのちょっとした一振りがオレ!でありました。


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フアン・パリージャ/ベルナルド・パリージャen Puro Arte

ヘレスのフェスティバル開催1日前にヘレスに行ったのはフアン・パリージャの公演のため。

ギタリスト、マヌエル・パリージャに代表されるヘレスのフラメンコ・ファミリーの出身で、父フアン、兄マヌエルはギタリストだけど、フルートという楽器を選んだフアン、バイオリンのベルナルド。二人とも若くしてマドリードに出て、ラ・タティに始まり、アントニオ・カナーレス、ホアキン・コルテスらを伴奏。コルテスの作品の音楽監督を長年つとめ、フラメンコの新しい潮流を作ってきたフアン。カナーレスと何度も来日したベルナルド。この二人を中心に、フアンの息子マヌ・フェルナンデスがエレキベース、ニーニョ・ホセーレの息子ホセ・エレディア“エル・ガト”がキーボード、ラファエル・ラモスがパーカッション、パルマ二人というグループ。これに歌のサンドラ・リンコンがゲストで参加。

会場は駅に近いタブラオ、プーロ・アルテ。タブラオ公演が終わった22時からの公演。30分遅れで開演。




オープニングのブレリアからしてめちゃくちゃ良くて、っていうのは、やっぱコンパス感がすごい。習ったコンパス、数えるコンパスじゃなくて、身体の一部になってるコンパスという感じと言ったらいいのかな。間合いがめちゃくちゃいい。伸び縮みや止まり方の阿吽の呼吸。かっこいい。

フアンのソロはもちろん、ベルナルドのソロ、、ホセのソロ、どれもがとにかくかっこいいだけじゃなく、純フラメンコのブレリアから、情景が見てくるようなソレア、そしてジャズのテイクファイブやキャラバンなども取り入れて、と、曲ごとに雰囲気が変わるから、歌がない曲でも全く飽きることなく楽しめました。これはたぶん、フラメンコ知らない人でもとっつきやすいんじゃないかな、と思ったことでした。



またフアンの友達のフルート奏者が舞台に上がったりもあったのも良かったし、トークも上手。

最後には、公演を見にきていたフアンたちのファミリーやフェルナンド・ソト、そのお母さんたちも舞台に上がり、これぞヘレス!な最高のブレリアで魅せてくれました。





フアンとベルナルドのこのグループ、ビエナルでもディエゴ・カラスコ、ルビオ・デ・プルーナをゲストに公演するそうなのでお楽しみに。


カンテ・デ・ラス・ミーナスのプログラム発表

 2月19日、ムルシアで毎年8月初めに開催されるカンテ・デ・ラス・ミーナス国際フェスティバルのプログラムが発表されました。




◇カンテ・デ・ラス・ミーナス国際フェスティバル

7/29(水)~8/8(土)

7/31(金)

[出]〈c〉アルカンヘル、〈b〉パウラ・コミトレ『アベセダリオ・フラメンコ』

8/1(土)『クエルポ・ミネラレス』

[出]〈b〉ラ・モネータ、ラ・ピニョーナ

8/2(日)『恋は魔術師への旅』

[出]〈b〉マドリード共同体スペイン舞踊団

8/3(月)『ギターラ・コラル』

[出]〈g〉ジェライ・コルテス

8/4(火)『レシタル・イ・カンテ』

[出]〈c〉イスラエル・フェルナンデス

8/5(水)、6(木)、7(金)

コンクール準決勝

8/8(土)

コンクール決勝

[場]ムルシア州ラ・ウニオン

[問] https://festivalcantedelasminas.org/

2026年2月18日水曜日

訃報 マリア・マグダレーナ

 2月15日午後に、スペイン舞踊教授、マリア・マグダレーナが亡くなりました。

マドリードのスタジオ、アモール・デ・ディオスで スペイン舞踊の基礎やカスタネットのクラスを開講していたマリア・マグダレーナ。訃報を聞いて、記事を書くため色々検索してみたり、本を探したりしたけれど、バイオなどは全く引っかかってこないのは、表舞台で活躍したわけではなく、縁の下の力持ち的存在だったからでしょうか。スマホのカメラ/ビデオが出現するより前に引退なさったこともあるのかもしれません。

スペイン国立バレエ団創立時のスペイン舞踊教授だったというのも今回、国立バレエ団のSNSへの投稿で知りました。

アモール・デ・ディオス通りの古い建物にあった時代。カルロス・サウラ監督の『カルメン』の映画で、アントニオ・ガデスがパコ・デ・ルシアとカルメン役の候補を探して彼女のクラスを訪れるシーンがありました。

(ガデス財団がシェアしてた動画のリンク

振り付けではなく、フラメンコ、スペイン舞踊の基礎を教えるクラス。

姿勢、基本の動き。カスタネット。

マドリードでフラメンコを学ぼうとする人は皆彼女のクラスに通ったと言っても過言ではないくらいの存在でありました。彼女が教授活動から引退してからのち、マドリードの若手たちは、美しい姿勢など失ってしまい、派手な効果的な技ばかり目立つ踊りになってきたような気がする。気のせいだったらいいのだけど。

日本からの留学生たちも皆、彼女のクラスで多くを学んだといいます。

やすらかに。






2026年2月14日土曜日

ビセンテ・アミーゴ


©︎ Teatro dela Maestranza Guillermo Mendo


ソロに始まり、アンコールの『レクイエム』に至るまで1時間半。曲は新曲でも彼の文法というかスタイルは変わらない。最初のソロからアンコールの『レクイエム』まで淡々と、でも深みをもって進んでいくというのかな。リサイタル、ってこうだよね、

最初のタランタからソレアにいって最後の締めは昔ながらなのだけど、途中は昔のとは全然違うメロディなんだけど、でもビセンテにはビセンテの文法があって、その通りに行くから、一見すると、というかちょっとすると同じじゃん?って思っちゃうかもなんだけど、ところがどっこい、なんですね。これが、自分のスタイルを持つ、ってことですね、はい。

歌い手や踊り手はおらず、第2ギター(アニル・フェルナンデス)パーカッション(パキート・ゴンサレス)、エレキベース(エウン・ベルナル)のほかはパルマスとコーラスのマカリネスにバイオリン(エレス・ベジド)、チェロ(アントニオ・フェルナンデス)、フルート(フランシスコ・ハビエル・マルケス)というグループ。

©︎ Teatro dela Maestranza Guillermo Mendo

フルートもふつうの、オーケストラで使うようなものではなく、おそらくケルト音楽で使うものなどをいくつか取り替えて演奏。時に音が聞こえづらかったりもしたけど。チェロとバイオリン、フルートが入ると映画音楽的な感じも。ビセンテは昔から優れたメロディメーカーで、ホセ・メルセやレメディオス・アマジャの再ブレイクに一役買ったのも、その才能があってのことだと思う。

見事な演奏で、すごいなあ、いいなあ、と思うのは確かなのだけど、タンゴ、ルンバなどの2拍子系の曲が続いたり、ブレリア系が続いたり、と、曲順はもう少し工夫があっても良かったような気もしないではない。最初のソロこそめちゃフラメンコだったものの、タンゴ、ルンバ、ブレリア、ボレロ(と呼んでいるメロディアスな曲)が続くと、いや、他のフラメンコ曲種ももっと聴きたい、って気分にもなる。私のわがままですが。

なんかみんな同じように聞こえてきちゃうんですよ、おお、っと思うことは何度もあるんだけど、最近のアルバムは昔のもののように聞き込んでいないせいもあるのかなあ。

アンコールのレクイエムにはグッとくるものがありました。これ聞くだびにやられるなあ。パコ・デ・ルシアへの彼の思いも関係性もちょっと知ってるってこともあるのかもだけど、それだけでなく、メロディがね、やっぱグッとくるんですよ。

終わりよければすべてよし、ってことで。