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| ©Javier Fergo_Festival de Jerez |
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| ©Javier Fergo Festival de Jerez |
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| ©Javier Fergo Festival de Jerez |
演出家がいて舞台の上はよく整理されているし、きっと一つ一つの場面に意味があるのだろうけど。なんというか、少なくとも私は、ついていくことができなかった。
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| ©Javier Fergo Festival de Jerez |
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| ©Javier Fergo Festival de Jerez |
いよいよ木曜から始まるヘレスのフェスティバル、13公演がオンラインで視聴可能だそうです。
All Flamencoでは7日アンドレス・ペーニャ、10日ホセ・マヌエル・アルバレス、12日アルフレド・テハーダ(歌)、13日グアダルぺ・トーレス、14日ホセ・マルドナード、17日アントニア・ヒメネス(ギター)、19日タマラ・タニェ(歌。踊りでミゲル・アンヘル・エレディアら出演)、22日モニカ・イグレシアスを録画。その模様は17日からプレミアム4.99ユーロ/六百五十円で48時間視聴可能となる予定のようです。
カルメリージャが亡くなったという記事をFacebookで知りました。
呆然。
2013年頃にかかった病気から回復し、へーレン財団で教鞭を取るなど活躍していたのに、病が再発。2019年12月にはセビージャで大規模な彼女のためのコンサートが開催されていたので、病のことは皆知っていたわけだけど、それでも。59歳という若さがあまりにも辛すぎる。
1952年1月25日生まれ。3歳で踊り始め、7歳の時には母で歌い手のカルメン・モントージャとコンビでプロとしての活動を始め、ファミリア・モントージャの一員として活躍。
ファミリア・モントージャは、一糸乱れぬコンパスで有名なグループ。アルバムを確か2枚録音んしているはず。カルメリージャの母カルメンの兄フアンが、ローレ・イ・マヌエルのローレの父で、つまりカルメリージャはローレの従兄弟というわけです。トリアーナを代表するフラメンコ一家なのです。
叔母ネグラが歌い、父フアンが踊り、最後に彼女が踊っています。ネグラもフアンもとうに亡く。。。踊り手としてもフェスティバルやタブラオ、また劇場公演などでも活躍し、1998年には日本の『エル・フラメンコ』にも出演しています。
| 1988年タブラオ、エル・アレナル出演中 |
トリアーナのヒターナらしい粋と優雅さ。溌剌としたエネルギー。
スーシ、そしてカルメリージャ。同世代のアーティストたちが亡くなっていくのはなんともつらいです。ご冥福を祈ります。
| 2019年の彼女に捧げた公演で |
エスメラルダ・ランカピーノはランカピーノの孫の歌い手。
そのシングルがspotifyやamazonで配信開始されたことのプレゼンテーション。
シングルは若い子が好きそうなルンバ↓なのですが、
このプレゼンテーションではタンゴとブレリアを、パコ・レオンのギターとパルマ2人、カホンという構成で。
これがもうすごかった! まずはタンゴをひとくさり。
ね、ね、ね。
でお次はブレリア。
ナチュラルで、カマロンが歌っていた歌詞を歌っても、そのままコピーしてるのではなく、歌詞に彼女なりのセンティードを添えて歌っているのであります。音程、リズムとかいうことないし、これで14歳って、どんだけすごいん。
本人、踊る方が好きだそうですが。いやあ、フラメンコの未来は明るいねえ。
ちなみに闘牛士、クーロ・ロメーロ(写真の白髪の紳士)やフアニート・ビジャールが来ていて、ブレリアのクーロを歌った歌詞を本人に歌い掛けるという。。。14歳。
おじいちゃんは前日にワクチン接種だったとかで来れませんでしたが、おじさんがきてました。おじさんも上手いし、子供の頃から歌っていたのも一緒だけどね。すごいファミリーだなあ、もう。
でもこれで私はエネルギーチャージ終了。しばらく元気でいれそうです。
いいフラメンコは元気を、生きる力をくれますね。
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| セビージャ市賞のリケーニは市長から受け取りました |
賞の対象になった作品の一つで共演したアルトマティコの電子音楽で裾に鈴がついたバタ・デ・コーラの巻きスカートで踊るのに始まり、ミゲル・オルテガやアントニオ・カンポスの歌、フアン・カンパージョのギター、パコ・ベガのパーカッション。
タラント、マリアーナ…
きちんとしたテクニックがあってこその、ため息が出るほどの美しい形。いやこの形や動きを美しいと感じて、それを実現できる力。バタのコントロールもさすがというしかない。音との関係もバランスが良くて、気持ちがいい。もっと観ていたい、という感じ。伝統を踏まえ、今の時代の感覚と、これまたバランスよく組み合わさっているし、いやあ、もっと色々観たいです。ストレートなフラメンコも、凝った構成のものも。
ラファエル・リケーニとセビージャ交響楽団の共演『セビージャ組曲』はマエストランサ劇場で。
元々はビエナルで初演されるはずだったのが、感染拡大でリハーサルができず、日程変更で4月になったという次第。ビエナルにはロシオ・モリーナ、エストレージャ・モレンテと共演して出演して、ヒラルディージョ賞の特別賞、セビージャ市賞を受賞しています。
『セビージャ組曲』というと、アントニオ・ナハーロ振付のスペイン国立バレエの作品を思い出す人が多いと思いますが、そう、あの音楽です。あの音楽のオリジナル。1993年にクラシックギタリスト、ホセ・マリア・ガジャルドとの共演で録音しています。かなりクラシックに近い作品なのですが、聴いたことがある人は少ないかも? それをもっとわかりやすい形というか、ポピュラーな感じにしたのが国立版の編曲。(一部、ミゲル・リベラとディエゴ・ロサーダのオリジナルや編曲あり)。で、今回はオリジナルから、国立バレエが昨年初演した作品『インボカシオン・ボレーラ』『ハウレーニャ』の作曲を手がけているマヌエル・ブストがオーケストレーションと指揮を手がけての共演。
最初はオーケストラの弦楽だけで、トゥリーナの『闘牛士の祈り』(これも昔、国立で振り付けされてましたな。赤い衣装でアントニオ・マルケスが踊っていた)。ああ、オリジナルでも国立版でも「トゥリーナ」と歌いかけているけれど、確かに、メロディラインとか通じるところありますね。ファリャ、アルベニス、グラナドスらと同じ国民楽派。そしてリケーニも、その流れを組んだ作曲家なのだなあ、と感じさせてくれたのがオーケストラとの共演。
チェロやコントラバスが楽器の胴を叩き、バイオリンは足を鳴らす、など、フラメンコぽい?試みもあって面白かったし、パーカッションがいいところで決まった時の爽快感もありました。ドラマチックな彼のメロディーがオーケストラで奏でられる感動は確かにありました。
でも、正直、93年の録音が完璧。
最後、ソレアとグラナイーナをソロで演奏。その後、再びオケとアルバム『マリア・ルイサ公園』の中の曲、『コヒエンド・ロサス』バラを摘みながら、を演奏。たくさん聴いていると一番いい時と比べちゃうので申し訳ない。去年のヘレスでの公演が最高だったなあ。
こちらはオリジナルのCD、音だけです。一曲ずつですが、全部アップされてるので聴いてみてくださいませ。
そして国立版のセビリア組曲
舞踊部門のヒラルディージョ賞を受賞したアンドレス・マリンの作品。ビエナルでは修道院の1日のお祈りの時間に合わせて踊る、という意欲作を発表。美術館にそのビデオが収蔵されるそうで、踊る場所や衣装なども含め、美術作品的作品でありました。
| Bienal-Claudia Ruiz |
今回の作品はもともと、パリのピカソ美術館からの依頼で作られた作品『カルタ・ブランカ』が進化した作品だそうで、内容的には『カルタ・ブランカ』とほぼ重なります。
2015年にセビージャで上演された時に書いたルポがこちらにありますが、出演者はホセ・バレンシアがトレメンディータに変わっただけで、あとは一緒。すなわち、歌にトレメンディータとセグンド・ファルコン、ギターにサルバドール・グティエレス、ダニエル・スアレスのパーカッション/ドラムス、ハビエル・トリゴのクラリネット、ラウル・カンティサーノのサンフォニャとエレキギターという構成。
客席から登場した歌い手二人が舞台の下で歌い始めるオープニングは確かに前回と違うような。コルドバ帽被って踊るアンドレス。下を向いた時の丸い形が印象的。エレキとドラムの音が大きすぎて歌がよく聞こえないのはちょっと残念。
プレゴン、タランタや牧神の午後、仮面つけてのファルーカはピカソへのオマージュだそう。ルンバ、シギリージャ、カーニャなど、さまざまな曲で踊り続けます。それぞれのつながりはないようで、スケッチ集というか、美術館でいろんな絵が並んでいる感じなのかな。
体にムートンの敷物みたいなのとカウベルをつけるのは、同じような格好で練り歩くお祭りにインスパイアされたのでしょう。面白い。そういえば、昔、鐘をテーマにした作品もやっていたよね、とか思い出します。
アンドレスは耳がとてもよくて、コンパスというか、リズムがすごくて、彼の靴音を聴いているのは心地よい。それは前回といっしょ。でも首と胃を突き出すような姿勢が個人的にはどうも受け入れられなく拒否反応しちゃうんだよね。それはもう私のフェティシズム?というか、マニアックな姿勢への執着の現れと言えるかもなんだけど、うーん。
フラメンコ舞踊で、リズムが大切なのはもちろんなんだけど、踊りだから、やはり見た目というのもあるわけで。姿勢、形の美しさ、ってのも大切だと思うんだけど、いや、あれが彼の姿勢であり、個性なのかもしれないとも思うのではあるけど。
前回見た時は結構好きだったはずなんだけど、残念ながら今回はうーん。
ずーっと考えていました。一見、同じようなことをしてるのに、なぜイスラエルにはときめいて、彼にはときめかないのか。ほんとなぜなんだろう。
フラメンコを本当によく知っているし、フラメンコを心から愛しているし、舞台で歌ったソレアもとても良かったし、人柄だっていいし、色々と先鋭的な試みを意欲的にしているし、評価されるべき人だと思うし、今回のヒラルディージョ賞もよかったなあ、と思う。だけど。いやね、単に私の好みの問題といえばそれだけなのだけど、私に見えてない彼の長所があるような気がして、ぜひ、教えて欲しいと心から思うのであります。なんか悔しいのよ、見えてないとしたら。