2020年9月7日月曜日

ロシオ・モリーナ『イニシオ(ウノ)ギター三部作の抜粋』

舞台に白い床。椅子。その横にギター。



舞台に出てきたラファエル・リケーニが椅子に腰掛ける。

舞台奥に幽霊のように浮かび上がるロシオ。リケーニの爪弾きに反応して動く。

最初は手首の先だけ。それが腕へと広がる。

白い透ける布をまとい、一つ一つの音をそっとすくいあげるように、音を形にするように動く。

リケーニの演奏は、アルバム『パルケ・デ ・マリア・ルイサ』の曲。クラシックよりの、美しい曲を、なぞるように踊っていく。

Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro

フラメンコ?コンテンポラリーダンス? どっちでもいい。音も動きも美しい。

くるくる回るロシオはスーフィー舞踊のようでもある。ところどころの表現にエバみたいな感じもあったり。(エバ夫妻も来てたよ)

Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro


アバニコを使ったり、アバニコを2本にしたり、それを水を浸したり。薄い上着を脱いで袖がまっすぐでどこか拘束衣を思わせる白いブラウスに着替えたり。小物で変化をつけるものの基本は変わらない。二人だけの舞台。

Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro

リケーニの音は一つ一つに重みがあり説得力がある。なんだろう、この感じ。包み込まれるよう。身体がリラックスしていくのがわかる。目でロシオを耳でラファエルを聴きながら、セラピーをうけているような。

二人の信頼関係。ラファエルはほとんどロシオを観ない。でも大きな絆があるような。ロシオが吹く口笛をそっとギターで追うところなど、微笑ましい。年で言ったら親子くらい?でも親子というのとは違う、叔父とめいみたいな感じかなあ。

ロシオが舞台を去り、演奏したソレアの深み。内包する哀しみは大きすぎて暖かい。

再び舞台に出たロシオは床を覆っていた白い布のマジックテープを外し、ラファエルを下手の隅へと連れていく。二人の歩みはどこかユーモラス。

聖週間の行進曲『アマルグーラ』を演奏するリケーニ。床の白い布をまとい、聖母の後ろ姿のように装うロシオ。

Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro


だったのに最後は死んだゴキブリのように床に転がって手足を上に。謎。きっと意味があるのだろうけど私にはわからなかった。写真見たら、あれ、これは赤ちゃんかもとか思ったけど。その後、それまでとは打って変わってサパテアードも聴かせるしね。

Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro


でもとにかく心を動かすものがあったのはたしか。

これが21時からの公演とどうつながるのかつながらないのか。その後どういう風に展開して3部作が完結するのか。期待しかない。

後記

セビージャの新聞ABCのマルタ・カラスコ評の中に演奏曲が掲載されていました。それによると以下の通り。

Aquel día, Estanque de los Lotos, Costrurero de la Reina, la Isleta de los Patos, Tiempo Pasado, Jazmín azahar, Trinos, Amaruguras, Los Quintero, Cogiendo Rosas







 

2020年9月6日日曜日

アンダルシア舞踊団『25周年』

ビエナル開幕はロペ・デ ・ベガ劇場でアンダルシア舞踊団。


ウルスラ、ロペス監督の元の初公演。

昨年11月のマエストランサ劇場での公演の再演、ただし、メンバーは変わっています。

構成はほぼ同じですが、今回のスペシャルはゲストで、アナ・マリア・ブエノとハビエル・バロンが出演していること。

前回同様、初代監督マリオ・マジャ振付の『レクイエム』で始まります。


Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro

所々にああ、マリオだなあ、という振りがあったりダイナミックな群舞。で、ノスタルジックに感動。ゲストのマリアノ・ベルナルもいい感じ。あ、写真で見ると相手役はロサだったのね。


Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro


アナ・マリアのカーニャはバタ・デ ・コーラとマントンで。マントンの扱いに余裕があって、セビージャらしい味わいでした。

Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro



ハビエル・ラトーレ振付の『ファンタシア・デ ・カンテ・ホンド』はこのロペ・デ ・ベガで初演見た時ほどの感動にはならないけれど、健闘。

ホセ・アントニオ振付の『レジェンダ』の長い長いバタ・デ ・コーラへと続きます。アンダルシア舞踊団で初演し、後、国立バレエでも上演された作品です。モブの処理とかよくできているなあ、と思ったことでした。そしてあの長いコーラを操って踊っているのもすごい!

Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro


オヨス『南への旅』はオヨス役を踊るロサ・ベルモンテがいい味を出していました。オヨスの物真似、じゃないけど、オヨスの雰囲気がよく出ていました。ここでもマリアノ・ベルナルがいい。

ルベン・オルモ振付『イグナシオ・サンチェス・メヒアスへの嘆き』ではクリスティアン・ロサノが闘牛士の役を踊っています。牛を群舞で表現するこの振付も面白いです。。

が、群舞よりも何よりも結局フラメンコが最強!と思ったのは、ハビエル・バロン!

Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro


これがとにかく最高。カンティーニャを踊ったのですが、回転にも余韻があり、オレを叫ばずにはおられない。間合いがいい。靴音がいい。涙が出るほど、素晴らしいフラメンコでありました。たった一人で作り上げるそのフラメンコの凄さ。

最後はウルスラの振付。これまでの様々な作品の振付の集大成的な感じ。民族舞踊風のパソとかも取り入れているのが面白いです。

Bienal de Flamenco©︎ Claudia Ruiz Caro


劇場は定員の半分のみ。退場も係員の指示に従い、少しずつで密を避ける形。

とはいえ、劇場で、生で見るフラメンコの素晴らしさ。画面で見るフラメンコ とはやっぱり違う。いや、画面でみても伝わるものありますよ。でも場を共有する、同じ空気を吸うからこそ伝わるものもあるような気がするのです。

ロペ・デ ・ベガ劇場だとマエストランサより小さいので、後ろの方の席からも細部がわかる。舞台も小さいので満員御礼な時もあったけど。

いい公演だったので、定員半分じゃもったいない。早く状況が落ち着いて、みんなで観ることができますように。


なお、日本人がほとんどいない会場ですが、例年通り、日本語のアナウンス、流れてました。そのほかにも感染防止のためのアナウンスも。次回はみんなと一緒に観たいなあ。




2020年9月5日土曜日

ビエナル開会式

 



9月4日、アルカサルでビエナル開会式が行われました。

恒例になってきた?フラッシュモブ、を、アンダルシア各地のフラメンコ学校の生徒やアルティスタが参加しています。中には、セビージャの公立舞踊学校コンセルバトリオに留学中の大城まどかさんも。


右後方の黒い服の女性が大城さん。小さすぎてごめん。

ビエナルのYouTubeチャンネルで中継のはずが、なぜかFacebookのカナルスールのところで中継。間際で変更、ってまあ、スペインらしいといえばスペインらしい。

でも夜遅くまで起きてて楽しみにしてた人が生中継見ることできなかったりしたりしたろうし、困ったものです。

この後、予定されているオンラインの中継はそのままYouTubeで行われるらしいけど、無事できますように。



なお、この後、ビエナルの3人目の監督を務めたマヌエル・エレーラのプレゴンがありました。プレゴン、開会宣言、とか訳しているけど、これからこういう催しをしますよ、というときに、その催しについての思いなどを語る、という感じのスピーチです。

マヌエル・エレーラ/Bienal de Flamenco ©︎Claudia Ruiz Caro


この日はフラメンコの歴史を振り返り、その上で、ビエナルの誕生が、ペーニャの提案でセビージャ市との協力で始まったこと、それまでセビージャには、コルドバやラ・ウニオンのようなフラメンコの大きなイベントがなくそれを補いフラメンコの中心としてのセビージャを、という試みだったこと、それが成功したこと、などを語ります。

「ビエナルは私たち独自の音楽を広めるために最高のショーケースで私たちを特別な存在にします」「40周年にふさわしいスピーチだったのではないでしょうか。




帰り道に見たヒラルダの塔は本当に美しい。

いつもと違うビエナルだけど、何事もなく、無事、閉幕に辿り着き、良きビエナルとなりますように。





2020年8月31日月曜日

ビエナル8月の公演総括

8月も終わりということで、ビエナル夏の陣の全体的な感想をば。

この8月の週末にサン・ヘロニモ修道院庭園で行われた公演は、9月5日からのものとは別に、伝統一辺倒ではないフラメンコを集めたものでした。

フラメンコには日本の能や歌舞伎ほど長い歴史はありません。およそ200年あまりで、ジャズよりちょっと古く、クラシックバレエよりも新しい。写真や鉄道と同じくらい、という感じです。いわばモダンアート。近代のものなのです。そして時代の空気を呼吸して姿も変わってきました。

パコ・デ ・ルシアによって見出され、フラメンコに加わったペルー生まれの楽器カホンは今や、フラメンコ以外でも使われるくらいポピュラーになったし、ピアノやバイオリン、フルート、サックス…ギター以外のいろんな楽器で演奏されることも、もう珍しくありません。

でね、コンピューターももうその一つになっているんだなあ、と思ったことであります。

アルトマティコロス・ボルブレがそう。

コンピューターを使った音作り、ビデオとの融合。そんなものも既にフラメンコの表現の一つなのですね。

伝統的、古典的なものも、新しいものもどちらでも、いいものはいいし、よくないものはよくない。新しい試みをするから悪いというわけではなく、伝統をなぞるからいいというわけでもない。新しいからいいというわけでも古いから悪いというものでもない。

今回で言えば、アルトマティコとロス・ボルブレ(と彼らが参加したラウル・カンティサノ)のアプローチは面白かったけど、掘り下げていないカリファト3/4はつまらなかった。自分の音楽をやっていくうちになんか新しくなってる、というリカルド・モレーノも楽しかった。アンダルシア・ロックの草創期を駆け抜け75歳いまだ現役のグアルベルトには敬意しかない。

結局、愛と敬意。そして自分で探求していく力。それが大切。これって伝統的な形のフラメンコをやる人でも変わらない、という結論。

ビエナルのおかげで、これまであまり縁がなかった新しいアプローチを知ったのは、本当に良かったと思います。感謝!




さて今週末からは劇場公演が始まります。楽しみ!




2020年8月30日日曜日

グアルベルト『ドゥエンデ・エレクトリコ』

8月のビエナル前哨戦も最終日。登場したのはグアルベルト。

アンダルシア・ロックの父でもいうべき存在の75歳。

1967年にスマッシュを結成。スマッシュはサイケデリックロックのバンドとして始まったのですが、そこにマヌエル・モリーナが加わり、フラメンコのリズムを取り入れた『ガロティン』などがヒットしました。ヒッピーの時代のことです。解散後はアメリカに渡り音楽の勉強をし、帰国の数年後の1979年にはアグヘータをシタールで伴奏したアルバムを発表しました。

これまでにもビエナルは度々出演しているのですが、それはシタールを演奏しての出演。でも今回は久しぶりにエレキギターを手にとっての出演。タイトルは電気仕掛けのドゥエンデ、とでも訳しましょうか。本人曰く「僕がドゥえんでなんじゃない。でもドゥエンデで演奏する人がいる。アントニート・スマッシュ、マノリート・イマン。ジミ・ヘンドリックスもそう」

ドゥエンデにジャンルの垣根はない。ドゥエンデはフラメンコだけのものじゃない。

後ろにドラムス、上手にベース、下手にシンセサイザーの若手を従えて、レスポール?タイプのエレキギターを手に演奏し始める。ゆっくりとしたブレリアのリズムに乗せて気持ちよさそうに演奏。

2曲目はティエント/タンゴの歌のメロディをギターで演奏。3曲目はインドの音階で、と言っていたけど、インドというか中国風にも聞こえる。その昔のスマッシュ的な音楽。4曲目はシタールを演奏し、ドラムの人がジェンベで伴奏、と言った具合。

これまでで一番長いコンサートでした。


開演前の会場。満員です。

流石のキャリアで、かっことした自分の世界を貫いての75歳。すごいなあ。昨日のグループが75歳で同じ音楽やってるとは思えないよなあ、とか思ったことでした。

さあ、来週からはいよいよ9月のビエナル、開幕です。いい公演がいっぱいあるといいなあ。

2020年8月29日土曜日

カリファト4分の3 『13の門』

 純粋正統とはちょっと違ったアプローチでのフラメンコが続く、ビエナル前哨戦。

28日に登場したカリファト3/4は、自身ではフォルクロレ・フトゥリスタ、未来派民族音楽と名乗っているグループ。

エレキギター/ボーカルとエレキベース、コンピューターミュージックと、キーボード(シンセサイダー?)、カスタネットもたたく女性ボーカルと俳優と、フラメンコギターとカホンとフラメンコボーカルとバイオリンと、って大勢が舞台に。どこまでがグループで誰がゲストなのかよくわかりません。

アンダルシア・トライアングル前向いていこう、的なスピーチに続いてアラブ風のビデオ。



中世風のかっこの俳優がセビージャにあった13の門について話していき、それにあったアニメーションのビデオが流れる。それに沿って、曲が入るという構成。

最初の聖週間の行進曲にエレキギターが重なるのとかは面白かったんだけど、その後はなんというか、うーん、なんというか。

その昔、アンダルシア・ロックというムーブメントがあって、フラメンコのリズムをうまく取り入れた曲とか、今もその詞をフラメンコ公演でも歌う人がいるくらいポピュラーだったんだけど、その現代版をやろうとしているのかなあ。でもね、なんというか、曲自身がもつ力が弱すぎる。ぺらっぺらな感じ。いや、今風の音楽だから、じゃないよ。今風だって、かっこいい音楽、骨太の音楽いっぱいあるじゃん。

ブレリア、アレグリアス、セビジャーナスなんかもやるんだけど、どうにも薄い。

でもそれって私がフラメンコを尊びすぎて、ちゃんとしてないとだめ、っていう既成概念に毒されてるってことかも? こんな風に、替え歌風にやってもいいじゃない? って考えもありなのかも。ハードル下げて、楽しむのもありか。

実際、おそらくグループのファンと思われる若者たちはノリノリだったし。

ハバナギラ歌ったり、ラップしたり、いろいろやるんだけど。私には文化祭で大人気のグループにしか見えないけど、好きな人は好きなんだろうね。

フラメンコギターで中国人ギタリストのローラ・ヤンが出ていたのはうれしかったけど、唯一その音がちゃんと聴こえたのは俳優の語りのバックでのソロで、昨日のオチャンドの演奏の後ではどうしてもぼんやりとしちゃう。ごめん。

女性ボーカルも女性フラメンコ・ボーカルもちょっと踊ったりするんだけど、踊りは素人にしか見えず、で、歌がすごいならそれもいいんだけど、そうでもなくて、ってか歌詞が聞き取りにくいのは音響のバランスのせいもあるのかねえ。

フラメンコへの愛や敬意が全体に薄かったように思えるのであります。いや、すごく好きだし、敬意もあるよ、って本人に言われたとしたらそれまでなんだけど、少なくともそれが私には見えず、2度目はないかなあ。

あ、セビージャの13の門についての昔語りは面白かった。プエルタ・デ ・カルネやプエルタ・デ ・カルモナのように今も地名として残っているものもあるしね。曲の歌詞にもアラメーダとか出てきて、あ、やっぱ身内の内輪受けの、文化祭のりなのかも。



2020年8月28日金曜日

M de Puchero『フラメンコ・ア・ボセス』

 8月のビエナルもいよいよ最終週。木曜日に出演したM デ ・プチェロはこの8月の公演の中で最もオーソドックスなフラメンコに近かったのではないかと思います。

グラナダのフラメンコのグループが、故郷の英雄エンリケ・モレンテを歌う、というもの。3人の歌い手へのギター伴奏は実力派、ミゲル・オチャンド。他にパーカッションが二人加わります。

この3人が、それぞれソロでずっと歌うのではなく、3人が合唱というか、一緒に歌ったり、一つのレトラを歌い継いだり、っていうのが、新しい、ということのようです。

彼らがどういうキャリアなのか、全く知らなかったのですが、メンバーのアントニオはCDも出しているし、フェルナンド・ロドリゲスはエル・グラナイーノの叔父で、エンリケの公演に出演もしたことがあるそう。このグループでのCDも発売予定らしい。

見た目はロス・チチョスというか、ヒターノのルンバ・バンドのおじさんみたいで、揃いのスーツ。

オープニングのマルティネーテは3人同時に違う詞を歌って始まり、ソロでレとらを一つずつ。続くカーニャはラメントを一緒に歌い、一人ずつ歌い最後は合唱。グラナイーナは声張りすぎ? アレグリアス、マラゲーニャ、ファンダンゴ、ソレア、ビダリータ、ソレア・ポル・ブレリア…。

レパートリーは、全部が全部、エンリケが歌っていたものなのか、はわからないけど、エンリケが歌っていた特徴的なメロディーや歌詞も出てきて、懐かしい。でもやっぱ、エンリケの声で聴きたいなあ。ヒゲのおじさんは時にエンリケぽい響きがあってハッとするんだけど。

オチャンドのギターが見事で、そっちに聞き惚れていました。

うーん、なんだろう。難しいなあ。興味を追求して新しいことにたどり着けたのではなく、新しいことをやろうとしてやっている感じというか。難しい。


それとは別に、エンリケの、凝ったメロディーラインは難しいよな、と思ったり、反対につい歌いたくなってしまうカンシオン風のやつのメロディーとか、あれはうん、合唱向きかも、とか思ったり。

たまらなくエンリケが聴きたくなって家に帰ってすぐ聴き始めてしまいましたとさ。

これはコンサートの成功なのか、失敗なのか?