2026年9月17日木曜日

『ヘレサニア』、ホセ・デル・トマテ『ソナンタ3.0』

 アルカサルで、ギタリスト、マヌエル・バレンシアを監督にヘレスのアルティスタたちによる公演。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

ヘレスのフラメンコ、大好きなのですが、なんか今回は私の好きなヘレスらしさをあまり感じられなかったように思うのであります。ルイス・エル・サンボ、、アントニオ・デ・ラ・マレーナ、ドローレス・アグヘータ、3人の歌い手たちによる幕あき、アントニオのカンティーニャとティエント、マヌエルのギターだけでのシギリージャ(これがこの夜で一番良かった!)があってそこにドローレスが歌で入ってくる。ファンダンゴ。ルイスのマラゲーニャ、そしてソレア。最後のブレリアで、おばさんたちも出てきて踊るのだけど、うーん、なんか違う。

私がイメージするヘレスはモライートの時代のヘレスで、バリバリのブレリア、重厚なシギリージャやソレア、ソレア・ポル・ブレリアをメインにファンダンゴなどもあり、って感じ。モライートもパケーラもトルタもフェルナンド・デ・ラ・モレーナもフェルナンド・テレモートもパリージャもペリキンも亡くなったし、と言われればその通りなんだけど、まだマカニータもいるし、ダビ・ラゴスやロンドロ、ミゲル・ラビなどの中堅、マヌエル・デ・ラ・ニナら若手だって頑張っているよね、人材不足じゃないと思いたいんだけど。おばちゃまたちも世代交代で若くなってるけど、衣装が基本パーティドレスだし。昔のフラメンコの味わいが欲しいな、とか思うのは無理難題なんでしょうか。

23時からは23時からはアラメーダ劇場でホセ・デル・トマテ。間に合わないので行かなかったけど良かったらしいです。






2026年9月16日水曜日

イサベル・バジョン『エピロゴ・デ・ウン・カンテ・ケ・イソ・ウン・バイレ。スイテス・デ・カンテ』

 全てが美しかった。彼女の一挙一動から目が離せない。じっと座ってなどいられない。悶絶状態で身体がどうしても動いてしまう。オレの声が客席のあちこちからかかる。鳴り止まないオレと啜り泣き。あまりに美しいものを見ると人は涙をながしてしまうものなのでしょうか。

彼女の公私ともにのパートナー、ギタリストのヘスス・トーレスが客席にいたイサベルを呼び込んで始まり、椅子に座ってヘススへの想いを歌い、座ったまま腕をちょっと動かす、その動きがすでにオレ!で胸が熱くなる。なんて美しいのだろう。フラメンコの美がぎゅっと濃縮されているようだ。やがて立ち上がって少し踊り、ヘススにくちづけ。


Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

後ろの幕が開くと、ずらっと並んだ歌い手たち、インマ・リベロ、アントニオ・カンポス、ミゲル・オルテガ、ダビ・ラゴスとギタリスト、カニート、右端にヘススが、左端にイサベルがすわる。ブレリア。ミゲルが歌うファンダンゴからのベルディアーレスで踊るその姿は最初の衣装のままなのに、ベルディアーレスのリボンが見えてくるよう。かつての彼女のパートナー、パコ・アリアガも演奏。インマが歌う友情物語。アントニオのマリアーナはしっとりと。タンゴスでの、清らかな色気。いやらしくない、下品でない、女性の魅力を最大限に活かした色気。その合間に登場し、ブレリアの由来や舞踊の歴史、パストーラ・パボン、ニーニャ・デ・ロス・ペイネスやペリコンのエピソードを語るホセ・ルイス・オルティス・ヌエボの言葉も踊ってしまうイサベル。(この辺順番はあやふや)

歌を踊る。これこそフラメンコ。シンプルな昔ながらの形が振りが彼女の手にかかると宝石のように輝き出す。

そしてダビが歌うカンティーニャスは生成りのシンプルなバタ・デ・コーラで。そのバタの自然な動き。派手に“見せる”動きではなく、さらっと、呼吸するかのように動くバタ。美しい。儚くも美しい夢のような瞬間。そこから皆で袖に入り終わりかと思えば、最後にイサベルが一人舞台に残り、録音のソレアを踊る。まだ幼かった彼女に歌ったというアントニオ・マイレーナの声で幕。

彼女の師、マティルデ・コラルのスタイルはイサベルの中に息づいている。彼女の踊りを支えてきた歌い手たちギタリストたちの愛、観客たちの愛、すべてが愛に包まれた最高の一夜でございました。フラメンコは情熱というけど、激しいだけじゃない、優しくも落ち着いた暖かな愛が、究極のフラメンコの美を包んでいた、そんな感じです。見た人誰もが幸せになったはず。あの場にいられたことに感謝しかありません。






2026年9月15日火曜日

イスラエル・フェルナンデス『オロ・イ・マルフィル』

スペインで今、人気のあるフラメンコアーティストといえばマドリードで1ヶ月以上のロングラン公演を毎年上演するサラ・バラスを筆頭に、ミゲル・ポベーダ、今年の夏各地の音楽フェスティバルで満員札止めのギターのジェライ・コルテス、そしてこのイスラエル・フェルナンデスなわけで、今回のアルカサルでの公演ももちろん満員。

私は8月にラ・ウニオンのフェスティバルでも見てきたわけなんだけど、その時に比べてこの日は調子が良くないな、というのがまずは大雑把な感想。

会場は世界遺産だし、宮殿の美しいアラブ装飾をバックとした舞台も美しく、舞台からはヒラルダが見えるというのは最高なはず。ビエナルの会場として、ここでいくつも美しいもの素晴らしいものを見てきた。マティルデ・コラルへのオマージュ、パケーラの熱唱…

でもこの日の公演はそういった長く記憶に残るものとはけしいてならないだろう。女性の弦楽トリオ(バイオリン、ビオラ、チェロ)が参加しているのだけど、ごめん、クラシックのプロじゃない私が聴いても上手じゃないというのはよくわかる。耳栓必須の音響のボリュームと愛かってうるさい。続いて無伴奏でのブレリア、イスラエルのピアノでの弾き語りからギターのディエゴ・デル・モラオが登場してのアバンドラオ。そのディエゴのギターもなんかいつもとtがう。え?この日は暑かったし、屋外の公演ということもあってチューニングが難しかったとかあるのかな。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

パッヘルベルのカノンがフラメンコとなんの関係があるのか知らないけど、アレグリアス、メルセも歌ったポピュラーなプロテストソング『アル・アルバ』、ソレア、ティエント、ディエゴのソロでブレリア。ディエゴ伴奏でシギリージャ、ピアノでグラナイーナ、ブレリア…

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

たくさん歌ったし、弦楽トリオの他にも3人の女性コーラス、男性パルマ2人、パーカッションにアネ・カラスコ、そしてディエゴと舞台の上に10人のミュージシャン。でも舞台の出入りとか整理されてないし、女性コーラスも自分の出番まで舞台上にいるのに手持ち無沙汰みたいにしてるし、ちょっとカオス。

2年前のアラメーダ劇場の公演での方がずっと良かったように思う。

アーティストも人間、調子の良くない日もあるよね。でも弦楽トリオ、入れるならもっと上手な人にしてください、と思ったことでありました。

2026年9月14日月曜日

ホセ・フェルミン・フェルナンデス『ギターラ・デスヌダ』、ホセ・マジャ『レハノ』

 19時からはトゥリナでギター公演。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

タイトル通り、全くのソロ、歌もパルマも何もない、ギター一本だけでの公演。最初の一音でもうただものじゃない感。音だけですごいギタリストだというのがわかる。最初はロンデーニャ、パコ・デ・ルシアのをマノロ・サンルーカルが演奏したら、みたいな感じ。巧い。そう、巧いんですよ、音も綺麗だし、いろんな要素を詰め込んで、オリジナリティもある。あるんだけど、音数が多く、息ができないくらいに詰め込みすぎで、しかも全体の曲調がブレリアすらも哀調を帯びているというか、どこか悲劇的でずっと聴いていると鬱になりそう、と言ったら言い過ぎかもだけど、オレな瞬間はない。あったとしても音が詰め込みすぎなので口にできない。ビエナルでソロを弾くのは夢だったと語るなど、人間的にも感じがいいんだけど、彼の演奏はすごいことは認めるけど、私はもっと余白のあるフラメンコが好きだなあ、と確認。はい、個人的な好みの問題です。

22時半からはセントラル劇場でホセ・マジャ『レハーノ』。いやすごかった。幕開けの、彼自身が歌うシギリージャからして絶品で、踊り手の余技のレベルじゃなく、うならされる。全身フラメンコなのだ、この人は。そして全身全霊でフラメンコと対峙し、フラメンコを体現していくのだ。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

タラント、カーニャ、カンティーニャ、ブレリア…フラメンコのさまざまな顔を見せながら進み、最後のソレア。これがすごかった。彼の師の一人であるグイトのソレア。心からの敬意が、愛があってこその踊りで、まるで二人で踊っているようで。目線に至るまで細やかに再現されて、フラメンコはこうして受け継がれていくのだな、と、しみじみ感じさせてくれた。

途中から彼自身の振りのソレアになっていくのだけど、それもまた、伝統に学び、自分の表現を作り上げていくフラメンコの歴史と重なるようで胸が厚くなる。

身体づかい、回転。昔ながらの振りや形も彼のよって新しい命と輝きを得るのだ。もうほんと、最高! こういうのを見るとやっぱ私フラメンコ好きだわ、フラメンコが私を元気にしてくれる、って思うんですよね。ありがとうホセ。

音響のボリュームちょっと大きすぎたのと、大汗かいているのに最初から最後まで1着の衣装だけというのだけはちょっと残念だったけど、とにかく良かった。いいフラメンコを浴びることができて幸せでありました。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León 


2026年9月13日日曜日

ラウル・ロドリゲスとカニート『ラ・クエルダ・アル・アイレ』、アンヘレス・トレダノ『ラ・ミスマ・サングレ・デル・クエルポ』

 19時から市立ホール、サラ・トゥリナでラウルとカニートのギター公演。

この会場、昔はエル・モンテ(のちカハソル)が管理しててフエベス・フラメンコスなんかも行われていたとこですが、現在はセビージャ市立の音楽ホールとしてジャズや現代音楽、クラシックなどの公演も行われています。ビエナルではギター公演の会場としてお馴染み。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

キューバの弦楽器トレスを操りフラメンコを演奏するラウル・ロドリゲスはかつて、ソン・デ・ラ・フロンテーラで活躍、ヘレスのフェスティバルなどにも出演したことを覚えているかも?彼と、舞踊伴奏で活躍し、東京のタブラオに出演していたこともあるカニート。二人のオリジナリティあふれるアルティスタをくっつけたのはビエナル監督だったそうですが、すぐに友情がはぐくまれたそうで、二人の、フラメンコだけでなくいろんな音楽世界に開かれた才能が交差する楽しいコンサートとなりました。二人ともずっと立ったままで、まずはデュオで2曲演奏。近づいたり離れたりと舞台上で動くのも面白い。

そのあとはソロで3曲あってまたデュオに。そしてまたデュオというシンプルな構成。最後のブレリアとタンゴが最高でございました。


20時からのドランテは間に合わないのでパス。

22時半からのアンヘレス・トレダノを観にアラメーダ劇場へ。ハエン出身の若手実力派。彼女と共にペーニャなどで一緒に歌っていたという3人のカンタオーラと共に、セビージャの演劇学校生徒が登場。アンヘレスも含め、全員が白い下着姿(プラスアルファの羽織ものみたいなものやスカートを履いていたりもするけど)。女優さんが演出しているらしいけど、下着姿で半分お尻が見えてたりとか、うーん、美しくない。多分フェミニズム的理由とか、みんな違ってみんないい、いろんな身体があってそれを全部肯定するという感じなのかなあ、とかは思うけど、うーん。

パレハ・オブレゴンのセビジャーナスをピアノで弾き語りするところではみんなで踊るけど、うーん、名曲に合ってたかというと、うーん。


アンヘレスは無伴奏で舞台のヘリに腰掛けて歌ったカーニャやタラントなど色々、同輩たちもちょろっとファンダンゴ・デ・ウエルバのメドレーでソロで歌ったり。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León


以前見たロシオ・マルケスの舞台もそうだったけど芝居仕立てのカンテ公演ってのが流行ってるのかな。見せる工夫なのかもしれないけれど、うまいし、普通に真っ直ぐ歌っているのを聴きたいなあ、って思ってしまうのであります。余計な情報はいらないよー、シンプルにいい歌は芝居の真似事なんか必要じゃないのに、と。ま、みんな色々試行錯誤して自分の表現探すんでしょうね。

2026年9月12日土曜日

サラ・バラス『インフィニータ』

スペインで最も人気のあるフラメンコ舞踊家、サラ・バラスの新作初演。満員御礼。

アンダルシア8県をテーマにしたプログラムで、舞踊団群舞のマントンを使ったブレリアからファンダンゴ・デ・ウエルバに始まり、黒い衣装のサラのタラント/タンゴはアルメリア、


このビデオは暗く見えるけど、実際はもう少し明るいです。

ギターソロでのマラゲーニャに続くお祭り風のベルディアーレスはマラガ、コルドバはパンタロンに乗馬用の足あて、サホネスをつけたセラーナで、サラのソロに群舞が加わり表現、ハエンはホセ・メルセが歌ったトリージャでと言った具合。ここで聞かせたソロ・デ・ピエのクリアさは健在。さすが。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

踊り自体は90年代ぽい感じというか、今風の身体表現や超絶技は登場しません。グラナダはギターソロのグラナイーナとカンテのアバンドラオ。セビージャはソレアで始まりそれがシームレスにセビジャーナスへ。最後は彼女の生まれ故郷のカディスで、アバニコとコルドベスを手にした群舞のタンギージョからサラのアレグリアス。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

オスカル・デ・ロス・レジェスの照明は綺麗だし効果的。靴音が明確に聞こえてくる音響もよく、華やかな仕上がりはさすが。一方、踊りそのものは、現在のフラメンコ舞踊のような、体幹の強さを感じさせるような、超テクニックは登場しないし、群舞も基本全員同じ振りという感じで特にこれと言って見るべきところはないような。彼女が頭角を表した90年代ぽい感じの踊りというか、今となってはちょっと時代を感じさせる。ただ、それはきっと、あの時代から今までずっと舞踊をその移り変わりも含めて見ているからそう思うのであって、サラの名前に惹かれて見にきた観客は、美しい舞台に満足して家路を辿ったことでしょう。

なお19時からはサラ・トゥリーナでアントニオ・レイ、

22時半からはセントラル劇場でトレメンディータ公演がありました。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León




2026年9月11日金曜日

ビエナル2026開幕ガラ『エル・ムンド・ポル・モンテーラ』

 2年に1度の世界最大のフラメンコの祭典、ビエナルが開幕いたしました。

会場はマエストランサ闘牛場。闘牛場のアレーナに座席が並べられ、闘牛場の座席も4分の1くらいでしょうか、使っていたのでお客さんも結構入っていたと思います。

およそ100年前、スペイン各地の闘牛場などを舞台に“オペラ・フラメンカ”と題された公演が繰り広げられていました。オペラと題したのは、オペラが他の公演よりも税金が安かったからということですが、またオペラと名乗ることで、フラメンコを酒場の音楽ではなく文化であることを主張していたのだともいいます。

その時代。1920年代へのオマージュとしてのこのガラ公演。ビエナル監督ルイス・イバラとアンドレス・マリンが構成演出。通常なら各自でリサイタルを行うだろう(実際今回のビエナルでソロ公演を行う人もいる)、ホセ・メルセ、ホセ・デ・ラ・トマサ、アルカンヘル、トレメンディータ、スペイン歌謡系のマルティリオ、パトリシア・ゲレーロ率いるアンダルシア舞踊団、若手のマヌエル・デ・ラ・トマサ、ペレーテ、アンヘレス・トレダーノをマノロ・フランコ、アルフレド・ラゴス、ダビ・デ・アラアルと名手たちの伴奏で、というもの。全体の統一感や流れなど、一つの作品としてのまとまりは感じられなかったけど、ガラ公演だし、元々のオペラ・フラメンカもそういうものだったのかも。2時間。私は闘牛場の石の座席だったのでお尻が痛くなりました。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León


サックス演奏によるファンダンゴなどに始まり、若手3人によるカーニャ、3人それぞれのソロ、そしてバタ・デ・コーラのエドゥアルド・レアルとアンダルシア舞踊団による群舞へとt付きます。これがバックが黒、衣装も黒、照明は暗く、舞台は遥か彼方でよく見えません。うーん、こういう大きな会場ではラ・ウニオンのフェスティバルように大画面を設置して遠くからでも舞台の様子がわかるようにして欲しかったですね。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

同舞踊団監督パトリシア・ゲレーロは白い衣装でサックスによるグラナイーナを踊り、これは良かった。とにかく舞台が遠いから表情までは見えないわけですが、それでもサックスが奏でる歌をしっかり聴いての表現、間合いの良さなどの感覚は伝わってくるわけです。



舞踊団によるコロンビアーナとタンゴ。舞踊団の振り付けは、群舞らしくなく、というか、個人で踊る振りを全員で同時に踊っているというのが大部分で、フォーメーションも含め、もっと工夫があっても良いかと思ったことでありました。

エレキベースの弾き語りでトレメンディータがティエントを歌い、アルカンヘルはビダリータとグアヒーラを。マルティリオはサエタとカンシオン・ポル・ブレリア。ホセ・デ・ラ・トマサのソレア、そしてホセ・メルセのシギリージャ。いずれも伴奏はダビ・デ・アラアル。

最後は当時の人気曲だったファンダンゴ大会で幕。

Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León

うん、志は伝わるけど、闘牛場という会場をいかしてもいないし、むしろその欠点が目立つ公演だったように思います。せっかくの機会だったんだけど、っていう感じ。これなら劇場公演で十分だったのでは?それぞれの演者も一流だけど、各自のベストなパフォーマンスだったかというと疑問も残るし。いや、一つの公演を成功させるって難しいですね。