2021年7月10日土曜日

スペイン国立バレエ団『ラ・べジャ・オテロ』


7月7日マドリードのサルスエラ劇場で初演された『ラ・べジャ・オテロ』


ルベン・オルモ監督就任以来、昨年のヘレスで『エボカシオン・ボレーラ』『ロ・フラメンコ』、今年4月にはセビージャでグラン・アントニオへのオマージュで『ビト・デ・グラシア』『エスタンパ・フラメンカ』と新作を上演してきましたが、ヘレスでは前監督アントニオ・ナハロの作品と、セビージャではアントニオ自身の振り付け作品との併演でした。いずれも素晴らしい作品でしたが、今回はストーリーのある一本だての作品ということで、より注目されているのでしょう。劇場にはマノロ・マリン、グイト、タティ、マリア・パヘス、アントニオ・カナーレス、ラファエラ・カラスコ、ホアキン・コルテス、コンチャ・ハレーニョらたくさんの舞踊家たちの顔が。

そんな華やいだ雰囲気だけど、まだ2席ごとに1席空けているのはコロナゆえ。それでも劇場で、生オーケストラ伴奏での舞踊公演を観ることができるのは本当に幸せなこと。



大作でした。

La Bella Otero-Ballet Nacional de España  Maria Alperi 
北スペイン、ガルシアでのお祭りの場面


ラ・べジャ・オテロは19世紀末に大変人気のあったダンサーで、パリのフォリー・ベルジェールのスターとして活躍し、ロシア大公、スペイン国王、モナコ大公、セルビア王、英国国王などの寵愛を得た、という伝説的な存在。実は北スペイン、ガリシア地方の生まれで少女時代に性暴力を受け、その後出奔し、ポルトガル、バルセロナでショービジネスに入り、パリで活躍。カルメンの娘という触れ込みで、アンダルシアのジプシーとして、パリはもちろん、アメリカでも公演した世界的スターでありました。その彼女の人生を追った作品で、ガリシアの民族舞踊に始まり、ヒターノたちの踊りに親しみ、オペラ『カルメン』にインスパイアされ、カフェで踊るフラメンコに影響を受け、世界を周り、フォリーベルジュールのスターとなり、カジノに溺れ、ベルエポックに輝き、各国王を集めた誕生パーティーを開き、やがてカジノ沼に沈んでいくというその人生が、簡潔に、それぞれの場面にまとめられています。民族舞踊、スペイン舞踊、フラメンコ、フラメンコシューズで踊るタップ風あり、オリエンタル風あり、フレンチカンカンあり、セクシーダンスあり、と踊りもたっぷり。

オテロは、若き日をパトリシア・ゲレーロが、晩年をマリベル・ガジャルドが踊り、かつ歌います。

La Bella Otero-Ballet Nacional de España  Maria Alperi 
マントンで踊るパトリシア

幕開きで美しいカスタネットの響きを聴かせるマリベルや、神父そしてオテロのマネージャーの2役を踊ったゲスト・プリンシパルのフランシスコ・ベラスコら、ベテランの存在感が作品に重み、厚みを与え、またモナコ大公とバレエ教授とフォリー・ベルジェールの司会の3役を演じた第一舞踊手エドゥアルド・マルティネスは芝居心に加え、歌も歌って大活躍。他にもジプシー青年とロシアのツァーを演じたホセ・マヌエル・ベニテスら、それぞれにちょっとした見せ場もありつつ、非常にわかりやすくまとめられている作品で、衣装も美しく、時代の雰囲気を表そうとしています。


La Bella Otero-Ballet Nacional de España  Maria Alperi 
フォリー・ベルジェールのカンカン娘たち


ただ最初のガリシア、民族舞踊のシーンの衣装はオテロの赤いスカート以外は地味な色合いでまた舞台上の人数が多いのでせっかくのダンスが映えない、とか、上手にオテロがパトロンと並んで座って見てるていの、劇中劇『カルメン』が全幕?って思うくらい長かったり、カフェのフラメンコシーンも長めだったりとか、フォリー・ベルジェールでのカンカンが衣装のせいもあるのかな、で、いまいちだったり、はちょっと残念かもしれません。


La Bella Otero-Ballet Nacional de España  Maria Alperi 

それでも、カジノのシーンで、ルーレットと一緒に回り出す人たちや、棒を繋いだ長い袖を翻して踊るロイ・フラーのイメージの挿入、ベルエポックの衣装姿の散歩など、面白かったり、美しい場面も多く、また、終わり近く、怪僧ラスプーチンを踊るルベン・オルモの体の使い方の素晴らしさなど、観るべきところも多く、おすすめできる理由もたくさん。

ゲストで主役のパトリシアは熱演。これまでにも自分の作品にも演技的要素があったし、そういった経験も生きているのでしょう。でも、この作品は、ラ・べジャ・オテロの人生をなぞるように描いてはいても、彼女の内面や感情はあまり描いていないという感じ。どうして彼女に皆が夢中になったのかも見えてこない。あえてそうしたのかなあ。各国の国王たちが集う誕生日に宝石だけで身につけて登場したとか、彼女がまとった衣装を生まれ故郷の聖母様の衣装として寄贈したというエピソードは丹念に描いているのだけど、人としての彼女が見えてこない。カジノが大好きで顔が輝くのはわかったけど、男性や宝石はそれほど好きだったようにも見えなかったし。うーん。

ちょっとミュージカルみたいな感じもあり、美しく、楽しく観られる作品だけど、個人的にはそこがちょっと不満。期待しすぎたのかな。でも、アーティスト、スタッフが一丸となって作り上げた大作で、スペイン舞踊ファン必見の作品には違いありません。


マドリー公演は全て売り切れだそうですが、来年5月にはセビージャのマエストランサ劇場での公演が予定されています。それまでに他にもきっと公演を重ねて、また違った印象があるかもしれないな、と思っておりまする。








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