2026年6月12日金曜日

ルシア・アルバレス“ラ・ピニョーナ”『セントラル』

 なんというか、ほんと、何が何だかわからないんだけど、気がつくと泣いていた。終演後、友達に、また泣いちゃったよーって言ってるうちにもっと込み上げてきてしまい止まらない。恥ずかしい。なんで泣いたか自分でもわからない。私が泣いたからすごい、とかそう言いたいわけじゃない。でも、ルシアの踊りには私の中のなにかを突き動かすなにかがあったということはたしかなのであります。

はじまり。客席から登場して舞台に上がり踊り始めるソレア。  すっくと立ち場を完璧に支配するその姿の美しさ。気高さすら感じられる。

歌を聴いて丁寧に踊る。


©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol

ギターソロはパコ・デ・ルシアのモチーフを借りて展開するロンデーニャ

続くファルーカはキンキラキンの衣装で。コンクールでこれきてたら、衣装警察としては、おい、って言いそうだけど、リサイタル/自分の作品であれば問題なし。なんか意味あるのかなとおもったけど、特になさそう。ただ形としては女性の乗馬衣装アマソナ的デザインなので、伝統を新しく捉える、ってことなのかもしれない。わかんないけど。

そういえば彼女の踊りも伝統的な形やパソも出てくるんだけど、その組み合わせかたにオリジナリティがあるので新しい形に見える。

ギターがなんかちょっと違和感あったので終演後、観にきていたギタリスト、フアン・カンパージョに聞いたところ通常の調でなく、サンブラ的な調で演奏されていたとのこと。なるほど〜。

そう、ファルーカはサンブラを経て、タンゴへ。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol
 
 トナからの

最後はシギリージャ。伸びやかで品格のあるシギリージャ。

©︎ Remedios Malavárez/Fundación Cajasol

彼女の踊りは、動きの一つ一つにセンティードがあると感じる。体操と舞踊の違いはそこだと思うのだけど、体操的になっちゃう踊り手も特に若い人には多い気がする。心をこめる、というか、意味を持たせるというか、動きに必然性があるというか。漫然とではなく、意識して動くというか。

止まって上を見る、何かを探しているような、遠くを見つめているような。その眼差しにノックアウトされた。

最初と同じように客席中央の通路を歩いて去って行き、おしまい。ぎゅっと凝縮された感じ。

フラメンコは、別にドラマやコンセプトやあらすじやそんなものを付け足す必要はなくて、踊り一曲だけで、全てを表現できちゃうんだなあ、と。物語は踊り手自身の中に、もしくは観客ひとりひとりの中にあって、フラメンコはそれを目覚めさせる、という気がする。


いつもいつもカハソル劇場公演の後は一人で大好きなバルに寄ってから帰るんだけど、昨日はつい遅くまでみんなと飲んじゃったよ。






0 件のコメント:

コメントを投稿