2023年1月13日金曜日

『カルメン』配信を見て


12月21日(パコ・デ・ルシアの誕生日!)の公演を見た人たちがSNSで、大絶賛するなど、その感動を書いていたのを読んで、気になっていた『カルメン』
配信(https://t.livepocket.jp/t/carmen2022?fbclid=IwAR3RF91yt0svsbfBhuGwsvML-2S6M5G_mvzHAxXaHpPTlWi9Paz1BLmEMP0)が始まり、ようやく私もスペインから観ることができました。

SNSでの絶賛もなるほど、と思える大作、力作。
主役にしてこの舞台の主催者であるJURINAさんという方はお名前はどこかで見かけたかな、くらいにしか存じ上げませんでした。つまり、失礼ながら言わせて頂くと、一応、フラメンコの世界の人間である私も知らないくらいに、いわば無名に近い方が、コロナ禍で生まれた政府の助成金を得て、自分の夢を実現させた、ということのようです。まずそれがすごい。
助成金がもらえるというのは簡単に思えるかもですが、そのためには企画書書いて予算組んで、書類揃えたり、と大変なエネルギーが必要とされます。そして実際に制作していくと大抵予算オーバーで、考えていなかったような問題も出てくる。そのハードルを超えるだけの情熱があったのもすごいし、それをやり遂げたのもすごい。
で、共演者を見るっていうと、これは私も直接知っている方がたくさん。若手実力派男性ダンサーたちやスペインのフラメンコシーンでも活躍できるだろうギタリストやミュージシャンたち。主役を知らずとも、この顔ぶれを見て興味を抱いて観に出掛けた人も多かったかもしれません、と思うくらいの、メンバー。それも配役がなるほどね、って思える感じ。面白そう、ってきっとフラメンコ好きは思ったはず。

広く知られた題材である利点を十分に利用して、シンプルな構成で、物語を語っていきます。音楽の基本はフラメンコ。時にオペラで知られたメロディのフラメンコバージョンも加わって、フラメンコを知らない人にも親しみやすくしているのも効果的。
おそらく、ですが、主役でプロデューサーのJURINAがはっきりとしたビジョンやイメージを持っていたのだろうな、と。それを共演者に伝え、その熱量とともに理解されることで、全体の一体感が生まれ、一丸となって公演に取り組むことができたのだろうな、と。出演者の一体感、ビデオからでも感じられました。
イメージがあるからキャスト選考/依頼も、スタッフ選びもスムーズだったのではないだろうかと。小松原庸子スペイン舞踊団でキャリアを積んで自分でも大きな舞台をやっている田村陽子を振り付け、演出に選んだのもそういうことで、プロデューサーとしてのセンスがいいってことかと。全部、自分でやらず、自分より詳しい人に依頼するというのも成功の秘訣。

セビジャーナス・コラレーラに始まり、グアヒーラ、サンブラ、ブレリア、ソレア、ソロンゴ、アバンドラーオ、タラント、アレグリアス、シギリージャ。たっぷりフラメンコも聴けて観られて、それぞれに見せ場も作りつつのフラメンコ曲、オペラ『カルメン』の中の曲のフラメンコアレンジがはさまれる工夫もいい。ギターとパーカッションにフルートとバイオリンが入るだけでミニオーケストラみたいになっている。すごいですね。
オペラのモチーフを使うというのはよくあるのだけど、フラメンコにアレンジして、これだけたくさん、シームレスにというのは聴いたことがありませんでした。

 ホセ役の中原潤はテクニックはもちろん、芝居心もあるのですね、熱演。スニガの出水宏輝
も基礎がしっかりしてテクニックもある。ヒゲはやすとちょっとファルキートやピラールの息子みたいな雰囲気が出てきますね。元々ファルケーロだな、って思ってたけど、実力派。でもセクハラ、もっと大胆に胸鷲掴みにするくらいの気持ちで行ってもよかったんじゃないかとも。性格のいい、お行儀のいい人なのでありましょうが、ここはもっとどすけべ風でお願いしたかったかも。決闘のところ、スローモーションになるのはガデス『血の婚礼』リスペクトな演出なのかな。でも剣取った瞬間酔いは消えるものだろうか、とかも考えたり。
エスカミーリョの松田知也は宝塚の男役のようなかっこよさ不思議な色気で好演。闘牛士をロックスターみたいにするのは新国立のオペラのカルメンだったかでもそうじゃなかったかな、ま、闘牛士もスターに違いないからアリですね。ガルシア役のNOBUは一際大きく、男臭さで役にピッタリな外見だとは思うのだけど、最初の登場シーンの走り方からして一考の余地ありかも。慣れない振りだったからか、下向きがちなのもマイナス。若手と同じに踊らなくて、その存在感を活かして動き少なめで、重心下にどーん、とした方が良かったんじゃないか、と思ったり。ミカエラの脇川愛、上手なのだが、気持ちが前へ前へと進んでいる感じ、一つ一つの振りをきっちりやって半拍くらいおくきもちで踊るともっとしっとりした感じとか出てくるんじゃないかな、と思うのだけど、どうでしょう。
で、カルメン、綺麗な人だと思う。でも、どんなカルメンなのかが今ひとつ見えてこない。兵隊さんが道外すくらいだから魅力的なはずなのだけど、セクシー? 男たぶらかすのが趣味?肉食系?いや実は案外純情?それともただ自分の気分に正直なだけ? 全体的に顎引き気味なのはなぜだろう。顎あげた方が強気に見えるんじゃないかなあ。引いていると自信なさそうに見えちゃわない?相手役との身長の釣り合いから?いや、その場合、スカートの中で少しプリエして低く見せるとかもできたんじゃないかと思うし(ルイサ・アパリシオがこれよくやってる)、肩を後ろに引いて胸ももっと開いた方がかっこよくなるような気がする。もしセクシー路線で行くなら、胸や腰の動きをうまく使うとかできそうだし。うーん、なんか所々見せるのも日本のぶりっ子系みたいな感じで、いや、もちろん、日本のカルメンだから、ぶりっ子で男落とすんだ、っていう解釈もありなのかもだけど。というかそうならそれはもう日本オリジナルな唯一無比なカルメンになりうるよね。ぶりっこでたぶらかし用がすんだら気がすんだら突然冷酷とか。そこメリハリはっきりさせると案外面白いかもしれません。でもそうなるとミカエラをキツい性格にするとか重いタイプにするとかも必要になるか。難しいですね。ホセが身を誤るほどに惚れるにふさわしいカルメンじゃなくちゃだし。

プロデュースして主役も、って本当に大変だから、役作りの時間が足りなかったとか言われたらしょうがない、と思う。でも踊りも漫然とではなく、アクセントをつける方がいいかも。なぜここではこういう動きになるのか、どういうセンティード/方向性、意味なのか、とか、も考えて動くともっと良くなるんじゃないかと思います。形綺麗だし、これからもっとずっとよくなるはず。
アンサンブル、それぞれ結構個性的に見えるし、良いですね。ふくよかさんが入ることでダイナミックになりますね。

衣装は色々言いたくなります。一番気になったのは闘牛場の群舞の白い服。白の方がむしろカルメンよりも目立っちゃうような気がする。お祭り感出したかったのだろうけどマントンとペイネータとかでも良かったのでは?白じゃなくて濃いめのベージュとかかなあ。あとマントンももう少し豪華なものの方が良かったように思う。これエスカミーリョが使ってたものと同じ? 主役が目立ってなんぼだと思うのですよ。あと、山賊になったホセのずた袋風ブラウスは、動きも体も綺麗に見えない、もう少し細身にするとか、できなかったのかなあ。
せっかくのいい踊りがもっと映えるようにと思っても良かったのでは。
などなど、勝手に色々言いましたが、とにかく、それぞれが自分の仕事を全力でやり切ってできた力作、大作で、若手がこんな風に頑張っているのを見ることができて本当に良かったです。応援しています。
再演あるのかな?



ちなみに、カルメンは、フラメンコでも数えきれないほど取り上げられている題材で、昨秋来日公演が行われたアントニオ・ガデス『カルメン』(カルロス・サウラ監督の映画と同時に制作された)もあれば、アイーダ・ゴメスはスペイン国立監督時代に取り上げたし、サラ・バラスもやった(なぜか日本には行ってないけど)。1992年に日本で初演されのちにDVDも販売されたラファエル・アギラール舞踊団のもあれば、セビージャの演出家タボラによる『カルメン』では聖週間の楽隊や馬が登場。アントニオ・マルケスはその後のカルメン、というのをやったし、アントニオ・カナーレスはローラ・グレコとの『カルメン、カルメラ』というミゲル・ナロウの演出で、ホセがストーカーにしか見えない(カルメンサイドからしたら確かにそうかも)、新しい視点のカルメンを見せてくれた、と資料見ずともこのくらいは記憶だけでも思い出せます。日本でも小松原庸子スペイン舞踊団がやっていましたね。スペインでも公演してお手伝いしたのは何年前だろう。。。
オペラ、バレエ、映画、ミュージカルなどでもお馴染みで、バレエでもいろんな振り付け、演出があったり、で、誰もが、なんとなくその物語は知っている(気になっている)、それが『カルメン』。元はと言えば1847年に発表されたフランス人作家メリメの小説で、それを題材にしたオペラが初演されたのは1875年。フラメンコが今、私たちが知るような形になりつつあった時代です。フラメンコという言葉が使われ始めたのが19世紀中頃で、メリメがスペインを訪れたのはフラメンコの芽生え時代。オペラにもスペイン的要素は使われていますが、今私たちが思うフラメンコきょくは使われていません。簡単に言えば、恋で道を誤り殺人を犯した話、なわけですが、19世紀のロマンチシズムやオリエンタリズムで、アラブの支配が長く欧州にとって最も近いナーンちゃって東洋だったスペインでの、自由の民ヒターノへの憧れと偏見に満ちた物語だということもできそうです。

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