2024年12月27日金曜日

クーロ・フェルナンデス生家に記念碑


12月20日、セビージャはトリアーナ地区、ファビエ通り7番に
歌い手クーロ・フェルナンデスがこの地で生まれたという記念碑の除幕式が行われました。
セビージャ市長やビエナル監督も列席し、長男でギタリストのパコ、長女で歌い手のエスペランサのほか、
パコたちのいとこに当たるアメリカ在住の歌い手、イスマエル・デ・ロサや、ドランテス、ペドロ・マリア・ペーニャ、ご近所のマノロ・マリンらも顔を見せていた。





当日のビデオも貼っときますね。エスペランサとパコ、市長の挨拶など。パコ、最後ちょこっと歌ってます。
 


なお、実はここに最初に記念碑ができたのは2002年7月。

その数年後、雨が続いた時にこの石とレンガの壁が崩れ落ちてしまい、その後なかなか再建されなかったのであります。それがようやく。



クーロ父ちゃんもペパ母ちゃんもお空に行っちゃったけど、その名前がこう言う形で、生まれた家のあとにあるのは悪くないことですね。
ちなみにここは昔は5番。なお、この通りは歌い手ナランヒートが生まれた通りでもあり、少し先にはその記念碑も。またギタリスト、ラファエル・リケーニもこの通りの生まれで、カジェファビエというソレアもあります。

個人的には昔ここにあったペーニャ・エル・ボージョでたくさんのフラメンコたちに出会ったのが思い出深い。



2024年12月14日土曜日

マリコ・ドレイトン/ アドリアン・サンタナ『ビスナガ』

 『ビスナガ』を知っている人はかなりのスペイン通、いやマラガゆかりの人だろう。

てっぺんが放射状に広がっているセリ目の植物が乾いたもののてっぺんの放射線状に広がる茎状のところに、朝摘みのジャスミンの蕾を手作業で一つづつ刺していったものを、夏の夕方、マラガの海沿いや街中で、売っているのを見たり、買ったりしたことがあるという人がいるかもしれない。夕方から夜にかけてジャズミンの花が開くと、大きな半球状になり、うっとりするほどに香りも高い。

セビージャの街でジャスミンの花の蕾を束ねたモーニョ・デ・ハスミンを売り歩いているのを見た人がいるかもしれない。マラガのビスナガはこれの豪華版で、マラガにしかない。

その『ビスナガ』をタイトルに、マラガ出身のアルティスタを揃えた作品は、マラガゆかりのベルディアーレスで始まる。12月28日にマラガの山間部で行われるベルディアーレスの祭では色とりどりの造花やリボンでいろどられた帽子を被った人もいるパンダと呼ばれるグループで、バイオリンとギター、タンバリンの音楽で歌い踊るのだが、その帽子からヒントを得たのだろう、造花のベストに、リボンを垂らしたスカートのマリコとアドリアンが大きなタンバリンを小道具に見せるオープニングが良かった。ポーズの美しさ。民謡としてのベルディアーレスとフラメンコでのベルディアーレスはちょっと趣が違うのだが、マラガのアーティストらしく、朗々と歌い上げる。続いてマラゲーニャ。近頃、マラゲーニャの締めにベルディアーレスを歌うことが多く行われるが、いわばその反対。(ここは、カディスの歌い手、メジーソのスタイルを歌うのではない方が良かったようにも思うけど)そしてロンデーニャへ。

カンテソロのファンダンゴを挟んで、マリコのソロでソレア。黒地にレースの赤の花の衣装で渾身のソレア。マノがきれい。ていねいに、大切に踊っている感じ。これまでずっと真摯に好きなフラメンコと取り組んできたのだろうな、というのがわかる踊りだ。

この日から初めてのソロアルバムの配信が開始になったというフランシスコ・ビヌエサのギターソロを挟んで、アドリアンはタラント。このタラントが良かった。抑制された中にも熱を感じる、タラントらしいタラント。ただ中に着ていたキラキラの飾りいっぱいのシャツブラウスがその味わいを損なっていたのがなんとも残念。丈の短い上着には白いブラウスでサッシュを締めて、の方がいい。タンゴはどことなくアントニオ・カナーレス風な味わいもあったように思う。

最後、フィン・デ・フィエスタがなかったのは残念だけど、心地よき作品でありました。

この作品は明日日曜日12時30分から、ソロの曲をかえて上演されます。

また普段は香港で教授活動などを行っているマリコさん、3月3日はヘレスの、オフ・フェスティバルにソロで出演予定だそうです。

https://laguaridadelangel.com/calendario-off-festival/


ちなみにタイトルとなったビスナガの作り方など紹介しているビデオ



ベルディアーレスのビデオ(マラガ県アルチドーナのフラメンコ祭で上演された同タイトルの作品でのもの)


貼っときますね。