2026年1月25日日曜日

平富恵スペイン舞踊団公演『フラメンコ・スペイン』


毎年、意欲的な作品を発表し続けている平富恵。
スペイン舞踊団とナウっているように、フラメンコだけでなく、フラメンコや民族舞踊などのテクニックも使うクラシコ・エスパニョール(エスティリサーダ)をも毎回レパートリーに入れたプログラムで、フラメンコ/スペイン舞踊の華やかさや豊かさを幅広い観客に届けてくれています。

今回は第一部はスペイン舞踊、第二部はフラメンコという構成。それで、フラメンコ、スペインというタイトルなのかな。
と言っても、第一部でも有田圭輔のトナーのカンテ・ソロがあったり(熱唱!声がいい)、小松未歩のカンシオン(プログラムにはカンテとあったけど、歌ったのはフラメンコのリズムでのカンシオンですね)があったりもします。また、開演前に幕前での解説を小松美穂さんがされて、最後はリズムを叩くというのもしていました。少しでも知ってもらおう、参加して楽しんでもらおうという趣向なのでしょう。

さて、本編。
現代風にアレンジされたバッハのメロディをポーズからはじめてやがてカスタネットも使ってというオープニングから。カンテソロの後は出演者全員でのエスパーニャ・カニ(+カルメン)で華やかに。おそらく出演者の技術レベルに差があるので最大公約数での振り付けになってしまったからだと思うのですが、これはちょっと発表会風で、舞踊団公演的には残念。今回のゲストダンサー、ヘスス・ペローナのカパ、マント使いなども見られるのだけど、布がもう少し多みがあるともっと綺麗に見えただろうな、と。ついでに言えばパンタロンも、talle alto腰高のもの、胸の下くらいまであるものの方が綺麗だろうな、と思ったり。でも続くサパテアード、国立のバージョンよりm音楽少し早い?タメがないので踊りやすくはなさそうだけど、かっこよかった。アントニオ・アロンソなどのスペイン舞踊を思い出させる。基本に忠実、クラシックだけど現代化されている、というのがこの人の踊りの特徴かも。続く、ディエゴ・シガーらがキューバ出身のジャズピアニスト、ベボ・バルデスの伴奏で歌った曲を踊った女性のデュオが素晴らしかった。舞台中央に降りてきた額縁を挟んで二人が鏡のように踊ったり、額縁から抜け出して一緒に踊ったり、ちょっとした競り合いがあったりとユーモアも。舞台の上に額縁、というのは昔、ルベン・オルモの作品『トランキロ・アルボロト』でもあったけど、こんなふうな使い方は他にあったかな…振り付けとしてもボレーラぽいところ、バレエぽいところもあったりで美しく、新鮮で、非常によかったです。プログラムには曲ごとの振付家が記されていないけどこれも平さんのかな。素晴らしいです。
続く『ムヘーレス』は女性4人の群舞。こちらも照明も含めよく工夫していたと思います。
平とヘススの『タクトゥク』はいわゆる口タブラ、タブラの音を口で言っている曲に合わせてのもので踊るもの。元々、ファリャやアルベニスなどのクラシック曲をフラメンコなどスペインの舞踊のテクニックで踊ることでクラシコ・エスパニョールと呼ばれていたものが現在はエスティリサーダというようになっているけれど、それにはこの曲や、女性デュオの曲のようにクラシック以外での曲を踊るということもあって、クラシコと呼ばなくなったのでしょうね。いわば現代スペイン舞踊。フラメンコ以上に複雑なリズムの曲を足だけでなく体全体でうまく表現しています。面白い。小松美保の歌のソロ(こういうカンシオンをこなすのも才能)を挟んでの後に、スペイン奇想曲。タンバリンを使っての振りがいい。バレエのエスメラルダじゃないけれど、ヒターナ/フラメンコ/スペインというとタンバリン、というイメージがあったこの作品が発表された当時(19世紀末)のイメージを考えたのかもしれません。今はあまり使われないので古臭いどころかかえって新鮮にみえました。チェックの衣装というのは珍しいけど、これは土着味と現代風を取り入れるタメなのかな。前に足を出して飛ぶホタのパソなどを効果的に使って、華やかにダイナミックに組み立てられている。これで第一部終了。

フラメンコの第二部はセビジャーナスから。歌っているのはコラレラなのだけど踊っているのはボレーラ的で、そのミスマッチ感が面白い。ブレリアスではミュージシャンそれぞれソロを取るのだが、ギターの音がもう少し前に出た方がいいような。ちょっと聞こえにくくて残念。宮北華子と松田知也による芝居仕立てのソレア・ポル・ブレリアは、一昔前のスペイン国立バレエのマルティネーテなどを思い出すような雰囲気。ドラマチックに、また男性が一歩下がって女性を支えるような感じが伝統的なパレハの踊り方なのだけど、松田も宮北をサポートするように踊っていたのがいい。背の塩梅もちょうどいい感じ。平のソロはシギリージャ。キラキラする紅の短めのバタは夜会服のよう。カスタネットでのシギリージャは個人的に大好きなのですが、曲の持つ重厚さ、深刻さと言ったものからは少し離れてよりエンターテインメント的に演出されていたような気がします。才能ある人ならでは、ですね。ヘススのタラントは男性らしさに溢れ、曲の持つ抑制された感じもよく表現されていて素晴らしかったです。こういう、ストレートなタラント、クラシックだけど、昔のものをそのままではなく現代的なテクニックも入れての振り付け、本当によかったです。こんなタラント最近見てないよ、と思ったのですが、前回、2年前に平さんの講演でも彼、タラント踊ってたのでそれ以来ですね。私、ハビエル・バロンのタラントが大好きなのだけど、それに次ぐくらいに好きかも。
最後のアレグリアスは圧巻!ただひたすら華やかに。舞台いっぱいに広がるバタ・デ・コーラの群舞もよく揃っていて素晴らしい。そして平!。華があります。形の美しさだけでなく、魅せ方を知っているというか。そんな漢書だからこその舞台になったと思います。フラメンコを知っている人も知らない人も満足行くだろう舞台だったかと。

前回も思ったけど、ちょっとした首の傾げ方とかが庸子先生を思い出させます。
長年、大きな舞台を作ってきた先駆者のDNAはこんな風に伝えられていくのかもしれませんね。


 

2026年1月7日水曜日

訃報 フアン・ラミレス

 


フアン・ラミレスが亡くなったと、ポル・バケーロのfacebookで読んでフリーズ。あれ、つい最近、スペインの靴ブランド、カンペルのフラメンコ風シューズのプロモーションの写真がアップされてたよね、ここ数年もマドリードなどで公演の話聞いてたのに。なぜ?突然?

どうやら急激に病状が進行して、だった模様。

1959年メリダ生まれ。本名フアン・ナバス・サルゲロ。幼い時からセビージャに住み、1971年にヒタニージョ・デ・オロの名前でフラメンコの天才少年としてレコードデビュー。


その後、セビージャを離れたが、1982年ビエナルのヒラルディージョのコンクールに参加)優勝はマリオ・マジャ)、また1986年コルドバのコンクールでパストーラ・パボン賞受賞。この時期、パコ・デ・ルシアのセクステットに参加。



アルバム『シロコ(邦題; 熱風)』収録のアレグリアスでサパテアードを聴かせている。ただし飛行機嫌いでセクステットのツアーのリズムについていくことができず、マノロ・ソレールに代わった。

私が彼の名前を知ったのはパセオに友繁晶子さんのエッセイでだったが、実際に見ることができたのは90年台のこと。マドリードのカサ・パタスやレボルベールという、どちらも今はないライブハウスで踊るという話を聞いてセビージャからはるばる出かけて行ったものだ。とにかく足がすごい。怒涛のサパテアード。音楽のような靴音は耳に心地良く、いつまでも聴いていたかった。足ばかりでブラソはないとか揶揄されていたが、腕にエネルギーが集中していたような印象も残っている。アントニオ・カナーレスや、彼以降の踊り手たちに与えた影響は計り知れない。リズム遊びのような複雑なサパテアードの祖と言ってもいいかもしれないのだろうと思う。



その後、一時表舞台から遠ざかった時期もあったが(靴を売っているという噂だった)、2004年『マス・フラメンコ・ケ・タコン』というアルバム(CD+DVD)を発表。


最近までマドリードやスペイン各地のタブラオなどで活躍していた。

靴メーカー、カンペールのプロモーションhttps://www.camper-japan.jp/item/women/post-27.html

でその写真が使われていたので、お元気だとばかり思っていたのですが。

カンペルのホームページから

65歳。早すぎる。心からご冥福をお祈りします。


また同日、アンダルシア・ロックのグループ、スマッシュのドラマー、アントニオ・スマッシュも亡くなりました。享年73歳。訃報が続きます。

2025年12月25日木曜日

聖夜の奇跡 大塚友美、松彩果、今枝友加、JITAN、鈴木映留捺、SUI、徳永康次郎、朱雀はるなほか『マッチに灯すフラメンコの夢』


今、改めてタイトルを見て、ああ、本当にあれは奇跡の夜だったのかも、と思っているところ。
舞台も客席も全員でフラメンコを楽しんだ夜だったと思う。そう、フラメンコって楽しい。生きる元気をくれる。楽しむことができるようになるまでに覚えなくちゃなこともたくさんあるし、大変なこともいっぱいあるけど、結果みんなで楽しめる。楽しくなれる。幸せになれる。フラメンコっていいなあ。

今枝の歌うビジャンシーコもあったし、ブレリアにクリスマスのレトラ入れたりもしてたけど、クリスマス色はビジャンシーコよりも子供達が演じるマッチ売りの少女によりあったかも? いやそれよりも、ファミリー的な雰囲気に、かな。
新人公演で準奨励賞受賞の鈴木映留捺はフレッシュな魅力でアレグリアス。歌は大塚友美。鈴木は華がある。これからどんどん上手になりそうな予感。
今年、セビージャペーニャ、トーレスマカレーナで最高のフラメンコを見せてくれたJITANはここでも行きのいい、ドライブ感のある踊りを見せそこに母大塚由美が絡むところはファルーカとファルキートを思い出させる。いやかっこいい。その大塚がSUIと交代で歌い踊るタンゴではピラール、ラ・ファラオナを思い出させるのが面白い。SUIは大人顔負けの歌いっぷり、踊りっぷり。スペインのSNSでバズったのもうなづける。松のタラントは黒地に白の刺繍の豪華なマントンと。タラントのソブリオ、地味なイメージとは合わないのだけど、炭鉱主夫人が、事故に巻き込まれた息子を思って踊っているのかな、などと勝手に想像を膨らませる。そうすると、途中、頭の花を飛ばすほどのロクーラ、狂ったように踊るところも筋が通るな、とか思ったり。タンゴの後でカルタヘネーラへという構成は珍しい。そのタラントを歌った今枝が松とタッチ交代、松が歌って今枝が踊るソレア。このソレアが良かった。松が歌うとは知らなかったけれど、いやいやどうして、上手いタイプではないけれど嘘のないソレアで、それを丁寧にマルカールしてアクセントを効かせて踊る今枝。フラメンコへの愛そのものを見ているような気分。今枝、歌がすごいから見逃されがちだけど踊りも本当にすごい。とにかくいい。歌うことでフラメンコの理解が踊るだけの人とは違うステージに行っているのではないかとも思うけど、とにかくいい踊り手です。

休憩を挟んでマッチ売りの少女の小芝居あってからの新人公演で見せた子供達のブレリア。あの時より二人少ないし、舞台の大きさも違うけど、しっかり振りをアレンジして、きちんとこなしているのもすごい。それにとにかくムイ・フラメンコなのですよ、彼女たち。子供でもこんなにフラメンカで、フラメンコを楽しんでいる感じが伝わってくる。
お教室でいろんな振りを長い時間かけて学んでいくのもいいし、それがあってこそ、自由に踊れるようになるのだろうとは思うけど、結局、みんな自由に踊れるようになりたいからやっているのかもしれないな。ブレリアでリズムをレトラを感じて自由に踊りたいよね、遊びたいよね。もちろん、しっかり構成された振り付けをきちんと踊って、そこに自分の色もくわて、というのもいいけれど、フラメンコをやるからにゃ、ブレリアやタンゴで会話するように踊ることはきっとみんなやりたいんじゃないかと。それを聖夜にガルロチでみんなでやっているんだよ。ブレリアでは小さい子からお孫さんもいらっしゃるようなお年頃のセニョーラまで登場。生き生きと踊る。フリが決まっているのかもだけど、それでもそこに出てくるその人の個性。楽しいね。見てるこちらも楽しくなる。

昭和の時代を、ということで、大塚、アフロのカツラを被った松、金髪カツラを被った今枝の3人が、金井克子『他人の関係』イントロ風に、ポーズするかと思えば、SUIと映留捺が歌うルンバ『カラメロ』があったり、抱腹絶倒の隠し芸大会的フラメンコ。いやー笑った笑った。おちゃらけも真面目にやるのが素晴らしい。最後は大塚の地元、浜松の祭のラッパ隊が登場。そこにフラメンコが絡む。てかラッパ隊のお姉さんたち大塚の生徒なの? ウナパタイータ決まってる! お祭りだね、楽しいね。お祭りの楽しさは世界共通。沖縄でみんながすぐ踊り出すカチャーシーとか、阿波踊りとか、ああいうのと、フラメンコ、同じところもあるんだよね、全部が同じじゃないけれど。人生いろいろあるから辛い悲しい大変なこともあるけれど、歌って踊って笑って忘れて元気になろう、っていうか、そういう働きがああいう踊りにはあって、それはフラメンコも同じだと思うんだよね。フラメンコの起源はきっとそういうところなのだろうと思う。太鼓の昔から古老によって歌い継がれてきたトナから始まったとかじゃなくてとりあえず苦しい現実忘れる楽しい宴の方じゃないかと。これ、ホセ・ルイス・オルティス・ヌエボの説だったと思うけど絶対こっちを支持。トナはトナであったのかもだけどフラメンコがフラメンコになるためには宴が必要だったはず。

それにしても、みんなファミリーじゃないですか、ギタリストの鈴木尚/踊り手の大塚友美家の息子JITAN、パーカッション奏者で踊り手の朱雀はるなと歌っておどるSUI母娘、松彩果の息子もカホンを叩いて舞台に上がっていたし、ギターの徳永康次郎の父もギタリスト、母は踊り手、と日本フラメンコ界にもスペイン並みに代々アーティストというファミリーが増えている。そして年配のおねえさまから小学生など、年代に関係なくフラメンコを愛し、楽しむ人たちがたくさんいる。みんな全身でフラメンコを楽しんでいる。フラメンコの瞬間を生きている。最高じゃありませんか。1万5千キロ離れていても心は一つでございますね。みんなファミリー。フラメンコのファミリー。
フラメンコ最強、最高じゃないですか。    




 

2025年12月14日日曜日

ロルカ・フェスティバル2025 ロルカの詩を踊る


野村眞里子さんプロデュースのロルカ・フェスティバル。

詩とダンスのミュージアムで行われた、講演と公演を観てきました。

講演は南山大学の小坂先生による、ロルカの詩における舞踊についての講演では、ロルカの詩には、フラメンコ舞踊、ヒターノたち、ニューヨークの黒人たち、キューバ、そして緑、月などと、様々な踊りが登場するというお話でした。

ロルカはフラメンコやヒターノたちに興味を持ち、多くの作品のテーマにしていることもあってフラメンコファンにとってロルカは非常に身近な存在です。フラメンコの歌詞にその詩や戯曲などが取り入れられているだけでなく、人間ロルカをモチーフにした作品も作られるなどしていて、知ったような気になっていますが、個人的にはきちんとまとめて読んだことはないのを反省。スペイン語でも日本語でもちゃんと読んで勉強すべきですね、はい。反省。

講演の中にはフラメンコ・ファンなら誰もが知っている『ベルデ』(無有病者のロマンセ)や、カマロンが歌った『月のロマンセ』なども登場したり、モレンテ『オメガ』収録の『ペケーニョ・バルス・ビエネス』(レオナード・コーエンの『テイク・ディス・ワルツ』)なども取り上げられたりして、休憩を挟んで、杏梨と徳永康次郎によるトランスフォルマシオンと伊藤笑苗による公演でも、『月のロマンセ』や『ベルデ』が登場。詩を踊る、というタイトルだけど、朗読者も歌い手もいないのにどうするのだろうと思ったら、月のロマンセは朗読を録音で流し、丸いレフ板を月に見立て、それを使って影絵遊びをするなど工夫を凝らして楽しませてくれました。後で聞いたら朗読も伊藤本人が直前に録音したというのでびっくり。踊りも、指先まで気を配って、形の美しさも今まで以上に意識しているという感じのパフォーマンスで、これまで使っていなかった筋肉を使っている感もあり、マドリードのコンセルバトリオ、舞踊学院で学ぶことがプラスになっているのだろうと感じられました。ピアノでのカフェ・デ・チニータス、そして最後は帽子を使ってのベルデ変奏曲。どこかにあるものを借りてきたものではなく、ロルカ編のスペイン民謡(古謡とも)をモチーフに展開していったオリジナルの音楽もよく、舞踊も音楽のようになめらかで、良きライブになったと思います。


いやいや若い才能にこれからもどんどん活躍していってほしいものです。


 

2025年12月11日木曜日

マヌエル・リニャンen ガルロチ

 今年いっぱいで、エル・フラメンコ時代から引き継いできた半世紀以上にわたるその歴史に終止符を打つガルロチ。日本のみならず、フラメンコ全体の歴史にも一ページを刻んだこの店に出演する最後のスペイン人グループとしてやってきたのはマヌエル・リニャン。昨年に引き続き2回目の出演となる。

 今回は女装で踊るバイラオーラの日、男装でのバイラオールの日と二つのプログラム。初日の公演はバイラオーラの日とのことで、フアン・デ・マリア、ホセ・マヌエル・フェルナンデス、カンテ二人によるトナで始まり、最初は赤い衣装にアバニコでのグアヒーラ、フランシスコ・ビヌエサのギターソロ(グラナイーナやらフアニート・バルデラマの『エミグランテ』やらのポプリでございました。そういえばこないだのセビージャでのペーニャ公演でもオホス・ベルデス的なのも弾いていた気がする)、黒地に白水玉、赤のエナグアという王道、ザ・フラメンコなお衣装でのロマンセ、そして最後は黄緑のバタ・デ・コーラにマントンのアレグリアス。

男性でありながら、女性衣装のバタ・デ・コーラやマントンの技術も極め、女装の男性ダンサーたちによる作品『ビバ!』という大ヒットも生み出した彼ならではの技とアルテのオンパレード。ギターも歌も素晴らしく、客席のあちこちからオレ!の声がかかっていたのも頷ける出来でありました。個人的には去年よりも好きかも。

グアヒーラの扇の使い方も王道だけでなく工夫しているし、マントンにしても男性の体力あってこそではないかと思う怒涛の技術。あの振り、女性がそのまま踊ったら倒れるんじゃ?とか思いつつ観ておりました。ただ、大劇場で踊ることが多い彼ゆえの表情の豊かさが、タブラオのような小さい空間ではちょっとデマシアード、大袈裟に見えてしまわないでもないかもしれない、とは思いましたが、そんなのは小さいことで、とにかく、女性男性問わず、フラメンコを熟知した彼ならではの舞台は一見の価値ありでございます。

ここ数年、群舞などでは、アンダルシア舞踊団『ピネーダ』、『オリヘン』などをみてもジェンダーレス化が進んでいるように思うのですが、そこであえての女性舞踊、男性舞踊というのも気が利いているように思います。きっと彼の最新作 bailaor@にも通じているのかな、と。


で、フィン・デ・フィエスタはこんなふうに弾けて。

フラメンコの最前線。さすがのリニャン、ぜひお見逃しなく。



2025年12月1日月曜日

レラ・ソトenトーレス・マカレーナ

 先日のマエストランサ劇場の公演でシギリージャがメチャクチャ良かったので、レラ・ソトのペーニャ公演へ。


 


レラ・ソト、父はビセンテ・ソト、母は踊り手でエル・フラメンコにも出演したことがあるルイサ・エレディア。つまり父方はヘレスのソルデーラ家で父方の祖父はマヌエル・ソト“ソルデーラ”、母方はマドリードの踊り手ホセーレというアーティスト一家。さらに言えばホセーレの娘たちは長女がエンリケ・パントーハ、次女ホセーラがエンリケ・デ・メルチョール、三女ルイサ“カチート”がビセンテ・ソトと結婚、四女マルタは現役のアーティストで、末っ子が早逝したライ・エレディアというからすごい。

前半は、パストーラにちなんでバンベーラからはじめ、グラナイーナ、ソレア・ポル・ブレリア、ティエント/タンゴ。タンゴの最後では叔父ホセ・ソト”ソルデリータ”が歌っていたのがなんか嬉しい。


休憩を挟んだ後半はミロンガ、シギリージャ、ブレリア。アンコールでファンダンゴ。が、後半は私的にはうーん、だったかも。期待しすぎたのかもです。



シギリージャは先日のマエストランサ劇場とは同じ人とは思えなかったのは、ギターの違いか、前日もバルセロナで公演ということで疲れてたのか…。若いのでまだまだひとバケして欲しい人なのですが、もうそこそこ歌えるし、自分が楽な位置で安住しちゃうのかな。いや、それも一つの道ではあるのですが。


2025年11月30日日曜日

ロサリオ“ラ・トレメンディータ”『トランシト』

セントラル劇場でのアンダルシア・フラメンコ、28日はロサリオ“ラ・トレメンディータ”。
これがまた良かった。とっても良かった。1時間ちょっとのコンサートがあっという間だった。
ドラムス、パーカッションのマヌエル・レイナとギターのダニ・デ・モロン、そしてトレメンディータはエレキベースを弾き語りのトリオ構成。

フラメンコとロックが組み合わさったようなスタイル。でもそれがとても自然。フラメンコとロックを組み合わせようとしてやったのではなく、小さい頃から聞いてきた音楽はフラメンコだけじゃない。おばあちゃんが歌っていたブレリアのリズムのスペイン歌謡もロックもジャズもポップスも、と、色んな音楽が彼女の中ではぐくまれ、こういう形になったんだな、と誰もが納得できるような感じ。
彼女の誠実さが、こういう、独自のスタイルを生み出したんだなあ、と。気持ちがいいほどに彼女の本気、彼女の本当、彼女の真実が伝わってくる。圧倒的な本物感。

ロックなドラムスが刻むコンパスでのトナ。普通のカンテソロだとモダンだなあ、歌いにくくないのかな、と感じるダニのギターもトレメンディータとはぴったりで、相乗効果でより良くなっていくような。ミロンガも良かったけど、ソレアがこの日の最高峰だな、私にとっては。

ロサリオは小さい時から、いわゆる正統派のカンテを歌い、14歳?でウニオンに挑戦したり(この時初めて聞いた。受賞ならず泣いていたのを覚えている)、コルドバのコンクールで優勝したりして、各地のペーニャやフェスティバルでも歌っていた。その後、ロシオ・モリーナと組んで来日公演にも参加していたのを覚えている人もいることだろう。

ソロ、舞踊伴唱など、王道の経験もしっかり積んでの今なのだ。
フラメンコの、カンテのベースがしっかりしていて揺るぎがないからこそ、ベースで弾き語りしようが、むっちゃロックなドラムスが入ろうが、安心していられる。
昔のイスラエル・ガルバンをちょっと思い出した。フラメンコのベースをきちんと築いた上での冒険。型を知り尽くしてからの型破り。
 


アンコールで、「セール・フェリス!」幸せになって!と叫んでいたけど、ありがとう。あなたの音楽で私たちは皆幸せになれました。

なお、会場にはトリアーナの先輩、エスペランサ・フェルナンデスやかつて共演したアンドレス・マリンやホセ・アセド、アリシア・マルケス夫妻なども顔を見せていましたよ。で皆大絶賛!だよね。