志風恭子のフラメンコ 最前線
スペイン、セビージャ在住フラメンコ研究家による最新のフラメンコ情報
2026年1月25日日曜日
平富恵スペイン舞踊団公演『フラメンコ・スペイン』
2026年1月7日水曜日
訃報 フアン・ラミレス
どうやら急激に病状が進行して、だった模様。
1959年メリダ生まれ。本名フアン・ナバス・サルゲロ。幼い時からセビージャに住み、1971年にヒタニージョ・デ・オロの名前でフラメンコの天才少年としてレコードデビュー。
その後、セビージャを離れたが、1982年ビエナルのヒラルディージョのコンクールに参加)優勝はマリオ・マジャ)、また1986年コルドバのコンクールでパストーラ・パボン賞受賞。この時期、パコ・デ・ルシアのセクステットに参加。
アルバム『シロコ(邦題; 熱風)』収録のアレグリアスでサパテアードを聴かせている。ただし飛行機嫌いでセクステットのツアーのリズムについていくことができず、マノロ・ソレールに代わった。
私が彼の名前を知ったのはパセオに友繁晶子さんのエッセイでだったが、実際に見ることができたのは90年台のこと。マドリードのカサ・パタスやレボルベールという、どちらも今はないライブハウスで踊るという話を聞いてセビージャからはるばる出かけて行ったものだ。とにかく足がすごい。怒涛のサパテアード。音楽のような靴音は耳に心地良く、いつまでも聴いていたかった。足ばかりでブラソはないとか揶揄されていたが、腕にエネルギーが集中していたような印象も残っている。アントニオ・カナーレスや、彼以降の踊り手たちに与えた影響は計り知れない。リズム遊びのような複雑なサパテアードの祖と言ってもいいかもしれないのだろうと思う。
その後、一時表舞台から遠ざかった時期もあったが(靴を売っているという噂だった)、2004年『マス・フラメンコ・ケ・タコン』というアルバム(CD+DVD)を発表。
最近までマドリードやスペイン各地のタブラオなどで活躍していた。
靴メーカー、カンペールのプロモーションhttps://www.camper-japan.jp/item/women/post-27.html
| カンペルのホームページから |
65歳。早すぎる。心からご冥福をお祈りします。
2025年12月25日木曜日
聖夜の奇跡 大塚友美、松彩果、今枝友加、JITAN、鈴木映留捺、SUI、徳永康次郎、朱雀はるなほか『マッチに灯すフラメンコの夢』
2025年12月14日日曜日
ロルカ・フェスティバル2025 ロルカの詩を踊る
詩とダンスのミュージアムで行われた、講演と公演を観てきました。
講演は南山大学の小坂先生による、ロルカの詩における舞踊についての講演では、ロルカの詩には、フラメンコ舞踊、ヒターノたち、ニューヨークの黒人たち、キューバ、そして緑、月などと、様々な踊りが登場するというお話でした。
ロルカはフラメンコやヒターノたちに興味を持ち、多くの作品のテーマにしていることもあってフラメンコファンにとってロルカは非常に身近な存在です。フラメンコの歌詞にその詩や戯曲などが取り入れられているだけでなく、人間ロルカをモチーフにした作品も作られるなどしていて、知ったような気になっていますが、個人的にはきちんとまとめて読んだことはないのを反省。スペイン語でも日本語でもちゃんと読んで勉強すべきですね、はい。反省。
講演の中にはフラメンコ・ファンなら誰もが知っている『ベルデ』(無有病者のロマンセ)や、カマロンが歌った『月のロマンセ』なども登場したり、モレンテ『オメガ』収録の『ペケーニョ・バルス・ビエネス』(レオナード・コーエンの『テイク・ディス・ワルツ』)なども取り上げられたりして、休憩を挟んで、杏梨と徳永康次郎によるトランスフォルマシオンと伊藤笑苗による公演でも、『月のロマンセ』や『ベルデ』が登場。詩を踊る、というタイトルだけど、朗読者も歌い手もいないのにどうするのだろうと思ったら、月のロマンセは朗読を録音で流し、丸いレフ板を月に見立て、それを使って影絵遊びをするなど工夫を凝らして楽しませてくれました。後で聞いたら朗読も伊藤本人が直前に録音したというのでびっくり。踊りも、指先まで気を配って、形の美しさも今まで以上に意識しているという感じのパフォーマンスで、これまで使っていなかった筋肉を使っている感もあり、マドリードのコンセルバトリオ、舞踊学院で学ぶことがプラスになっているのだろうと感じられました。ピアノでのカフェ・デ・チニータス、そして最後は帽子を使ってのベルデ変奏曲。どこかにあるものを借りてきたものではなく、ロルカ編のスペイン民謡(古謡とも)をモチーフに展開していったオリジナルの音楽もよく、舞踊も音楽のようになめらかで、良きライブになったと思います。
いやいや若い才能にこれからもどんどん活躍していってほしいものです。
2025年12月11日木曜日
マヌエル・リニャンen ガルロチ
今年いっぱいで、エル・フラメンコ時代から引き継いできた半世紀以上にわたるその歴史に終止符を打つガルロチ。日本のみならず、フラメンコ全体の歴史にも一ページを刻んだこの店に出演する最後のスペイン人グループとしてやってきたのはマヌエル・リニャン。昨年に引き続き2回目の出演となる。
今回は女装で踊るバイラオーラの日、男装でのバイラオールの日と二つのプログラム。初日の公演はバイラオーラの日とのことで、フアン・デ・マリア、ホセ・マヌエル・フェルナンデス、カンテ二人によるトナで始まり、最初は赤い衣装にアバニコでのグアヒーラ、フランシスコ・ビヌエサのギターソロ(グラナイーナやらフアニート・バルデラマの『エミグランテ』やらのポプリでございました。そういえばこないだのセビージャでのペーニャ公演でもオホス・ベルデス的なのも弾いていた気がする)、黒地に白水玉、赤のエナグアという王道、ザ・フラメンコなお衣装でのロマンセ、そして最後は黄緑のバタ・デ・コーラにマントンのアレグリアス。男性でありながら、女性衣装のバタ・デ・コーラやマントンの技術も極め、女装の男性ダンサーたちによる作品『ビバ!』という大ヒットも生み出した彼ならではの技とアルテのオンパレード。ギターも歌も素晴らしく、客席のあちこちからオレ!の声がかかっていたのも頷ける出来でありました。個人的には去年よりも好きかも。
グアヒーラの扇の使い方も王道だけでなく工夫しているし、マントンにしても男性の体力あってこそではないかと思う怒涛の技術。あの振り、女性がそのまま踊ったら倒れるんじゃ?とか思いつつ観ておりました。ただ、大劇場で踊ることが多い彼ゆえの表情の豊かさが、タブラオのような小さい空間ではちょっとデマシアード、大袈裟に見えてしまわないでもないかもしれない、とは思いましたが、そんなのは小さいことで、とにかく、女性男性問わず、フラメンコを熟知した彼ならではの舞台は一見の価値ありでございます。
ここ数年、群舞などでは、アンダルシア舞踊団『ピネーダ』、『オリヘン』などをみてもジェンダーレス化が進んでいるように思うのですが、そこであえての女性舞踊、男性舞踊というのも気が利いているように思います。きっと彼の最新作 bailaor@にも通じているのかな、と。
で、フィン・デ・フィエスタはこんなふうに弾けて。
2025年12月1日月曜日
レラ・ソトenトーレス・マカレーナ
先日のマエストランサ劇場の公演でシギリージャがメチャクチャ良かったので、レラ・ソトのペーニャ公演へ。
レラ・ソト、父はビセンテ・ソト、母は踊り手でエル・フラメンコにも出演したことがあるルイサ・エレディア。つまり父方はヘレスのソルデーラ家で父方の祖父はマヌエル・ソト“ソルデーラ”、母方はマドリードの踊り手ホセーレというアーティスト一家。さらに言えばホセーレの娘たちは長女がエンリケ・パントーハ、次女ホセーラがエンリケ・デ・メルチョール、三女ルイサ“カチート”がビセンテ・ソトと結婚、四女マルタは現役のアーティストで、末っ子が早逝したライ・エレディアというからすごい。
前半は、パストーラにちなんでバンベーラからはじめ、グラナイーナ、ソレア・ポル・ブレリア、ティエント/タンゴ。タンゴの最後では叔父ホセ・ソト”ソルデリータ”が歌っていたのがなんか嬉しい。
休憩を挟んだ後半はミロンガ、シギリージャ、ブレリア。アンコールでファンダンゴ。が、後半は私的にはうーん、だったかも。期待しすぎたのかもです。
シギリージャは先日のマエストランサ劇場とは同じ人とは思えなかったのは、ギターの違いか、前日もバルセロナで公演ということで疲れてたのか…。若いのでまだまだひとバケして欲しい人なのですが、もうそこそこ歌えるし、自分が楽な位置で安住しちゃうのかな。いや、それも一つの道ではあるのですが。


