2024年10月23日水曜日
ホアキナ・アマジャ
2024年10月22日火曜日
マリア・パヘス創作の秘密『エル・バイレ・デ・アルキミスタ』
セビージャ大学の舞台芸術修士コース開講イベントとして、マリア・パヘスの創作過程を描いたドキュメンタリー映画が上映されるとのことでセビージャ大学の文化センター、CICUSへ。私が修士コース受講してるわけじゃ無いけど、無料で一般にも公開されてたのです。
映画『エル・バイレ・デ・アルキミスタ』は、アランチャ・ベラ監督がマリアやマリアの夫で、モロッコ出身の詩人エル・アルビ・エル・アルティへのインタビューと、稽古風景、メリダ、ローマ劇場での公演のリハーサル風景などを通して、その創作の秘密を解き明かそうとしたもの。映画の予告編、貼っておきますね。
映画上映の後は、セビージャABC紙の舞踊評論家、マルタ・カラスコの司会で、監督とマリア自身に話を聞き、会場からの質疑応答も。
群舞の構成を考える時に表を作って、このコンパスの時にこのダンサーが、などと考えていくとか、彼女独特の考え方が数学的ということで(お父様が数学専門だったそう)話題になったりしてましたが、舞踊と数学の関係、リズムは数える、形は幾何、など、ちょっと面白い視点だな、と。
恐怖の表現に映画サイコからヒントを得たり、ヒットラーの演説を音として捉えて、サパテアードで表現する、など、様々なアイデアも興味深かったけど、自分一人で何度も踊って表現を探していく、その過程もすごいな、と。
インスピレーションが突然舞い降り作品が完成するのではなく、たくさんのブレーンストーミング、ディスカッション、そして実際に踊ってみてビデオで撮って見直しして、という地道な作業の果てに、結実するのだということ、改めて理解。
2024年10月18日金曜日
ニームのフラメンコ祭
ニームのフラメンコ祭のプログラムが発表されました。主なプログラムは以下の通りですが、この他にも、開幕のパフォーマンスを9日18時にアンドレス・マリンが行ったり、11日にはカラカフェとペラーテの公演があったり。アーティストのお話を聞く会があったり、充実した内容だと思います。
今年のポスターにもなっているロシオ・モリーナが一日に三作を連続上演するのも、すごいとしか言いようがないですし、その他にも、イスラエル・ガルバンやニーニョ・デ・エルチェ、トマス・デ・ペラーテなど、最前線をいくアーティストたちが登場します。なお・マリア・ペレス、アナ・ペレスはマルセイユのダンサーだとか。
フェステイバルのアドバイザー、チェマ・ブランコ。前ビエナル監督 |
アメリア劇場監督 |
フランス
◇ニームのフラメンコ祭
1/9(木)20時30分『ピネダ』
[出]〈b〉アンダルシア舞踊団
1/12(日)11時『イニシオ(ウノ)』
[出]〈b〉ロシオ・モリーナ、〈g〉ラファエル・リケーニ
15時『アル・フォンド・リエラ(ロ・オトロ・デル・ウノ)』
[出]〈b〉ロシオ・モリーナ、〈g〉オスカル・ラゴ、ジェライ・コルテス
20時『ブエルタ・ア・ウノ』
[出]〈b〉ロシオ・モリーナ、〈g〉ジェライ・コルテス
1/14(火)20時『ラ・エダ・デ・オロ』
[出]〈b〉イスラエル・ガルバン、〈c〉マリア・マリン、〈g〉ラファエル・ロドリゲス
1/15(水)20時
[出]〈b〉アンドレス・マリン、アナ・モラーレス
1/16(木)20時『イストリア・デ・ウン・フラメンコ』
[出]〈g〉アントニオ・レイ
1/17(金)21時
[出]〈c〉マリア・テレモート、〈g〉ノノ・ヘロ
1/18(土)21時『アルテル・エゴ』
[出]〈b〉アルフォンソ・ロサ、パウラ・コミトレ
[場]フランス ニーム ベルナデット・ラフォン劇場
1/10(金)21時『マタリフェ・パライソ』
[出]『カンテ・ア・ロ・ヒターノ』〈c〉ニーニョ・デ・エルチェ、〈g〉エミリオ・カラカフェ、『ホリファント』〈c〉トマス・デ・ペラーテ、グループZA!
[場]フランス ニーム パロマ
1/11(土)21時
[出]〈b〉アンドレス・マリン
1/15(水)18時
[出]〈b〉マリア・ペレス
1/16(木)18時
[出]〈b〉アナ・ペレス
1/17(金)18時『クロニカ・デ・ウン・スセソ』
[出]〈b〉ラファエル・ラミレス
1/18(土)18時『ダンサ・パラ、ギタラ』
[出]〈b〉バレリアノ・パニョス、〈g〉ミゲル・トラパガ
[場]フランス ニーム オデオン
2024年10月13日日曜日
ビエナル ファティギージョ賞
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León |
2024年10月6日日曜日
イスラエル・ガルバン『カルメン』
セビージャで最も読まれている日刊紙ABCの、マルタ・カラスコによる公演評のタイトルが「フラメンコでも、オペラでもない、純然たるガルバンの『カルメン』」とあって、まさにそのとおり!
フラメンコ(だけにとどまらない活躍を続ける)舞踊家が、フラメンコ音楽家(歌うギタリスト、マリア・マリン)と交響楽団、オペラ歌手、スエーデンの男声集団ヒュータヤットと共演する舞台作品ではあるけれど、フラメンコでもオペラでもない、イスラエル・ガルバンならではの『カルメン』
オペラの音楽を中心にして、オペラの展開通りに進んではいくけれど、オペラのシーンの合間にマリア・マリンによるスペイン歌謡やフラメンコもはさみこまれるし、オペラ歌手は衣装はつけていないけれど立ち稽古のように少し演技もして動き、時にイスラエルと対峙することもある。イスラエルが踊るのは音楽そのもののようにみえるところもあるが、そうかと思うとカルメンになったり闘牛士になったり。またアントニオ・ガデスの『カルメン』のセビジャーナスやタバコ工場のタンゴ、オペラで歌われる『セギディーリャ』を映画版でパコ・デ・ルシアがブレリアのリズムにのせ演奏したものなども挿入され、ある意味、ガデス/サウラへのオマージュでもあるし、フラメンコ・フラメンコな感じでも踊ります。
誰もが知る『カルメン』というネタでどれだけ遊べるか、という壮大な実験のようにも思え、最後、ホセがカルメンを殺すシーンの後に現れたヒュータヤットが叫ぶ「愛! 」「気をつけろ!」「死!」という言葉の嵐の中、寝転がって踊るシーンが強力すぎて、このシーンをやりたいあまりに作品を作ったんじゃないか、という気にもなる。正直、途中、オペラの歌だけのシーンなど、ちょっとだれるというか眠気が来るところもあったのに、この最後のシーンで盛り上がりきるので、高揚した気分で観客も満足するのではないかと。ちょっとずるい、という気もしないではない。
カルメンを遊ぶ、というのはカルメンというイメージを遊ぶということ。スペインを舞台にフランス人が書いた物語、それを元に作られたオペラから作られ世界中につたわったスペイン、セビージャ、ヒターナ、ひいてはフラメンコのイメージを茶化しまくる。そのことで凝り固まったイメージ、固定概念からの脱却にほかならないのではないか、それがイスラエルのテーマなのかも、と考えたり。いつも色々考えさせてくれる、観た後も思考で遊ばせてもらえるのがイスラエル。
先に述べたマルタ・カラスコの評の最後に、「イスラエル・ガルバンは全員が好きではないに決まっている。でも私は好き」とあって、私もそうだな、他の人がどう思ってもやっぱ私はイスラが好きだと思ったことでありました。
作品の流れはというと、オーケストラの演奏する前奏曲。上手の左右に割れるカーテンの後ろから大きなペイネータに黒いマンティージャ(レースのショール)をつけたイスラエルが現れたかと思うと、
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León |
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オペラ歌手が歌うハバネラ。踊るイスラエル。
マリア・マリンが登場し「私はスペインのカルメン、メリメのじゃないわ」と歌うスペイン歌謡『カルメン・デ・エスパーニャ」を弾き語る。
髪に花、腰の後ろにエプロンのようなスカートみたいなものをつけて踊る。
再びペイネタにマンティージャ、鎖で腕にとめられたアバニコ(最初、ヌンチャクか鎖鎌かと思った)で踊る。
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牛の角をつけて出てきて血の象徴であろう赤い紙吹雪を投げたり、シギリージャのリズムでサパテアードしたり。
数えきれない、覚えきれないディテールの数々。これはぜひもう一度見て確認したい。いや、そんな細部にこだわるのではなく、たとえば、パッと腕を天に向かってあげた、その形のフラメンコな美しさなど、瞬間瞬間を楽しめばいいのだと思う。
そして最後、おじさんの大声を横になって踊るイスラエル。その圧倒的な力。
参りました!という感じ。
またとしてもイスラエルの宇宙に連れて行かれて、驚かされ、笑わされ、考えさせられた夜でございました。ありがとう!
2024年10月5日土曜日
エミリオ・カラカフェ、ライムンド・アマドール『ノーチェ・デ・フラメンコ・イ・ブルース』25周年
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León |
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その後登場したのはライムンド。フラメンコファンばかりでなく、ライムンドのファンとでもいうべきタイプの観客も多かったのだと思うけど、エレキギター中心の爆音演奏に心がめげて、席を立ってしまったのでした。ごめんなさい。
リカルド・モレーノ、ニーニョ・ホセーレ『エンクエントロ』
レブリーハのギタリスト、リカルド・モレーノはバイオリン2、ビオラ、チェロという弦楽カルテットとパーカッション、第2ギターという編成で。最初のシギリージャはジャズ風味。カルテットが弦を弾く音をパーカッションのようにリズムをマルカールするのに使ったりしているのが面白い。その発想はありませんでした。2曲目はカンティーニャス。調が違うと同じように弾いても全く違う曲のようにも聞こえますね。彼は音楽家として音楽としてのフラメンコの可能性を探求している、という感じです。面白い。でも音楽優先で、演奏を止めるとコンパスも止まっちゃう感じがあるんですね。これってどういうことなんだろう。止まるところが彼の中でコンパに入ってないのかな。だから彼のブレリアだとちょっと踊りにくそう。いや、別に踊りのために演奏しているわけじゃないからいいんですけど。最後に引いたサティのグノシエンヌ1番がよかったです。
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すごく久しぶりに聴くニーニョ・ホセーレはソロでタランタ、三拍子系の曲のいろんなモチーフが登場する曲を演奏。彼はパコ・デ・ルシアのグループで活躍してたこともあり、パコの演奏していたフレーズのような感じが所々で聴かれます。パコの文法で演奏している、というか。音も綺麗で。テクニックもすごい。最後は息子が登場してピアノで共演。この息子くんがなかなか素晴らしい演奏でありました。聞けばチック・コリアにも師事したといいます。ソロも聴いてみたいです。
2024年10月4日金曜日
ハビエル・バロン&ロサリオ・トレド『カプリチョス』
いやあ、楽しかった。
フラメンコは楽しむためにある、
というのは私の信条でもあるのだけど、でしょ、でしょ、そうだよね、と楽しませて頂きました。
ゴヤの連作版画『ロス・カプリチョス』に想を得た、遊び心いっぱいの作品『カプリチョス』は、唯一無比の踊り手らしい踊り手ハビエル・バロンと、グラシアといえばこの人!なロサリオ・トレド、二人が、ホセ・トーレス・ビセンテ・カルテットとカルテットと歌い手アントニオ・カンポの音楽で魅せる、粋と笑いに満ちた場面集、短編集みたいな作品。
幕が開くと古い屋敷の物置のような感じで、真ん中にソファ、下手にはミュージシャン、ミュージシャンの前や上手にはなんやらごちゃごちゃと置かれている。
ソファで眠るハビエル。そのソファの後ろから足が伸び、ナイフを持った腕が伸びてくるのは、眠りと悪夢と題された場面。扇を両手に持って鳥のように羽ばたくようにしたりして踊るロサリオ。
ハビエルが目覚め、ラジュエラ、日本のけんけんぱ、のように、地面に四角をかいた石蹴り遊びラジュエラの絵の上で踊ったかと思うと、
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最初は、何が起こるんんだろう、と、ちょっと不安な気持ちで見ていたのが、この辺りから、声を出して笑うように。笑うだけじゃなく、オレ!とも頻繁につぶやく。
サルのマスクをつけてのデュオ、お猿さんマスクでのキスや、サルっぽい動作など、単純な笑いへの道ではあるのだけど、踊りがちゃんとしているので、自然に笑える。あざとくない。
そうなんですよ、ちゃんとベースがあるからいいの。これ初心者がやったらただ滑稽なだけだと思う。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León |
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鏡を見て鏡と踊るロサリオ。ガロティンのリズム。
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サパテアードでの二人の会話があって、
天国に行ったら、ブラッド・ピットがいるの、って妄想を語るロサリオ。ブラッド・ピットのお面をつけるハビエル。スカートを肩にかけ、羽根のようにして踊るロサリオ。
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ランプを持ってのハビエルのソロ。そこにロサリオも加わりデュオ。
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椅子を頭に乗っけて踊るハビ。ロマンセ、アルボレア、二人の結婚式。そしてアレグリアス。
1988年のビエナル、ヒラルディージョのコンクールで優勝した時踊ったアレグリアスを再現し、二人で踊るのだ。最初の回転からしてハビエルがすごくて興奮。これぞアレグリアス!という意味ではマリオ・マジャ、マティルデ・コラルとハビエルのこれが私にとっての三大アレグリアス。
時々に聞かせる、ロサリオの語りの面白さは天性のものだと思う。
高校時代、詩人ラファエル・アルベルティを見かけたんだけど、足を地面に擦り付けてたのよね、そう、カディカディのわんこの糞を踏んでたの。誰もがうんこを踏むことがあるってこと!
とか、
もう一度アルベルティ見かけたのバルでもう一人のおじさんといたの。でサインねだったら、もちろんだよ、、グアパっていってサインしてくれて星の絵を書いてくれた。横のおじさんにもサインしてもらいなさい、っていうから全然知らない人だったけどしてもらったら、ミゲル・セルバンテス・サベドラって。酔っ払いは信用してはいけない、ってこと!
とか、場内爆笑。
セビージャ演劇学校の校長も務めた人が演出を手がけていて、ゴヤの版画集にヒントを、というのは彼のアイデアだったらしいのだけど、ハビエルは元々、楽しい作品を、と思っていたらしく、それが見事に成功したわけですね。そういえば、彼の、数少ない楽しいフラメンコ舞踊作品の一つ、ロルカの幸せな少年時代を描いた『ディメ』の時も終演後みんな口角上がってニッコニコだったよなあ、とか思い出したことでした
で、また音楽がすごかったのであります。ギターとクラリネット、オーボエ、パーカッションというカルテット。曲、リズムと寸法はフラメンコのフォーマットなんだけど、調性やメロディはフラメンコじゃなく、クラシックみたいな感じ、というか。ホセ・トーレス、初めましてだったけど、どうも両方演奏する人で作曲家で先生でもあるらしい。いやいや面白い。
フラメンコ、まだまだたくさん可能性がありますね。
ビバ、ハビエル!ビバ、ロサリオ!
ととても幸せな気持ちで家路につくことができたのでありました。
ありがとう。
2024年10月3日木曜日
マヌエラ・カルピオ『エン・クエルポ・イ・アルマ』
ヘレスの踊り手、マヌエら・カルピオ。メインでのビエナル参加は初めて。
ヘレスのフェスティバルではサラコンパニアに2回、ビジャマルタに2回登場しているけど、いわゆるメインストリームの踊り手ではない。フェスティバルやタブラオなどで活躍していたというけれど、広いレパートリーとテクニックを持ったセビージャやマドリードのプロフェッショナルの踊り手とは違う、フィエスタで、歌を踊るタイプの踊り手。ブレリアだけでなく、この日の公演のようにアレグリアス、シギリージャ、ソレアも踊るけど、シンプルに歌をマルカールして少し足、みたいな、ある意味プリミティブな形。
舞台の上に三人の踊り手と四人のパルマ隊が立ち、その中を赤いバタ・デ・コーラのしっぽをだいて歩き回る、どこかエバ・ジェルバブエナぽいオープニング。カンティーニャ。バタのスカート部分のデザインかなんかの問題かもとは思うけど、バタはあまり綺麗な奇跡を見せない。よくいえば野生的、悪くいえば粗雑。これがヘレスのヒターナの踊りなのよ、と言われれば、確かに彼女はヘレスのヒターナだし、そうですか、と引き下がらざるをえないわけだけど。セビージャ派の舞踊を規範としている私はちょっと苦手でした。はっきり言って。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León |
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足の時は腕がだらんとなっていることも多いこととかも気になる。シギリージャは男装で踊ったのでスカート持てないから、というのもあったのかな。
ソレアは別珍にゴールドの飾りという、聖母様のマントにヒントを得たのかな、という衣装だったのですが、、ジャケット着て出てきて踊る前に脱ぎ捨てる、というのも、え?じゃなんで着てきたの?って感じだったし、舞台に出るたび、花やイアリングを飛ばし、モーニョも崩れて、って昔のセビージャのタブラオでは罰金もののことがいっぱい。
私は激しいの、っていうアピールじゃないとは思うけど、そう取られかねない。
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歌ぶりもほぼワンパターンと言ったら言い過ぎかもだけど、リソースが圧倒的に不足している。歌を聞いて踊る、ことは大切だけど、同じヘレスのヘレスのホアキン・グリロが昔、フィエスタでソレアをレトらごとに全部違うように踊っていたことを思い出してしまう。
そんな中、最後のブレリアのとっかかりで、パルメーロで出演していたオルーコが最高にかっこいいブレリア見せてくれたのや、やはりパルマのイスラエル・デ・フアニジョロのこれぞヘレスというブレリアの一振りが、とても良くて、そうだよ、こっちだよ、という気分になったことでありました。
最後はマヌエラがカンシオンをブレリアのリズムで歌いながら登場。私は歌って踊ることしかできない、みたいな歌詞も歌った。フィエスタで輝く人なのだと思う。でも劇場の舞台、となると、ムイ・フラメンカです。ってだけではないものが求められるのではないかと思う。で最後、彼女の歌とハモるのですが、それが不協和音でカオス!でありました。
昔の彼女の作品について書いた、リンク、のっけときます。
2024年10月2日水曜日
日本フラメンコ協会新人公演配信を見て
フラメンコは難しい、難しいけど面白い。難しいから面白い。
ビエナルでヘロヘロになりつつ、なんとか全部拝見しました。今回は一度しか見ることがでいなかったので個人個人へのコメントは無しですが(いつもは最低2回、人によっては5回とか見返します)、総評を少し。
カンテ
決まった旋律をきちんと正確に歌えている人がほぼいません。音程が外れるだけでなく、メロディも勝手にアレンジしているのか、間違って覚えているのか。マラゲーニャのような抒情的な曲ではブレリアのようなリズミカルな曲よりもよりメロディが大切になってきます。それぞれの曲種には決まった旋律があり、それをきちんと覚えて歌うのは大切。
発音、いつも言いますが、特にrrの巻き舌ができていない人が多い。巻き舌苦手なら、それがないレトラにすればいいだけです。どうしてもそのレトラが歌いたいなら巻き舌しっかり意識して練習するといいと思います。
また、曲全体の流れではなく、1行1行バラバラになっている人や、曲種のキャラクターや方向性を理解していない人なども散見しました。
歌う人が増えているのはうれしいのですが、ひとりよがりに楽しむのではなく、人様に聞いていただくなら、それなりのクオリティを目指してほしいと思います。好きだ!というのは伝わってくるけれど、の人も多くいました。その好きを原動力にして、いっぱい聴いて、グレードアップ目指してください。
ギター
ギターも全体が見えていない感じの人や、イメージはあるのだけどそれに技術がまだ追いつかない、といった人がいらしゃったように思います。曲全体の構成、演奏の時、どこに重きをおいてどう演奏するか、などもっと考えた方がいいのではないでしょうか。自分を客観視することは何においても大切です。
舞踊
まず姿勢、特に首の位置がちゃんとしていない人がほとんど、といってもいいくらいなのは悲しいです。ストレートネックの人が多いのかな。あと巻き肩なのかな、肩が前に出て、胸が開いていない人も多いように思います。コロカシオン、姿勢がきちんとしていれば舞台に出ただけで美しく、ムイ・フラメンコに見えると思います。
踊っている曲がどういう曲なのか、理解されていない方もいらっしゃったように思います。その曲が、どういう曲なのか、シリアスなものなのか明るいものなのか、歌詞はどんな内容なものが多いのか、などがわかってくると、自然に衣装も決まり、踊る時の表情も自然に出てくるのではないでしょうか。曲のイメージを持つことは必要だと思います。踊る曲のいろんな録音を聴いたり、いろんな人の踊りをYou Tubeなどで見て、自分なりのその曲のイメージを持つといいのではないでしょうか。
カンテやギターでも書きましたが、全体の流れが掴めていないのか、振り/パーツの羅列になっているような方が見受けられました。また、一つ一つの振りの意味/方向性も考えて、ただ習った通りに動くのではなく、イメージを持って、丁寧に踊っていく方が観ている人たちに伝わると思います。また詰め込みすぎないことも大切です。あれもこれもと詰め込むよりも、今自分が自信を持ってできることを余裕を持って、心を込めて踊る方がいいのではないでしょうか。
大きくコンパスを外すような人は見受けられませんでしたが、全体的に足を頑張るあまりか、上体の動きが疎かになっている人も多いようです。ブラセオは大切です。複雑で難しいサパテアードよりも、シンプルで美しい上体の動きの方が、観客に伝わりやすと思います。また、時々いらしたマノがあまり動かない女性は男性の先生についている人でした。近年、男性舞踊と女性舞踊の違いがだんだんなくなってきているとはいえ、やはり女性は手首を回し、形を変える、マノの動きは大切だと思います。男性に習う女性は、そのあたり意識しておき、自分でその部分を加えるようにするなどした方がいいのではないでしょうか。また、体使いがちゃんとしている人は少ないですね。足だけではなく、体全体を使って表現したいものです。胴体が固定されてしまっているような人が多いですね、反ったり、ねじったり、真正面だけでなく斜めに構えるとか、で、踊りがより立体的に見えると思います。
最後に個人的に気になった人のことも少し。
準奨励賞受賞の15番常盤直生さん。構成にも踊りにもメリハリがあって目を惹かれます。踊ることが楽しい、というのが伝わってきます。悲しみや苦しみではなく、誇りを表現するようなソレア。パーツの繋ぎなど細かいところを丁寧にチェックしていけばもっともっと良くなると思います。
21番下郡紀子さん、今できることを精一杯やって楽しんでいる感じが印象に残りました。プロ、もしくはプロ志望の人の踊りとはまた違う、いいアフィシオンを感じ、これこそが新人公演の魅力ではないかと。
今回、奨励賞を受賞された44番吉田芽生さん。クラシックなデザインのバタ・デ・コーラでのアレグリアス。姿勢も表情も良く、形も綺麗で文句のつけどころがありません。一つひとつの振りをとても丁寧に、全体にもメリハリつけて踊っていらして、素晴らしかったです。
55番松本美緒さん、マノがとても綺麗で、後半少し失速するけれどよくまとまっていたと思います。
また来年の配信を楽しみにしています。
アルヘンティーナ『ソノリダ"M"(1842-2024)』
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León |
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でもオレ!の瞬間がないのだ。微妙な間合いや、歌い回し、たとえば音程が下がっていくところとかのニュアンスなどが、オレを誘うのだけど、それがない。
声をずっと同じ調子で張っている。アルテの瞬間がない。なんというか、楽譜通りに歌っているだけ、というか、カンシオンのようにカンテを歌っているというか。センティードがないというか、彼女の心が感じられないのだ。
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最後の、得意なはずの地元ウエルバのファンダンゴに至るまで、全部同じ。
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