2026年2月28日土曜日

ヘレスのフェスティバル8日目セルヒオ・ベルナル『ロダン』

 何度も言っていることだけど、ヘレスのフェスティバルは、フラメンコのフェスティバルではなく、フラメンコ舞踊とスペイン舞踊に特化したフェスティバルで、カンテやギターの公演も行なわれるけれど、メインはあくまでも舞踊のフェスティバルなのだ。それでも、現在、フラメンコの人気が高く、作品も圧倒的に多いということもあって、特にビジャマルタ劇場ではエスクエラ・ボレーラやエスティリサーダ(クラシコ・エスパニョール)など、純粋なスペイン舞踊作品の上演は少ない。最近だとスペイン国立バレエ団くらいだろうか。とはいえ、最近の作品には先日のエステベス/パーニョス舞踊団やオルガ・ペリセの作品のようにボレーラやコンテンポラリーなどいろんな舞踊の要素を盛り込んだ作品も少なくない。舞踊のジャンル分けは意味がないくらいにクロスオーバーなのだ。

エステベス/パーニョス、フランシスコ・ベラスコの作品、そしてスペイン国立バレエ団では出演していたものの、個人の作品としてヘレスのフェスティバルに初登場のセルヒオ・ベルナル。それもデビューがビジャマルタというのは異例中の異例なのだが、それも納得。この上もなく美しく、非常にクオリティの高い、素晴らしい作品だった。

© Festival de Jerez/Rina Srabonian

ロダンと弟子で愛人だったクローデルの物語をゲストのスペイン国立ダンスカンパニーのバレエダンサー、アナ・バディアとのパドドゥを盛り込んでラマニノフの交響曲2番にのせて語るオープニング。セルヒオの動きもバレエダンサーのそれと遜色なく、最初にすっと手を伸ばしただけでわっとなる。いやもう、これはバレエじゃないのか?

© Festival de Jerez/Rina Srabonian 

バレエとスペイン舞踊の垣根はどこにあるんだ?などと考える。その後はロダンの衣装を文字通り脱ぎ捨てて、彼自身が作品になって踊る。手足の長い恵まれた体を鍛え上げた美しい肉体を持つ彼にしかできないだろう作品。

『落ちる人』では、太陽王ルイ14世をイメージして、

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ジョルディ・サヴァルのバロック音楽をバイオリンやビオラ、チェロなど弦楽とクラリネットの生演奏で、

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『接吻』ではラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』で再びアナ・バディアと。


© Festival de Jerez/Rina Srabonian
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美しい音楽と美しい肢体、美しい動き。


今回が初演という『三つの影』ではギターを中心に、ハバネラなどの要素も取り入れたオリジナル曲のサンブラで、サパテアードも使って、最もフラメンコ寄りな振付。サパテアードをするときの筋肉の動きが見えるというのもなかなかない。

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そして最後は『考える人』。セルヒオ自身を踊っているというが、

最後、有名なポーズをとり、

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それがかけらになって崩れ落ちていくという効果も圧巻。
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スペイン舞踊の幅広さを、懐の深さを改めて感じさせてくれた。

バレエダンサーで映画にもなったポルーニンを思い出したのは私だけではあるまいと思うのだけどどうですか? バレエファンが見たらどう思うのかなあ。




ヘレスのフェスティバル7日目アンドレス・マリン、アナ・モラーレス『マタリフェ/パライソ』

 スペイン、セビージャの最大のイベント、聖週間。街を練り歩く聖像の行進に涙する人々。エキセントリックなまでの宗教との関係。日本でイメージするカトリックや宗教というものとセビージャのそれは根本的に違っているように思う。宗教というより(宗教なのだが)もっと深く根付いた文化、習慣という方がイメージに近いのではないだろうか。そんな土地で生まれ育ったアンドレス、若くしてその街にやってきたアナが、宗教について考えて、自分たちの言葉、フラメンコ、舞踊を使って表現したのがこの作品なのだろう。

2年前のビエナルで初演した作品で、内容は変わっていない(ビエナル上演時のブログを見ていただけたら幸い)のだが、よりスムーズに進み、作品にリズムが出てきたという感じ。

聖週間のコルネットで幕前でソロでアンドレスが踊って始まり、幕が開くと聖母像のように見えるのは青い布にくるまったアナ。

© Festival de Jerez/Esteban Abión

布の中から出た肌色の全身タイツのような衣装に長い付け毛をつけたアナ。このアナが身体能力の高さで美しいかたちと動きを次々にみせてくれるので、素直にオレ!

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歌い手でこの作品ではギターやエレキベースも弾くアントニオ・カンポス(元お肉屋さん)が切り分ける生肉(初演より小さい)をくわえてのデュオや聖像に扮してのシーンを経て

© Festival de Jerez/Esteban Abión
 
キーボードやコルネットの演奏で踊るこのシーンが個人的には一番好きかも。

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金色の幕の中から、聖週間の行列のとんがり帽子が現れ抱き合ったかと思うと

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ロックのリズムになり、スタンドバイミーのメロディで歌ったセビージャのロック歌手故シルビオの『レサレ』となる。黒いサングラスをかけての二人。上手ではコルネット奏者がコーラとサンドイッチで休憩。いやーもうセビージャらしくてニヤニヤする。

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最後は胸をあらわにし、舞台奥に現れた教会の中へと帰っていく。

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肉は 肉欲の象徴だろうか。人が夢み、欲している天国。愛。官能。愛欲。エクスタシー。欲望と信仰。日常と 隣り合う聖と性。セビージャ。
セビージャを知っているとより楽しめるとは思うけど、知らなくてもアナの美しいかたちと動きだけでも価値あると思うのだけど留学生のみなさんはどうでした?

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2026年2月26日木曜日

ヘレスのフェスティバル6日目サラ・カレーロ『エル・レナセル』

 舞台一杯に広がった赤い布に包まれたサラ。やがてその布が幕のように上がっていくオープニング。

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舞台の半分を占めるスクリーンに映写されるビデオ。そのビデオと踊ったり、

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カルナバルのイメージなのかな、仮装で踊ったり。

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スクリーンの後ろの影で踊ったり、
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カスタネットでのシギリージャ。バタ・デ・コーラでのカンティーニャ、

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カスタネットでのサパテアード、そしてタンギージョ


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最後はカルミナ・ブラーナを歌う歌い手に引きずられていく

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色々工夫して、一人でビジャマルタ劇場の大舞台を踊ったサラ。

でも、シギリージャにはシギリージャの重み、アレグリアス系のグラシアは感じられず、なんかすべてが上っ面を撫でているだけのような、隔靴掻痒感。作品だから?いやでも物語が見えてくるような作品じゃないし、その曲を選んでその曲として踊るならやっぱ元々の曲の性格に敬意を払うべきじゃ?技術はあるし、形はきれい。でもバタの下からのぞく足がなぜか黒いスパッツに包まれていたり、そういう感覚がよくわからない。また彼女が伝えたいものも何かわからない。レナセル、再び生まれる、だから死のイメージがでてくるのかなあ?わからん。わからなくてもとにかくいい、ってこともあるけど今回はそうじゃなかった。

ゲストのパブロ・マルティンのウッドベースも、フアンフェのエレキベースも効果的に使われているとは思えないし、ハビエル・コンデのギターソロも原曲のような呼吸がないし。うーん、もやります。

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ヘレスのフェスティバル5日目エステベス/パーニョス・イ・コンパニア『ドンセージャス(フエルガ・ペルマネンテ)』

業界きってのフラメンコオタク、ラファエル・エステベスとバレリアーノ・パーニョスの新作はフラメンコ・ギター・ソロの父、ラモン・モントージャ。タイトルのドンセージャス、乙女たちとは詩人ガルシア・ロルカがギターの弦を乙女に例えたからで、ラモン・モントージャが残したギターソロ曲を中心に、ラモン・モントージャが多くの時間を過ごしただろうフエルガをイメージして、彼が生きた時代や現代を行き来しつつギターの弦のバイブレーションを踊り続けると言う作品。

いやあ、これがまたすごかった。ラファエルとバレリアーノを加え総勢9人が踊りまくる。

今も多くのギタリストたちによって演奏される代表曲、ロンデーニャに始まり、ファルーカやグアヒーラといった曲を生演奏するのはアレハンドロ・ウルタード。見事の一言。


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フエルガにもいろんなものがあると言うことで、全員が床にのたうち回るようなものもあれば、現代の大音量のリズムで踊り狂うクラブのようなものも。

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戦争の足音が聞こえたり、チャールストンが流行るなど時代背景も取り入れながらみせていく。モントージャが伴奏したドン・アントニオ・チャコンやニーニャ・デ・ロス・ペイネスの歌の録音なども混ぜつつ、彼のフラメンコ人生が浮かび上がってくる感じ。

ダンサーたちは、ボレーラの名手のバレリアーノ・パーニョス、フラメンコなラファエル・エステベスをはじめ、スペイン舞踊全般を得意とするもの、コンテンポラリーが得意なもの、フラメンコな人などそれぞれの特徴を活かした場面、振り付けがあり、ワンパターンにならない。全員での群舞は迫力があり、素晴らしい。それを彩る少し暗めの照明も時代を彷彿とさせるようだ。

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最後は再びロンデーニャ。
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1時間半弱、流れるように進んでいく良作。これが世界初演。またどこかで見てみたい。


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2026年2月25日水曜日

ヘレスのフェスティバル5日目午後ディエゴ・イ・ウーゴ・アギラール『クエスティオン・デ・ティエンポ』

 いやあもうなんといったらいいか。全身鳥肌。

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始まりはゆっくり。パンデーロを鳴らして歌い踊る兄弟のお父さんの民族舞踊風から始まってディエゴのファルーカへ、このあたりから、ところどころおっと思うデタジェが出てきて、兄弟二人の絡みからはもう怒涛のオレ。


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完璧すぎる身体のコントロール。美しすぎるかたち。そして回転!

バレエダンサーもかくやと思わせる美しい回転!回転そのものの形やスピード、回転数などももちろんすごいのだけど、回転の終わりがゆっくりになったり、すっと後ろに下がったりと見せるデタジェ。回ること自体や回ることを見せることが目的になっているのではなく、一つ一つに意味があって、センティードあっての回転。すごすぎる。

そして最後のタラント!タラントらしい抑制された風格と男性らしい力強さとフラメンコ性に溢れていて、もう、なんだろう。フラメンコで、かつダンスとしてのクオリティも高くて


© Festival de Jerez/Esteban Abión

ちなみに本人たちによると回転はアルフォンソ・ロサの指導によるものらしい。あー!と納得。うんうん、確かにアルフォンソやパトリシア・ゲレーロのあの回転だあ、その技術を惜しみなく教えるアルフォンソにもオレ!だし、それを難なくこなしてしまう二人にもオレ!

バジャドリード生まれで今年27歳と23歳になる兄弟。スペイン国立バレエとアンダルシア舞踊団にそれぞれ所属している。フラメンコ、スペイン舞踊の未来は明るいぜ。

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2026年2月24日火曜日

ヘレスのフェスティバル4日目コンチャ・バルガス、イネス・バカン『レブリサ』

 3年前からフェスティバルの会場の一つとなったセントロ・ソシアル・ブラス・インファンテは駅の先をずーっといったとこにある公民館的なところで、主な会場がある旧市街からはちょっと遠いし、自由席の客席は見ずらいし、椅子が硬いし、周りの壁が白で、舞台に集中しずらいし、フラメンコを観るのにあまりいい環境ではないと思う。ただ、舞台の幅はあるのと客席があると言うことで会場になったのかな。個人的には以前会場だったサラ・パウルの方がいいと思うのだけど、今はあっちはクルシージョの会場で公演はない。いろいろ事情があるんでしょうね。

二人が互いのことを語る録音に始まり、コントラバスでのイネスの歌う、マルティネーテに始まり、コンチャの靴音が重なり、フアン・フアネロとモイ・デ・モロン野方を借りて去っていくオープニングと、最後、イネスにそっと寄り添う終幕のみの絡みで、クーロ・バルガスの伴奏でのイネスのソレア、ファンダンゴ・(ポル・ソレア?)、コントラバスが入ってのナナと続き、

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コンチャのソレア、

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カンテソロでブレリア、再びコンチャでブレリア

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最後ほんの少しイネスもコンちゃに歌い、最後はイネスがヒターノのことを歌った歌(フラメンコではない。昔の映画の挿入歌)でおしまい。そのイネスに寄り添うコンチャというシーンはいい感じ。

でももうちょっと絡みがあるかな、と思ってたんですが、現実はこんなものですね。

ただ二人で一つの舞台を、という試みはとても良いと思うのです。二人でいることでレブリーハと言う土地の香りも濃くなるしまとまりやすい。他のアーティストも見習うといいかも。結びつくことでより強力になるってこと、確かにあります。

イネスは52年生まれだから今年で74歳。その割には若く見えるし、声の衰えもない。コンチャも今年70歳だけど往年のパワフルさも健在。’そりゃ少しパワーダウンしているところもあるけれど、とにかくシンプルでムイ・フラメンカ。基本のかたち、基本の振りみたいなのがたくさん組み合わさっているんだなあ、と改めて思ったことでした。歳をとったからといって急にヘレスの婆様みたいな踊りにシフトするわけもなく、皆、自分の踊りを死ぬまで踊り続けていくんでしょうね。

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セビージャにはセビージャの、ヘレスにはヘレスの、レブリーハにはレブリーハのフラメンコがあってそれぞれ違うところもあって、その中で私はセビージャやヘレスのフラメンコに特に強く惹かれているのだけど、その二つの町の間にありながら、独特の香りを持つレブリーハのフラメンコが好きな人にはたまらない夜だったかもしれません。

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ヘレスのフェスティバル三日目オルガ・ペリセ『ラ・マテリア』

 2年ぶりに再見した『マテリア』。ギター三部作の2番目で、今回のテーマは材料。

ギターの材料は木、と言うことで大小の木片を持って踊るシーンに始まり、オルガ自身が木に、そしてギターそのものへとなっていく、といった感じの作品。2年前にセビージャで観た時も思ったのだけど、コンテンポラリーダンサー、ダニエル・アブレウが完璧に彼女をサポートしていく。流れるような動きで、ギターを両手に持って踊るといったソロも少しあったけど、主役を奪うことなく、サポートに徹している感じに好感。


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マントンで遊ぶようにしてペテネーラ

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最後はハレオを叫び、それをループさせて踊る。

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ファルーの、昔ながらのフラメンコとは対照的な、現代スペイン舞踊作品とでもいうべき作品。昔ながらのものを、現代の観客に伝わるようにちゃんと整理してみせると言うのも一つのかたちなら、こういった現代舞踊の要素も取り入れて自分のイメージを伝える作品というのも一つのかたち。いろんなかたちがあるからフラメンコは面白い。

エレキベースのフアンフェ・ペレス、ギターのホセ・マヌエル・レオン、パーカッションのハビエル・ラバダンと言うミュージシャンたちも秀逸。カンテはなくても楽器が歌う。

終演後ラ・レハでのミュージシャンたち





2026年2月23日月曜日

ヘレスのフェスティバル三日目午後ファルー『ナトゥラル』

いやあ、もう最高すぎた。これこそ私の好きなフラメンコ!

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サラ・コンパニアの入場券は発売と同時に売り切れたらしいがさもありなん。この小さな劇場で、ファルーのアルテを満喫できて幸せだった。でも次回はもっと大きな会場でみんなに見てもらいたい。ナトゥラル、自然という意味のタイトル通り、彼らの自然がそこにあった。生まれた時からフラメンコの中で育ち、フラメンコを愛し、フラメンコを生業としてきたファルー。ゲストのラファエル・デ・ウトレーラとエセキエル・モントージャのカンテ、ホセ・ガルベスのギター、ロロ・フェルナンデスのパーカッション。大掛かりな装置も何もない。何もいらない。

開演前から舞台にたたずみ、最初はソレア。帽子を被ったファルーの佇まいは祖父ファルーコそのものだ。帽子を被った角度も、腕を上げる角度も、全てがファルーコ。歌を感じてマルカールして、レマタールして、と言うシンプルなフラメンコ。ソレアらしい抑制された深みを踊る。すっと上げた腕に私の気持ちが持っていかれる。あげた手に私の意識も集中して一緒に上がっていくのだ。あれはなんなんだろう。どうしてああ言う気持ちになるんだろう。説明がつかない。とにかく一挙一動に心奪われ、高みへと上がっていく。

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最後、舞台から引っ込む時の歩き方まで祖父そっくりだった。DNAの力?アルテの伝統を確実に受け継いでいる。

ラファエル・デ・ウトレーラのカンテソロでマラゲーニャ。

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バストンを手にしたファルーが音楽なしではやいリズムを靴音で刻み、シギリージャ。このバストンづかいも祖父ファルーコが重なる。これまた重厚で男性らしいシギリージャを見事に見せ、最後下手に置かれていたギターを高く掲げる。パコ・デ・ルシアへのオマージュ=

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かと思うとそのギターを弾き始める。早いリズムのシギリージャ
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ホセ・ガルベスのギターソロでのブレリアを挟んで

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最後はアレグリアス。これまた絶品。それまでのシリアスなフラメンコとは対照的な、洒脱さ。柔らかでしなやか。これまたもう踊り始める前からアレグリアスの空気を纏っているのだ。途中、音楽なしで一人で踊るところがあったのだがこれがまたアレグリアスで、音楽がなくても音楽が聞こえてくるような、踊り自体が音楽になっているような。

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とにかく最高なフラメンコを満喫させてもらえたのでした。ありがとう!


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2026年2月22日日曜日

ヘレスのフェスティバル二日目二日目ヌエボ・バレエ・エスパニョール『フロンテーラス・エン・エル・アイレ』

 アンヘル・ロハスのロハスのヌエボ・バレエ・エスパニョールの『フロンテーラ・エン・エル・アイレ』はアフリカからヨーロッパを目指す人々という社会問題を描いた作品。


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女性のソリストと12人の若手ダンサーたちが、ギニアビサウ出身の女性歌手の歌、ジョニ・ヒメネスとバンドレーロによる音楽(演奏は別人)で、バレエ団のコンテンポラリー作品のような美しいフォーメーションを見せるかと思うと、激しいサパテアードがあったり、クラスレッスンのように並んで同じ振りをしたり。ソロがあったり。

          

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実を言うと、プログラムも資料も見ずに観たので、フラメンコではなくアフリカ風の歌で、踊っていることから、アフリカがテーマなのかな、とぼーっと思っていたのが、途中で、アフリカ、セネガルからスペインにたどり着いた人たちの証言が流れ、ここで、あ、そういうテーマだったのね、と納得、と言う次第。タイトルくらい読めよ、ってことですね、恥。

物語を配役して語っているわけではないけど、出発や旅の過酷さなどを描いていたのだろうな、と。


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昨日のマヌエラ・カルピオ公演とは正反対と言いたくなるくらい、ちゃんと作ってある作品。確かに作品としての形はきちんとしている。群舞のメンバーのレベルも高いし、迫力がある。稽古も重ねて、照明も工夫して、しっかり作り上げてある。

でもそれはそれ、これはこれ、なのである。劇場や舞台に対する敬意、理解は素晴らしい。技術もある。美しい瞬間もある。でもそれがそのまま感動に、とはいかないのが難しい。

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