セビージャの踊り手アンへリータ・バルガスが、11月11日朝、脳血栓の為、セビージャ郊外ボルムホスのサン・フアン・デ・ディオス病院で亡くなった。
1946年セビージャはトリアーナの生まれ。子供の時から歌い踊り、セビージャのタブラオ、ロス・ガジョスにも最初は歌って踊るフェステーラとして出演していて当時録音されたアルバムのジャケットでも歌い踊る彼女を中心に、後ろに若き日のマヌエラ・カラスコやローレ・モントージャらも写っている。
兄イシドロも、タブラオ、パティオ・セビジャーノで長らく活躍した踊り手で、1992年のセビージャ万博アンダルシア館のタブラオで、それぞれの子供たちとともに共演した。
伝統的な、昔ながらのフラメンコで、レパートリーは多くないが、奥深い味わいを持つソレアはとくに絶品。何度泣かされたことだろう。ラモン・アマドールのギター、ボケロンの歌とともに、これぞフラメンコという舞台を堪能させてくれた。
これはエル・モンテ時代のフエベス・フラメンコの記者会見兼茶話会での写真。チョコラーテも、同公演シリーズ監督のマヌエル・エレーラも今はない。
2011年6月脳梗塞で倒れ、現役引退を余儀なくされたが、リハビリのかいもあってか、近頃はまた座ってででもクラスを行なうなどしていた姿をFacebookで目にしていただけに、言葉もない。
11日は彼女が長年暮らしていたセビージャ郊外サン・フアン・デ・アスナルファラチェの劇場に遺骸が安置され多くの人が弔問に訪れたようだ。
日本にも多くの生徒やファンを持ち、またアンへリータも、「日本には私みたいに踊る子がいる」と、日本を愛してくれていた。
飾らない人柄も、あの魔力を持った舞台とともに忘れられない。
安らかに。
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